08 ゴーランド帝国 1
「本当に助かりました。水も食料もなくて、どうすればいいかと困っていたのです」
木のテーブルに座り、乾パンと温湯を飲みながらナナシが礼を言う
「三つ星ハンターなら、最初にそう言えばいいのだ
疑って済まなかったな」
石の塔の中はワンルームの部屋になっていて中央に暖炉と天井に空気抜けの煙突がある
ナナシは部屋を見渡しながら魔物研究者と名乗ったモーリーに尋ねる
「ここは何なのです」
「ここは帝国の北限第四灯台だよ
普通北限を通る船は日中だけじゃが、何らかの事情で日没に通過する船もある
商船だけではなく帝国の軍船も通過する。そんな船が岸壁に衝突しないように目印となる灯台を七つ、帝国は十キロごとに東海岸に設置しておるのじゃよ」
「西海岸には造らないのですか」
「お主もシーマンと戦ったのじゃろう。夜のシーマンに襲われたら灯台があろうとなかろうと沈没確定じゃ」
「ではモーリーさんはこの灯台の防人なのですか」
「まさか、儂にそんな力はない。儂は魔物研究者じゃ
普段灯台は無人じゃが、儂は帝国の委託を受けて三ヶ月に一度、地下にある転移魔法陣を使って屋上の魔道具【光道】の点検・補給をしておるだけじゃ」
「それでは転移魔法陣で人族の街へ戻れるのですね」
ナナシはパッと笑顔でモーリーを見る
「それがのうナール君
誰でも転移が使えるとなれば、魔族を街に呼び込むかもしれない
ここに設置されている転移魔法陣は事前に登録された者だけしか使用できないように調整されておる
それに今回の目的は灯台の管理もあるがルーンからの依頼もあるのじゃ」
「ルーンからの依頼ですか」
「その通りじゃ
百年前魔王は何処で生まれ、何処からやって来たのか。ずっと謎とされてきた
人魔戦争で真っ先に魔族に襲われ滅んだのはフォーレシア王国
魔王軍はフォーレシア王国からターネシア大陸全土へと進軍している
儂はその答えが北限にあると考え、長年灯台守をしながら研究調査を続けていたのじゃ」
「それではここに魔王がいるのですか」
「いやいやナール君
魔王は百年前に滅んだ。儂はこの北限の地に魔王が生まれる何らかの原因があると仮説を立て、ルーンに調査費用と協力を願ったのじゃ
今回やっとその調査にルーンが重い腰を上げてくれてな」
モーリーは嬉しそうに話しを続ける
ナナシには判る
ゴーラットや霧の迷宮で新魔王軍を名乗る魔族が現れた。ルーンは新魔王軍の存在を確信し、新魔王の居場所を探しているんだ
「神龍様、知っていますか。旧魔王軍がどこから来たか」
『知らん
魔王アッカバッカと関わったのは魔王城ができてからだ』
「でも、モーリーさん
もし新しい魔王が誕生していたら危なくないですか」
「ハハハハ
魔王がいなくても北限の地は危険がいっぱいじゃよ
だが後一ヶ月もすると海が凍る。そうなればシーマンや魔物たちもおとなしくなる
それに今回の北限調査はルーンの肝いりじゃ。三つ星ハンターが護衛に着く」
「そうするとここから転移なしで街に行くにはどうすればいいのですか」
「東海岸伝いに真っ直ぐ南下すれば帝国の首都ザイレーンにたどり着く
十キロ毎にここと同じような灯台が立っているから目印にすればいい
ただし、その間村も町もないぞ。魔物の襲撃によってすべて放棄されている
食料は渡せても三日分までじゃ」
モーリーさんが厳しい顔でナナシに告げる
全力で移動して三日の距離は、魔物に襲われる事を思えば単騎で首都ザイレーンにたどり着くことは不可能に近い
「大丈夫ですよ。僕は強いので」
ナナシは笑顔で答え、一夜の宿をモーリーさんに頼む
翌朝
空はどんより厚い雲に覆われ、日差しはなく北風が肌を切るように吹いている
ナナシはモーリーから三日分の食料を買い、別れを告げる
「ナール君
悪い事は言わん、このまま一ヶ月ここで暮らして調査護衛でやってくる三つ星ハンターにザイレーンまでの護衛を依頼してはどうじゃ」
「ありがとうございます
でも、そうなればモーリーさんの調査が終わるまで更に待つことになるし三つ星ハンターの人たちが依頼を受けてくれるかも判りませんから、自分の力で何とかします」
ナナシにすれば北限の魔物は全く脅威ではない
空歩を使えばザイレーンまで一日の距離となれば何の問題もない
モーリーに別れの挨拶をし、灯台を後にするナナシ
『せっかくだ。ここの魔物で修行をするぞ
【黒龍激】を放てるようにならねば、木霊が再度現れたら【次元刀】以外対処しようがないからな』
「いやいや、神龍様
そんなことしていたら手持ちの食料がなくなりますよ。神龍様はただ【聖域】に行きたくないだけでしょ」
北限を強北風が通り過ぎる
ごつごつとして岩をナナシは足場にして走っている
そのすぐ後ろを茶色の絨毯が地面を埋め尽くすように追ってくる
よくよく見れば、1メートルほどのトカゲの大群である
「神龍様、こいつ等どうするのです」
『捲き餌だな。ここで魔物が餌にできるのは自分より弱い魔物だ
トカゲ共に呼び寄せられて大物が掛かるのを待つ』
待つと言われても、大物が掛かるまでひたすら走り続けないといけないナナシである
ナナシが魔物を狩る事になった理由はただ一つ
金欠である
迷宮探索でも内陸船護衛でも結果として報酬はもらっていない。タダ働きだ
【サンシャイン】の荷物運びは迷宮出口でナナシが逃亡したので報酬はもらえていない
内陸船の護衛任務は船長のサインがないと商業ギルドから報酬は支払われない
こんなことなら倒した魔物から魔石だけでも回収しておけばと悔やむナナシではあるが、後の祭りである
ザイレーンに入る前に魔石を集めておかないと宿に泊まるどころか日々の食事代も危ない
ナナシの目前の岩が突然動き出す。それは五メートルを超えるほどの大岩男
殴りかかってくる大岩男とすれ違い様に黒龍爪でバラバラにする
頭上から大岩が降ってくるが龍王尾で弾き飛ばす
捲き餌に追われているとおちおち魔石を回収できない
龍王翼でトカゲ共をまとめて吹き飛ばす
ナナシが大岩男の魔石を回収しながら「トカゲ共要らないよなぁ」と心でつぶやく
魔道具【光道】
ゴーランド帝国の東海岸に十キロごとに作られた灯台に設置された魔除けの光を出す魔道具
光は十キロ離れた所からでも見える




