07 北限の海 4
「誰だよ。船の上で戦えるなら問題ないなんて言った奴は」
北限に差し掛かると潮の流れが大きく変わり、船が左右に大きく揺れ始める。先行していた一隻がシーマンに襲われ、見る見る船の速度が落ちる
離れた船上から見ていても五十匹以上のシーマンが一挙に船上に雪崩込み、船の帆が引き千切られ、内陸船が大きく左に傾いていく
船員たちは仲間の船が襲われている内にシーマンの縄張りを抜けようと必死の形相で荒れた海で船を動かす
ナナシの乗る船の最後尾に三又のモリを持ったシーマンが数十匹海中から甲板に飛び乗ってくる
ナナシは船の中央から一挙に飛んで空中のシーマンを切り捨てる
隣で弓を打っていたハンターがナナシの動きを見て固まる
もはや出し惜しみできる状況は終わった
甲板に取り付こうと上ってくるシーマンを黒龍爪と黒龍尾で薙ぎ払い、黒龍剣でモリごとシーマンを両断する
それでも内陸船は大きい、至る所からシーマンが船上に乗り込み、海面から空中のナナシに水球を打ってくる
甲板上では至る所でハンターとシーマンの戦いが始まっていた
ナナシは空歩で船から離れ、海面へ向かってインパクトスラッシュを放つ
海面が大きくへちゃげ、その後十メートルはあろうかという水柱が立ち上がる
海上にシーマンをはじめとする多数の魔物が意識を失ったまま浮き上ってくる
その浮き上がった魔物たちを飲み込みながら大口を開けた巨大魚が飛び上がってくるが、ナナシの黒龍爪で三枚におろされる
内陸船が大きく右にかじを切り北限を回り込む
甲板に上がったシーマンはハンター達によってほとんどが討伐され、残りは海に逃げ出していく
船長が残り二人の魔法使いに風魔法を使うように指示を出す
ナナシは内陸船に戻ることなく北限の切り立った岬の先端へ空歩で移動する
自分の能力を船員やハンター達に見られた以上、今更説明するのは面倒なだけだ
本当はただの護衛としてザイレーンの街に入り自分探しをしたかったナナシではあるがザイレーンの役人に事情聴取されるのも、ルーン教会に知られるのもよくないと思える
「あのまま力を使わずにいたら・・・」
自分の腕の中で砂になって消えたレッドニアやゴーラットの民を救う為に人面樹の中に走り出したモエナの後ろ姿がナナシの心に蘇る
結局、ナナシは見捨てる事ができなかったと自分で自分に結論を出す
ごつごつと岩だらけで木も草もない大地、九月になったばかりだというのに遮るもののない風は身を切るほどに冷たく、空には厚い雲がかかり昼過ぎだというのに周囲は薄暗い、聞こえてくるのは風の音のみで鳥の鳴き声さえ聞こえない。ここが北限の地
「食い物がない」
シーマンとの戦いになる前、ナナシはこんな場合もあると自分の荷物を最低限袋に詰めて持ち出していた。だがその中に食料はない。携帯食は戦いの前に食べてしまった
こうなれば空歩を使って日が沈む前に一挙に南に下り町なり街道なりを探す
どうせ野宿するのも大変だしな
ナナシは南に向かって空歩で駆け上がる
後ろは断崖絶壁、その先は荒れた海
前方は山も森さえも見えない、どこまでも黒い岩しか見えないごつごつとした大地だった
太陽が西の原野に見る見る内に沈んでいく
ナナシは町も街道も見つける事が出来ず日没を迎える
風避けにした岩場にうずくまり野宿しているが、焚火する枯れ枝さえない
しかも姿は見えないが明らかに周囲に魔物が徘徊している気配がする
『小僧
眠ってもかまわないぞ。魔物が襲ってきても龍王尾で粉砕してくれる』
「そうですね。お腹がすいていなければ、そうするのですが
あいつら何喰って生きているのでしょうね」
『人族や他の生き物と変わらん。食える物を喰っているだけよ』
つまらなそうに黒龍王が答える
その時ナナシの頭上を一条の光が円を描くように通り過ぎる
ナナシが起き上がり光のやって来た方向を見る
しばらくすると一条の光はクルリと一周したようにナナシの頭上を再度通り過ぎる
音もなく一匹の魔物がナナシに飛び掛かるが黒龍尾が難なく襲ってきた魔物を吹き飛ばす
五十センチほどの土色のトカゲ
舌が槍のように伸びて襲ってこなければ魔物とは思えない魔物
そんなトカゲが周囲の岩場に何千匹も蠢いている
黒龍尾が高速で回転して周囲の岩共々魔物トカゲを粉砕しながら吹き飛ばす
ナナシが空歩で頭上に飛び上がる
このまま魔物トカゲを振り切って光の発生源に向かって走り出すナナシ
この環境では人族が住んでいる可能性はまずない
『この光は魔物除けじゃ。案外人族がいるかもしれんぞ』
西海に突き出した岸壁に十メートルほどの石の塔が立っている
塔の天辺からナナシが見た光の線が伸びてゆっくりと回っている
「神龍様
何でしょうか。この建物は」
『赤の魔女が住んでいたような大層な建物ではないな』
ナナシは地上に降りて、歩いて石の建物に近づく
「いかにも人族っぽい建物ですよね」
石の塔のどこにも窓が見えない、おそらく魔物対策だ
でも結界が張られている訳じゃない。塔の周囲には魔物除けのランプが灯っているだけだ
ナナシは警戒しながら塔の裏手に回り込む
海側に石の階段があり、階段を上がった所に鉄製のドアがある
ドアにはルーンの紋章が描かれている
『魔除けじゃな。大した効力はない』
当然ドアにはカギが掛かっている
ナナシはドアを数回ノックする
突然頭上から水が降ってきてナナシはびしょ濡れになる
塔の中から声が掛かる
「何者じゃ
聖水に反応しないということは魔族ではないようじゃが、どうやってここまで来た」
「僕の名はナール
ハンターをしています。内陸船の護衛で船に乗っていたのですが、船が魔物の襲撃を受けて、光を追ってここまで逃げてきました」
「嘘をつくな
海も陸も魔物だらけだ。昼間でも一時間も歩けば魔物に襲われる北限で、ここまで一人で来られる人族などいはしない」
その時、暗闇の中から人の頭ほどの岩が飛んできてナナシを吹き飛ばす
吹き飛んだナナシに向かって岩男が襲い掛かる
ナナシは岩が直撃する寸前に黒龍翼で体を守り、岩棒を振り下ろす岩男を黒龍剣で粉砕する
周囲の岩が盛り上がり五体の小岩男が立ち上がる
小岩男の大きさは一メートルもなく暗闇の中を素早く移動して敵に体当たりをしてくる厄介な魔物だが、ナナシは龍王翼で周りの岩ごと小岩男を空中に舞い上げ、インパクトスラッシュで粉々に砕いてしまう
魔物を処理し、塔の中の人ともう一度話をしようとナナシがドアの前まで戻ってくると鉄のドアが音もなく開かれる




