05 北限の海 2
付添いのマリリンから銀の箱に入った聖具【七聖剣】を受け取った帝国騎士が箱の中から一
二人の騎士によってゴーランド帝国の銀獅子旗が刺繍された布で覆われたテーブルの上に慎重に【七聖剣】が置かれ、三人のローブを着た魔法使いによって鑑定をうけ、結果を書いた紙がカーマイン首相に渡される
「使徒モエナ様、バチス司祭殿
【七聖剣】は確かにゴーランドに返還されました
それは鑑定人により確認されましたが、できれば今一度すべての臣下たちに明確に判るようにしていただきたいのですが」
首相の言葉にモエナもバチスも怪訝な顔をする
「なにも難しい話ではありません
【ゴーラットの聖女】として名高い使徒モエナ様の【聖威の光】で【七聖剣】を祝福していただきたいのです」
カーマイン首相は何でもないかのように二人に気軽に依頼する
しかしバチス司祭はカーマインの意図を理解していた
聖具の返還はゼンザイ皇帝が即位して十年、一度も成されていない
帝国が持つ聖具は今回返還された物も含めて三つ
残り四つの聖具は存在さえ不確かで、今後の聖具返還は今まで以上に困難なものになるだろう
帝国としては聖女と呼ばれるモエナの人気を使って重鎮達に帝国の正統性をより強く知らしめたいと思っているのだ
そして帝国の思惑とは別にバチスもモエナに【聖威の光】を使って【七聖剣】を祝福する事を進める
何故なら今回のモエナの訪問はルーンにも隠された思惑がある
帝国とルーンの長年の静かな対立は聖具の返還問題だけではない
帝国の権威を絶対のものと考え、ルーンと対等又はそれ以上と考える帝国は帝国内でルーンの権威を表立っては尊重していても、ゴール大公国の騒乱処理のように隙あれば帝国の権威をルーンの民よりも優先する傾向がある
ホムラ枢機卿は使徒モエナを帝国へ送り出すことで帝国とその民に今一度ルーンの存在を強く認識させたかったのだ
二人の勧めを受け、モエナが【七聖剣】の置かれているテーブルに近づく
両手を胸の前で合わせ軽く頭を下げて祈りのポーズを取る
ゼンザイ皇帝は目を開け、高座からその様子をじっと見つめる
帝国の重鎮達も水を打ったように静かにモエナを見つめている
やがてモエナの両手から【聖威の光】が溢れ出し【七聖剣】へと吸い込まれていく
テーブルがゴトゴトと揺れ始める。マリリンが「ヒェッ」っと声にならない声をあげる
揺れているのはテーブルだけではなく、地面が小さく揺れている
やがて【七聖剣】が銀色に輝きだし剣を取り巻くように七色の光が舞い始める
静まり返っていた謁見の間に人々の話し声がザワザワと広がっていく
「まさに伝えられるままの・・」
「伝説の聖具じゃ」
「フォーレシアの至宝」
皇帝がゆっくりと立ち上がり、会場が再び静まり返る
「ルーンの使徒殿、大義であった
今宵はささやかな歓迎の宴を用意した。ゴーランドの夜を楽しまれよ」
ゼンザイ皇帝は一方的にそう告げて謁見の間を後にする
皇帝の去った謁見の間を次々と重鎮達も退室していく
まるで大地が揺れたことなど何でもないかのように、皆モエナに感謝の言葉を掛けながら
「バチス司祭様
今揺れていませんでしたか」
「モエナ様は初めてですかな
ここザイレーンはボスフォラス火山の影響で日に何度か小さな地震が起るのですよ」
皆さん慣れっこなのだ
モエナとマリリンがお互いの顔を見合わせる
謁見の間の外ではシスターココが蒼い顔をしてルーンの盾神官たちと待っていた
ナナシは内陸船の甲板で戦っていた
すでに戦闘は一時間を超えている。倒しても倒しても海の中から飛び出してくる羽根のある魔物【首狩り魚】
港街オスカーで買った二股のモリはあっという間に廃棄物になり、今は死んだハンターが持っていた槍を拾って使っているがこれも長く持ちそうもない
『なぜ黒龍剣を使わない』
「そんなことしたら目立っちゃうじゃありませんか。神龍様」
魔法使いが必死で風魔法を起こして船の速度を上げて、何とか魔物の群れを振り切るが帆を引き千切られた一隻は魔物の餌食になる
黒龍剣と【空歩】を使えば助けられた命
だがナナシは知っている。それを始めたら・・・救える命全てを救わないといけなくなる
助けられなかった命に責任を負うことになる
助ける命と助けない命を選ぶことになる
ゴール大公国でナナシは人面樹となった人々を救う為に戦った、常闇の谷で牛蜘蛛の卵を産み付けられた神官を救う為に神殿に走った。しかし迷いの森で【サンシャイン】のメンバーを積極的に助けようとは思っていなかった。どちらかといえば黒騎士やレッドニアの願いに答える為に戦った
ナナシは英雄にも勇者にもなりたいとは思っていない。只々自分の素性が知りたい、自分が何者なのか知りたいと思い旅を続けている
ナナシは戦う術を持たない、無慈悲な力に成す術のない人々を救いたいと思ってはいるが、危険を承知で自分の意思で内陸船に乗り込んだ人々を、自分を犠牲にしてまで救おうとは思わない
モエナはルーンの民を救う為に戦った。ナナシには守るべき民はいない
甲板の上で生き残ったハンター達が互いに無事を喜び合い、亡くなった仲間の死骸を海に投げ込み、死臭を嗅ぎつけて新たな魔物を呼び寄せないようにする為に甲板の血を素早く洗い流す
「この先は更に厳しくなるぞ。ハンターは休めるうちに休んでおけ。後三時間ほどで日が暮れる、それまでに入り江に逃げ込むぞ」
内陸船の船長が大声で生き残った船員に声をかけ、船員たちがさらに大きな声で応える
ルーンの白地に紺色のシスター服を着たモエナが大勢の紳士淑女たちからの拍手で会場に迎えられる。彼女の笑顔はいつものシスタースマイル全方位バージョンである
最奥の一段高い皇帝席には、まだ主は居らずその左右一段低い席に皇帝の家族と思われる数人が座っている
モエナとバチス司祭が彼らの前まで歩みを進めると王妃と王子達が立ち上がり、呼込みの従者によって大声でそれぞれが紹介される
それが済むと案内に従い皇帝と王妃の席の間にモエナとバチス司祭が座る
正面には二人が入って来たドアがあり、左右にはそれぞれ多くの丸テーブルが置かれ帝国の重鎮やその家族たちが雑談をしながら皇帝の入場を待っている
「バチス司祭様
今揺れていませんか」
「モエナ様
ここザイレーンでは、これくらいは揺れている内に入りません
テーブルもテープの上の皿も揺れで倒れないように固定されているでしょ
ご覧ください。だれも気にもしていない。いつもの事なのです」
聖具【七聖剣】
滅亡したフォーレシア王国の至宝 国の守護剣




