03 港町オスカー 3
ナナシが目覚めた時にはすっかり日は昇っていた
がっくり肩を落として黒騎士さんの悪夢が懐かしく思えるナナシ
無人島をクルリと半周すればオスカーの街が見え、遠くを通り過ぎる船もちらほらと目につく
いくら内陸船の出港は明日といっても朝は早い
まして荷物を失ったナナシは今無一文
商業ギルドに寄ってとなると遅くても夕方にはオスカーに戻らなければならない
ナナシは鎧を着て【空歩】で今までになく高く空を駆ける
そして人目のつかない森の中に急降下で降り立った後は森を駆け抜けて街道を目指す
港町オスカーにもルーン教会はある
凄い大周りをしているが「黒騎士現る」なんてルーンに知られたら、大勢のルーンの騎士が押し寄せてくるのは明白だから、ナナシとしては慎重にも慎重でいたい
なんとか日が暮れる前に港町オスカーに戻る事が出来たナナシ
商業ギルドで預けていたお金を下ろし、必要な品を大急ぎで買いそろえる
やっと一息ついてギルドの食堂でちょっと遅めの夕食にありつくナナシ
そんな食事中のナナシに話しかける男がいた
「ちょっと話をさせてもらっていいかい」
その男は明らかにこの大陸の人間ではなかった
背丈は1メートル50くらい、がっしりとした体格でいかにも海の男というくらい黒々と潮焼けしているが、顔立ちは明らかにターネシアの民とは違う
鼻筋は太く、目はブルーで髪も青み掛かって変なメガネをかけている
「外つ国人か」
ナナシはオスカーの街中で何人かの外つ国人を見ているが話をしたことはなかった
男はナナシの問いに大きくうなずいて、再度尋ねる
ナナシは斜めの席を指さし座るように促す
男は椅子に座り、ウェイトレスにビッルを注文する
「俺の名はロクロン
外洋船プリンセスサンターナ号の船員だ」
船員と名乗ったロクロンではあるがナナシにはとても船員には見えなかった。ルーンの騎士とは違う荒々しさがあり、戦士であるのは間違いない
ナナシはロクロンと名乗る男の変なメガネを見つめながら自分も名乗る
「僕はナール
話とは何でしょうか。船員募集なら喜んで応募しますよ」
ナナシは外洋船で南ルートが使えるなら、まさに渡りに船である
「うむ、ナール君か
このメガネが気になるのかな。私はここの日差しが苦手でね。日中いつも眼鏡をしていたら習慣になってしまっている
ところで、君は【仙術】を知っているかい」
ナナシは首を振りながら
「いいえ、聞いたことも有りません」
「そうか
君達が我々の事を【外つ国人】と呼ぶように、我々も君達を【大陸人】と呼ぶ」
運ばれてきたビッルで口を潤しながらロクロンは話を続ける
「だか、それとは別の呼び方もする【魔法人】だ
我々ヒゴの国人は魔法を使えない。魔法力を持っていないのだ」
ナナシは驚いた。ターネシア大陸に住む人族は大なり小なり魔法力を持つ
それどころか一部魔物だって魔力を持っている
【聖威】を持つ人が【ルーンに選ばれし者】と呼ばれ特別視されることがあっても【魔法力】も【聖威】も持たない人族はターネシア大陸にはいない
ナナシは魔法力を持っていないが、他人からは持っていないのではなく、極端に少ないと思われているくらいだ
「では魔道具は使えないのですか」
「もちろん使えない。我々はここで多くの商品を商いしているが、魔道具は魔石を使う物に限られているよ。直接魔法力を使って魔道具を使うことはできない」
「それでは先ほど言っていた【仙術】というのは」
「君達の言う【聖威】や【精霊魔法】のようなものだよ」
「?????」
ナナシには、よく理解できなかった
「たとえば、君が先日埠頭でしていたような足を宙に浮かして歩くようなことができる」
思わずロクロンを見つめるナナシ
「あれは魔法訓練の一つで【浮遊魔法】です」
「そうだろう。そうだろう
【仙術】は特殊な才能と訓練を受けた者だけが使えるようになる特殊技能だからね。魔法人で【仙術】が使える者がいるはずがない」
「その【仙術】はロクロンさんの国に行けば学ぶ事ができるのですか」
「過去にも同じように考えて留学してきた魔法人はいたが、誰一人【仙術】を身に着けた者はいなかったよ。たぶん魔法力とは相性が悪いのだろう」
ナナシは自分の故郷が外つ国かもしれないとは考えてもいなかった
しかし今のロクロンさんの話を聞けば、魔法力も聖威も持たない人族がいる世界、ナナシの故郷の可能性は大いにある
「外つ国の人々はみんなロクロンさんのような青い目や髪をしているのですか」
「ハハハハ
私の主は黒髪、黒目だよ。中には君のように白い髪の人族もいるよ」
その後ナナシはロクロンに外つ国の事を聞き、外洋船に護衛として雇ってもらえるか再度尋ねるが、外洋船に乗客以外で大陸人を乗せる場合は密輸や密航対策でハンター組合や商業ギルドの推薦が必要になるとの事だった
ロクロンはナナシがゴール大公国の異変から逃れてオスカーへやって来たことを聞き、一時間ほどで解散となった
ロクロンはオスカーの夜街を急ぐでもなく酔い覚ましを兼ねてぶらぶらと歩いている
「ナール君は魔法力を持っていませんね
だが彼が持つ剣には、私の【仙術】が恐れるほどの大きな力が渦巻いていた。それほどの力を持つ剣とは・・・」
翌朝、埠頭に多くのハンターが集まっていた
商業ギルドとハンター組合の職員が手分けをして、それぞれハンター達に警護する船を指定していく。その時木製のプレートをそれぞれに渡される
このプレートを下船の時、船長のサインを貰い目的地の商業ギルドなりハンター組合に持って行けば報酬が渡される仕組みになっている。たとえ怪我等で船を途中下船しても船長のサインがあれば、そこまでの報酬が支払われる
ナナシは指定された三番埠頭の内陸船に乗り込む
ロクロンさんの乗る外洋船プリンセスサンターナ号がどの船かさっきから探してはいるがそれらしい船はナナシには見つけられなかった
内陸船はオスカーの港を順次出港し沖合に出たら三隻で船団を組んで北へ向かう事になる
船団を組んだ方が魔物に襲われるリスクが減るし、いざとなれば協力して戦うこともできる
もちろん一隻を生贄にして他船は逃げ出す場合もある
魔獣 外つ国の魔族 知恵ある魔物




