01 港町オスカー 1
やっとこ第四章がスタートできます
今章から表現を一部変更しています
判りやすくする為に長さや時間の単位を通常使う表現に直しました
これによりより細かい微妙な表現ができれば幸いです
モエナは長く長く苦しい旅を終えルーン総本山へと帰還する
ルーンの使徒(見習い)は晴れて【ルーンの使徒モエナ様】にグレードアップ
売れないベテラン芸人が都会へ快足電車を乗り継いで上京したら、あれまあれまとM-1グランプリで優勝、グリーン席で故郷へ錦を飾るような気分のモエナ
今は枢機卿との会談の為【空中庭園】へ移動している
以前は枢機卿様なんて廊下ですれ違ったことすらもなかった。それくらい住む世界が違うのだ
「ココさん
枢機卿様との会談が終わったら【空中庭園】の新作パフェを食べようよ」
モエナの世話係を仰せつかっているシスターココが笑顔で答える
「良いですね。良いですね
生クリームと季節のフルーツたっぷりの新作パフェ
モエナ様、ホムラ枢機卿様との会談は五十秒で終わらせてください」
「・・・・」
うつむき若干歩みを早めるモエナであった
【空中庭園】の東屋には先にホムラ枢機卿が待っていた
「遅れましたか。ホムラ枢機卿様」
ホムラは笑顔でモエナに椅子を勧め
「いや、別の話し合いが早く終わっただけですよ。使徒モエナ」
モエナは【使徒】と呼ばれると今でも複雑な気持ちになる
結局ゴールでは多くのルーンの民が人面樹になり、人面樹の犠牲になった
ネクロマンサーと一緒に天空に消えたナナシ君を含め、モエナの中には救えた命を救えなかったという後悔の思いが今でもある
この時点で使徒モエナにはナナシの生存情報は伝えられていない。【常闇の谷】から消えた彼をどう扱っていいかルーンでも、まだ統一した判断ができてはいなかった
「今回、使徒モエナを呼んだのは、以前から話していたゴーランド帝国への訪問についてです」
この時点で五十秒は過ぎている
モエナは手を上げて給士を呼び「新作パフェ」をオーダーする。この話は長くなると予想しパフェなくして聞けない話だと覚悟を決めるモエナ
シスターココが「新作パフェ」を食べ損ね涙目になりながら、この後の予定変更を調整する為、東屋をそっと離れる
一時間後モエナとの会談を終えたホムラ枢機卿はまだ【空中庭園】の東屋にいた
今回の使徒モエナとの打ち合わせのすり合わせと新魔王軍探索の為に、聖具【言霊の手鏡】でバチス司祭を呼び出す
「ホムラ様、使徒モエナ様の受け入れ準備はつつがなく進んでおります、帝国でのルーンの存在感を大いに高めてみせましょう」
「お願いしますよ。バチス司祭
それで新魔王軍についての調査はどうなっていますか」
「はい、大陸で現在魔物被害が最も多いのは、ここ北地区です
新魔王軍を名乗る物たちの手掛かりがあると調査を進めていますが、今の所成果はありません
しかし、旧魔王軍に関して面白い調査報告がありました。数か月後にはさらに詳しい報告ができると思われます」
【霧の迷宮】を無事脱出してから一週間が立つ、ナナシは西海岸の港街オスカーにたどり着く
この港街オスカーはターネシア大陸の北と南を海で繋ぐ重要都市であり、エウロパ教国の北のはずれに位置している
そして西の外つ国に続く海の玄関口でもあった
その為ターネシア大陸のどこの街よりも異国からの文化の影響を強く受け、ナナシは異邦人にでもなったような気分でオスカーのメイン通りを歩いていた
「それでナール君はゴール大公国で港仕事をしていたのよね」
「はい、主に荷下ろし荷積みですが、漁の手伝いで海に出ることも有りました」
ナナシはハンター組合での新人登録はせず、ここオスカー商業ギルドで船員の募集に応募していた
内陸船に乗って南周りで東海岸へ移動する算段である
「南ルートの仕事は、今は難しいと思うよ。
この時期は風向きが良くないのと魔道都市カラカラからの魔道具の出荷は二ヶ月後だからね。内陸船は南には出ていないのよ」
商業ギルドの受付嬢はナナシの背中の剣を見ながら
「それよりハンター経験があるなら、北ルートで護衛仕事を受けた方が何倍も実入りはいいよ」
「護衛ですか
この剣は一人旅のお守りみたいなもので、あまり役には立ちませんよ」
商業ギルドの受付嬢は残念気味に話を続ける
「大きな声では言えないけど、北ルートは魔物被害が多発しているのよ
今なら護衛はいくらでも募集があるのよ」
「僕はハンター登録していないのですが」
「船の上だけの護衛なら、ハンター登録する必要はないよ。ギルドを通しての護衛任務はいくらでもあるからね」
一日考えると受付嬢に断りを入れ商業ギルドに安宿を紹介してもらう
安宿は組合の裏手に併設されていた。商魂たくましいギルドである
『水中での戦闘も考えておかねばならんな』
「何考えているのですか。神龍様
水中なんかで戦えませんよ」
『そんな訳があるものか
【空歩】が使えるのだ。水中での移動も同じであろう』
「呼吸ができませんよ。呼吸が」
『そんなこともできないのか。息を吸って吐けばよいのだ』
「・・・・」
南回りも北回りも日数的には大きく変わらない。風と天気任せそして魔物次第だが魔物に襲われる可能性は圧倒的に北回りの方が高い
ただ外洋船と違って内陸船はそれほど海岸部から離れないし、ナナシだけなら海上であっても【空歩】でどうにでもなる
それでもナナシが躊躇うのは寄港する港に旧ゴール大公国マリーラットが含まれているからだった
ゴーランド帝国は建国より八十二年、現皇帝は建国帝より数えて五代目
まだまだ新しい国家ではあるが、その建国史には公式に発表されている以外の諸説が常に付きまとう
たとえば建国帝は亡国の遺児となっているが実際は盗賊とも海賊とも噂されている
故にゴーランド帝国は譜代からの家臣や縁故・血縁者は極端に少なく、実力主義によって国を運営している
ゴール大公国独立の際も、帝国として確かに不凍港は求めていたが、ゴール大公とバレンシア王の将来性を天秤にかけたと言ってもいい
ここはゴーランド帝国、皇帝アダム・ゼンザイの居城ザイレーン城
三十代前半の皇帝ゼンザイは若き首相カーマインに問いかける
「ルーンは渋々か」
「ルーンの思惑がどうであれ【聖具】返還が了承されたことは喜ばしきことです」
「七十年以上かけて取り戻した【聖具】は三つ
残り四つは末だに所在さえ判らぬ」
「人魔戦争で破壊された物もありましょう。少なくともルーンの元には旧フォーレシア王国の【七聖剣】は、もう残っていないことになります」
「引き続き【七聖剣】の捜索は続けよ。特にホルンとカラカラからは目を離すなよ。それとルーンからの聖具返還を急がせろ」
カーマイン首相は深く頭を下げ皇帝との会談を終える




