18 100年の思い 3
賢者ムゥが意識を取り戻し目を開く。彼は上を向いたまま微塵も身動きすることなくアラタたちに話し掛ける
「みなさん事情はすべて判っています
時間がありません。もうすぐここは消滅します
みなさん私の杖をしっかり握ってください」
ナナシは鎧を鞘の形に戻し、黒龍剣を鞘にしまい低く構える。狙うは魔王ゾンビの【迷宮核】
【龍王尾】を足元でうねらせ、強酸水を吹き飛ばしてはいるが小雨となった強酸雨がナナシの体を容赦なく焼いて行く
それでもナナシは目を閉ざし低く構えたまま微動うだにしない
魔王ゾンビは上空から落ちてくる太陽を避けようと強酸竜巻を多数造り出し落下してくる太陽へぶつけているが効果はない
魔王ゾンビの上部が四つに割れて周囲の強酸水が渦を巻きながら集まってくる。集められた強酸水が巨大な水球になり圧縮され、まさに太陽へ打ち上げられようとした時
ナナシが剣を鞘から大きく抜き放つ
巨大水球が魔王ゾンビの体と共に斜めに切断され、後ろの岩山はおろか【迷宮】そのものが斜めにズレる
その直後【ザ・サン】が地上に落ちる
全ての物が一瞬で蒸発する
魔女の森も浮かぶ家も41階層そのものが消滅する
「やっと真面に話ができる奴が現れたか」
「黒騎士さん
レッドニアさんを助けることができませんでした」
「魔王軍参謀長【赤の魔女】が小僧の助けなぞ必要とするものか
彼女は自分の意志を貫いたに過ぎん
彼女は自分の最期が近い事を判っていたのだろう
それに・・・・40階層で現れた我の人形
あれはアッカバッカ様が我のために用意した器だ
あの中に意識を移し、自由にどこへでも消えろと言う意味のな
その為にアッカバッカ様は我をここへ招いたのだ
しかし、我はそれを断った」
「魔王さんには会えたのですか」
「・・・・」それには黒騎士は答えなかった
「君はもっと他人を頼る事を考えなさい
みんなで協力すれば、あの程度のゾンビに後れを取る事は決してないのですから」
賢者ムゥが自嘲気味にナナシに告げる
ここは20階層のセーフティエリア
【サンシャイン】のメンバー6人と賢者ムゥ、そしてナナシが休んでいる
今も迷宮の深階層は徐々に崩壊を続けている。もちろんこの階層が崩壊するまでには後1ヶ月は猶予がある
ムゥは迷宮の深階層が崩壊する寸前、転移魔法でここ20階層へ飛んだのである。その時、精神同調していたナナシも一緒に救出している
通常迷宮の階層を超えて転移することなど不可能だ、ムゥは迷宮主が死に迷宮に亀裂が入った刹那を狙って転移を成功させている
「多分、君は僕が助けなくても自分で何とかできたでしょうがね」
ゴーストキラージャブーによって上書きされていた【転移魔法陣】は、ゴットンにおんぶされたムゥが魔法陣の隅を持ち上げるとスライムシールのように剥がれて消滅してしまう
「100年も経つと魔道具も色々進歩しますね。実に面白い」
賢者ムゥは100年前の魔王との決戦で魔王の心臓を【賢者の杖】で刺し貫き、魔王の再生能力を封印する事に成功する
しかし、その時すでに勇者パーティは戦う力をすべて使い果たしていた
賢者ムゥは自らの肉体を糧にして魔王を封印魔法に封印する
それから数十年もはや肉体に魂をとどめておけなくなった彼は賢者の杖に自らの魂を移動させ、今日を待つことになる
『我がルーンの界壁に魂を移したのと同じか
神龍族ならともかく人族がそれをなしたとはな』
「一人ぼっちじゃありませんでしたからね。話し相手がいてくれたお蔭で、何とか今まで自我を保ち続けられましたよ」
ムゥが左手を広げると手の中から緑色の光が出てくる
それを待っていたかのように、ナナシの手からも黒い光が現れ、20階層の大地から赤い光が現れる
『ニア、クゥ
手間を掛けさせたな。まさか死んでもお前たちに迷惑を掛けるとは思ってもいなかった』
『アッカバッカ様、アッカバッカ様』
緑の光を取り巻くように赤い光と黒い光が共に天に昇っていく




