ゴール騒乱 03
自分はいったい何者なのか
記憶をなくし港町ユンに漂着した少年
彼はどこで生まれ、両親は、兄弟は・・・
自身の信名を求めて旅出す
王なるを望まず、英雄達らんとせず
ごくごく普通の人間でありたいと望みながらも
周囲からは様々な「忌み名」を付けられ
人族と魔族の人魔戦争に巻き込まれていく
ルーン教は救いを求める人々(信者)に手を差し伸べる
たとえ国が、領主が救済を求めなくてもルーンの民(信者)が救済を求めれば
それに答える
だから、この時代困ったことがあればルーン教会に多くが丸投げされる
国も役人も国民も困り事はルーン教に頼るのが常識とさえなっていた
そしてルーンはそれに答えた
たとえそれが理不尽な答えでも人々は「ルーンが決めた事」と納得する
国王でさえルーンの裁定に異議を挟まない
ある時2つの国の間で争いがおこった
両国のルーンの民は戦争をしたくないとルーンに訴えた
ルーンは2つの国に和解案を提示した
一方の国は受け入れ、一方の国は拒否んだ
拒否んだ国の王は国民・家臣・貴族・親族から見捨てられ王朝は滅んでしまう
それほどの権威と信仰をルーン教は持っていた
100年前、魔王の脅威から勇者と共に人々を守ったのはルーンなのだから
ルーン教総本山
白い大理石でできたまっすぐな廊下をホムラ枢機卿は一人で歩いている
本来なら従者数名が常に側にいる
だが今向かっている先は許可された者以外は何人も立ち入れぬ場所
法王ルゥイ3世の私室
法王の私的な会合に使われる場所、私室と言っても豪華な調度品がある訳でもない、それどころか壁さえも法王ルゥイ3世の私室にはなかった
廊下の途中に30㎡ほどの屋根のある広間があり6人程が座れるテーブルと椅子があるだけ、そこから見渡せるすべての空間が法王の私室なのである
お茶が飲みたければ自分でポットから注がねばならない。まさに何人も許可なく立ち入れない場所、それが法王の私室である
そこに西地区を担当するダンズウェルス枢機卿と聖騎士長キースが待っていた
「遅れましたかな」
ホムラは法王ルゥイ3世に無言で挨拶し、ダンズウェルス枢機卿に話しかける
法王ルゥイ3世は30歳を過ぎたばかりの働き盛り、されど滅多に口を利かない
なぜなら法王が話されたことは決定事項であり何人もこれに異を挟めない。ルーンにおいては決断は多数決ではない、議論をよくし法王の決を仰ぐのである
「いや、ホムラ枢機卿 我もキースも先ほど着いたばかりじゃ」
齢60になろうというダンズウェルス枢機卿がホムラ枢機卿に椅子をすすめながら答える
「さて首尾は」
ダンズウェルスは挨拶も早々に本題をホムラに促す
「バレンシア国王は嬉々として承諾、すぐにでも軍を動かすとのこと
問題はゴーランド帝国です」
「かの帝国はルーンをよく思っていないからな
まさかとは思うがゴール大公に通じてはいまいな」
「如何に帝国とて法王様直接の依頼を他国へ伝えたり無下にしたりはできません。カーマイン首相より協力の承諾はいただきましたが条件を出されました。聖具の返還とマリーラットの港湾使用権です」
「相変らず強欲よなぁ帝国は
聖具の話はいつもの事だが、港の使用権とは」
「帝国では冬になると領国内の港がすべて凍ってしまいますからな
不凍港の確保は絶対条件でしょう
ゴール独立の際、かの国をいち早く承認したのはひとえに不凍港の確保ですから」
「港の使用権はバレンシア王国と調整が必要だな
聖具の返還は枢機院で協議か
時間が掛かり過ぎないか」
「ゴール内の協力者の方はいかがですか」
ホムラ枢機卿がいつになく声を落としてダンズウェルス枢機卿に尋ねる
「先日、西外教会本部より連絡があった
ナニガシ司祭の説得により内諾を取付けたと
ルーンの意思に従うそうだ
ルーンの意思をはっきり示す為
総本山からルーンの高司祭を派遣し
現地の武装神官の指揮はルーンの槍騎士にとらせる」
「さすがに法王様からの直書となれば否はありませんか」
「問題は帝国を含めて、どこまで当てになるかだ
いよいよとなればキース
貴殿にゴール大公国に乗り込んでもらわねばならん」
「お待ちくださいダンズウェルス卿」
それまで聞き役に徹していた聖騎士長キースが二人に尋ねる
「両枢機卿のお話をお聞きしておりましたが
これではまるでルーンがゴール大公国を周辺国と共に滅ぼす謀議をしているように聞こえます
ルーンの意思ならば聖騎士の誓いにかけてご指示には従いますが
ゴールに如何なる罪があるかお教え願えますでしょうか
ことによればルーンの民に剣を向ける事にもなりかねません」
「まだ判らぬ」
法王がよく通る声で答える
一同は姿勢を正し法王ルゥイ3世に向き直る
「だが2ヶ月前マルル様が予言された【ゴール大公館に魔族の影有り】と
事が起こってからでは遅い
ルーンの民の為に暗雲を未然に防ぐ為の手配だ
よいな キース」
「はっ」
キース聖騎士長は立ち上り、ルーンの印を組む
「ホムラ枢機卿
ゴーランド帝国の条件は我が承諾する
ただし帝国の此度の貢献次第、欲深きは何も得ぬと伝えよ」
ホムラ枢機卿も静かに立ち上がり「法王様のご意志のままに」と答える
「ダンズウェルス卿
各国の準備ができ次第ゴール大公館に乗り込め
ゴールの暗雲を祓い、マルル様の御心を安らかにせよ」
「承知いたしました
準備でき次第西方視察という名目でゴール大公国へ参ります
以前よりゴールからは西外地区の取り扱い見直しを要望されておりますゆえ
訪問には何ら問題ありません」
ダンズウェルス卿も立ち上り頭を下げる