03 界壁にうごめく者
短編で投稿した「始まりの森 モエナの災難」の続編になります
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龍の影が回り込むようにナナシの行く手を遮る
ナナシは慣れない壁走りでバランスがうまく取れずスピードも出せない
圧倒的不利な状況は今も変わらない
『待て龍剣を持つ者よ。話がある』
先ほど聞こえた声か・・・龍が話しているのか
『小僧止まるのだ。これ以上登るのは危険だ』
ナナシは龍剣を構えたまま立ち止まる
「・・・・・」
『・・・・・』
お互いに沈黙が続く
ナナシにすれば、シスターモエナの凄い聖具によってマミューに無理やり連れてこられた謎の穴の中で、本体がどこにいるか判らない、謎の龍の影と対峙している
謎だらけの場所で、今優先されるのは安全と脱出
いやいやいや・・・それよりも龍と話なんてしたことがない
ナナシが今まで話をした魔族と言えば
黒騎士は魔王の事となると多弁になるが、それ以外は無口だ
マミューは会話どころか声さえも聴きたくない
第一、龍が魔族かどうかさえナナシには判らない
「話がある」と言ってきたのは龍の方だ
『やっと真面に話ができる奴が現れたか
我が言葉は理解できるのであろう。龍騎士』
ナナシは大きくうなずく
『ならば問う
魔王軍はどうなった』
「またかよ」と心の中で突っ込むナナシ
「判りません。今はいません」
『アッカバッカは敗れたか
大穴が健在なのだから当然か
ところで龍騎士
儂の見る所そなたは人族だろう
なぜ黒騎士の鎧を扱える』
ナナシはデジャプを見ているのかもしれない
このまま話を続けると「全てをお前に与えん」とか言われて死ぬ思い(現実なら何度も死んでいる)をさせられる感満載である
「判りません
黒騎士さんから夢の中で譲られました」
『・・・ならばお主は龍剣の継承者という訳か』
「・・・・・」
またまた沈黙が続く
ナナシは側壁に真横に立ち、龍の影はナナシを囲むように壁を泳ぐ
その時魔物が空から降って来た
魔物は唸り声をあげながら火口の中に消えていく
『小僧これから話すことをよく聞いて
自分で答えを出すがよい』
龍の影はナナシの返事を待たず静かに話しを続ける
『儂は神龍族の黒龍王
ここはルーン総本山の中心
ルーンの大穴の中【界壁】と呼ばれる場所だ
一度大穴の中に落ちると
我が力をもってしても【界壁】の外へ出る事は叶わん
上へ行くほど下へ引っ張られる力が増す。ここは実に厄介な場所なのだ
しかし、ここから脱失する方法が一つだけある
その方法とはお主の持つ龍剣と儂が力を合わせる事じゃ』
ナナシは【神龍族の黒龍王】でお腹いっぱいになっていた
神龍って伝説級の生き物で、何百年も存在確認されていない龍族最強種
「なんで神龍様がこんな所にいるんですか」
『ちょっとした家族の行き違いじゃ』
神龍は千年を超えて生きると伝えられている
というか人族の歴史が千年くらいしかないから、それ以前はすべて不明となる
家族の行き違い
そんな場違いな話をここで今聞きたくはない
深夜を過ぎホムラの元に更なる朗報が【言霊の手鏡】より届けられる
浄化の光に包まれ怪植物消滅
解き放たれた民の魂はルーンの元へ
事件発覚から数時間
一つの都市全域を浄化の光で包み込むことなど普通は不可能だ
どれほど多くの司祭・神官を集め、心を一つに何十日数ヶ月
ルーンに祈りを捧げてさえ叶うかどうか
ホムラには叶うとは到底思えない
だからホムラは、キースの【破邪の大剣】でゴーラットを塵と化す事を考えたのだから
誰がどうやってなしたか
未だ不明なれど【言霊の手鏡】に映る魂の救済を確認した以上、大規模な浄化の光が西外教会本部を救ったことは間違いない
ホムラはオロロン司祭に状況の把握と聖騎士長キースとの連絡を依頼し【言霊の手鏡】を机の上に置く
ゴーラット全都市の危機が去ったと判断するのは時期尚早
どうせ早朝にならねば事態の詳細は判らない
椅子に深々と座り、事態収拾をバレンシア王国にいるダンズウェルス卿に再度丸投げすると決めたホムラ枢機卿は更なる急便メモを走り書きする
ダンズウェルス卿の元へ【浄化の聖具】を大量に送る段取りをしていると部屋の窓がゴトゴトと音を立てて揺れ初める
ドォーーーーーーン
総本山全域を衝撃が走る
ホムラ枢機卿は椅子から転げ落ち、棚の物が頭の上に振ってくる
ルーンの長い夜はまだ終わらない
神龍様と力を合わせて界壁から脱出・・・・・
ナナシがその意味を理解できていないと判った黒龍王は勝手に話を続ける
『今の我は肉体をなくし界壁に宿る残留思念にすぎぬ』
ナナシは黒騎士との会話をリピートされているようで、この後の展開を想像して足が震えだした
何しろ相手は神龍様である
黒騎士の時もナナシの意思・意見は無視された
「自分で答えを出せ」と言われたが、既に答えは決まっているような気がムンムンするナナシである
『小僧の持つ剣は龍の骨でできている
我との相関性は非常に高い
我が龍剣に宿れば必ず界壁を破壊して外へ出られるはずじゃ』
ナナシは無言でうなずいた
たぶんおそらく絶対「No」は許されない
『よくぞ決断した
それではもう一度龍剣を界壁に突き立てよ』
「判りました。その前に一つだけ教えてください
外に出たら神龍様はどうされるんですか」
まさか「かくなる上は人族を皆殺しにしてやる」なんて言わないよね
『途中止めになった家族会議を・・・と以前は考えておった
じゃが界壁に閉じ込められて考えが変わった
できるなら争わずにすむ道を探そうと思う』
何の話か全然理解できないナナシだが神龍の圧に負けて「うんうん」とうなずく。神龍の争いなんて想像すらできない
黒騎士といい黒龍王といい、なぜ会話が成り立たないんだ
どちらも我がまま過ぎるぞ
ナナシは龍剣を界壁に全力で突き立てる
しかし剣先が10センチほど突き刺さっただけだった
なんて固い壁なんだ
黒龍王が刺さった剣先に近づき、そのまま吸い込まれるように龍剣の中に消えていく
同時に剣も鎧も黒く変色しながら形を変える
以前の龍剣は白銀に輝く両刃の武骨な剣だった
今の龍剣は片刃になり黒く研ぎ澄まされた剣になった
鎧も黒色に変わり、以前よりスリムになり、より動きやすく軽量になった
前は鎧に着られている感があったナナシだが今は体にぴったりフィットしている
『やはり龍の骨でできているだけのことはある
我によく馴染む
さて小僧、黒龍剣を振るう者として、これより黒龍王の全てをお前に与えん』
ナナシは悪夢の続きを見ているような気がしていた
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