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3.月夜の下で




彼女は私の返答を聞き、キョトンとした顔で私のことを見つめていた。私は彼女が置かれている現状について事細かに説明する。話をするうちに、段々と彼女の意識もはっきりしてきたようだった。



「助けてくれてありがとうございました」


「礼はいらない。それより、身体の調子はどうだ?」


「大丈夫です。ほら」



そう言って、彼女は身体を起こそうとする。



「おい、まだ寝ていろ。……今日はこの病院に泊まっていけ。院長には後で許可をとっておく」


「……それじゃあ、お言葉に甘えて」



彼女はそう言うと静かに微笑んだ。私はその笑顔に妙に惹かれたことを今でも覚えている。ただこの時は特に深く考えずに、その理由を探ろうとはしなかった。



私たちはそれぞれ自己紹介をすることにした。彼女の名前はナターシャと言うらしい。本当は苗字もあるらしいが、事情があって言えないそうだ。他にも出身地、年齢、あの砂漠で何をしていたのか色々尋ねたが、どれもはぐらかされてしまった。


しかし、私は詮索するような真似はしなかった。彼女に配慮したのも理由の一つだが、私は単に興味が無かったのだ。所詮は患者と医者、ただそれだけの関係だ。彼女が病院から出ていけば私たちの接点はすぐに消え去る。彼女のことをよく知ったところで、意味がないと思っていた。



「……ロミナントさんはこの街に住んでいるのですか?」


「ああ」


「具体的にはどこに?」


「……どうしてそんなこと聞くんだ?」


「なんとなくです」


「……病院の手前にある川沿いに歩いて、橋を渡った目の前にあるカフェの二階だ」


「……ふーん」


「……」



自分のことは話さないくせに、俺のことはよく聞いてくるんだなと当時の私は疑問に感じた。私はその後ラミエルに呼ばれて、君も寝ていなさいと釘を刺された。一応まだ緊急招集がかかっているが、どうやら私の代わりに他の医師がアグリに向かったらしい。砂漠で別れた彼には申し訳ないが、私は地獄に向かわずに済んだのだ。




久しぶりに、仕事も無く、論文も書かない夜を過ごすことになった。就寝時間になり、病棟のろうそくが消されていく。

ベッドに横になって目を瞑るが、さっきまで飲んでいたコーヒーのせいで眠ることができなかった。それに寝返りを打とうとすると身体が悲鳴をあげる。


窓の外から月明かりが差し込んでいた。私は暇つぶしにそれが徐々に動くのを観察することにした。月明かりの動きは本当に微々たるもので、少しでも目を離せば、"基準"を見失ってどこまで動いていたのか分からなくなる。結局そのことに集中してしまったせいで、私は余計に眠れなくなってしまった。



何時間くらい経っただろうか、そろそろ飽きてきた頃に、窓から月が見え始めた。どうやら今日は満月だったようだ。漆黒の中で、月が最も輝く姿を見せている。だがその姿から、何かが欠けているような儚さを私はそのとき感じとった。



(あぁ、そうか)



ふと、ナターシャの顔を思い浮かべた。そしてあの時彼女が見せた微笑のどこに惹かれたのか、私は理解した。




彼女の笑顔は、まるで月のようだったのだ。





月明かりは朝日に変わり、私の目を刺激する。結局月が見え始めたあたりで眠ったらしい。身体の痛みはまだあるが、昨日よりはマシになっていた。私はすぐに起き上がり、ラミエルに礼を言ってから病院を出て行く。ナターシャのところにも寄ってみたが、彼女はもう退院していた。もう二度と会うことはないだろうと思いながら、川沿いの道を歩く。



川沿いには煉瓦造りの家が建ち並んでおり、そこから仕事にでかける職人や、出店を開く準備をする若者が道に出てくる。街が活気を肌で感じながら、橋を渡り、カフェの二階にある家を見上げる。窓に置いておいた植木鉢から、薬草の芽が出始めていた。


そろそろ育ち始める時期だなと思いながら、準備中のカフェの横にある階段を登り、家の扉の前にまできた。鍵はいつもかけていなかった。家の中にこれといった財も無ければ食糧もないので、泥棒が入っても別に問題はなかったからだ。それに今まで家に泥棒が侵入したことなんて一度も無かった。



だがしかし、いざ扉を開けると、そこには"泥棒"がいた。その泥棒は勝手にコーヒーを作って私の書斎の椅子にどっしりと座っていた。



「……なぜ君がここにいる。ナターシャ」


「ふふ、おかえりなさい」



彼女はそう言って不敵に微笑んだ。

私は彼女のことを少し誤解していた。彼女の笑顔は月なんかではない。月夜に佇む、泥棒猫だった。

こちらの作品は、the book 〜幻素が漂う世界で生きる〜の第一章が完結したと同時に連載を再開させる予定です。

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