16、なおと私(那緒)
20 - - 年5月26日、なおの螺緒は殺された。
螺緒が親友だと言っていた玉樹くんによって、だ。螺緒が大切に思っていたのは知っていたから、なおも友達だと思っていた。
殺されたその瞬間、頭の中で何者かが暴走し始めているのに気がついた。そして、なおが 私であることも思い出した。
自分が生まれてから何年かはわからないが、私という自我が芽生えて少しあと、気がついたらこの地に来ていた。前にいた場所は白が基本となって、とても広い場所であった。しかし、親と共にやってきた地は、狭かった。そして、のちに知ったのだが、ここは工場などが多いために空気も汚い。
ここにきてから少し経つと、前にいた場所、という記憶が徐々に消えていった。私が自我が芽生えてからあそこにいたのはあまり長くなかったようだから、段々と薄れていくことは当然だろう。しかし、思い出そうとすると、私より少し大きなお姉さんが『ナヨ様』と自分のことを呼んでいたような、そんな記憶が蘇る。自分の名前をナヨ、と呼ぶので不思議だと消えない記憶だったのだろう。
なぜなら、私は、ここに来て少ししてから、「那緒」という名前を与えられたからだ。
そして、しばらく生活するうちに那緒は自分の名前だと学習した。
なぜなら、ぱぱやままもなおのことを那緒と呼んでいたし、周りの人にも那緒と呼ばれるからだ。
ある日、幼稚園という所へ行った。その時、親には、自分の年齢は4歳だと教えられた。
しかし、途中から入ったこともあり、なかなか友達ができず、すぐにお家に帰りたくなるような毎日。
そんな中で、1人だけなおにしつこく話しかけてくる男の子がいた。大抵が、なおのことをつまらないと判断して去っていくのにも関わらず、その男の子は自分が黙っていても話しかけてくれた。
『らおってなまえなんだ!よろしくな』『うん。』『なまえなんていうんだっけ?』『なお』『なお、いっしょにあそぼ!』『うん』
あまり喋るのが得意でないなおをリードしてくれるのが螺緒だった。螺緒はたくさんの遊びを教えてくれて、たくさんの勇気をくれた。いつしかなおは、螺緒のことを家族のように慕い、離れたくないと思うようになった。
それからは早く、自分の家に螺緒を呼ぶこともあった。
その時に知ったのだが、自分の家は裕福らしい。
その日の夜、ぱぱに尋ねると、
『なおにいろいろな経験をさせるために、お父さんは大きな会社の社長さんをやっているんだ。お母さんは副社長って言って、お父さんのことをお手伝いしてくれるんだ。そうだな、螺緒の家よりはお金はあると思うぞ。だが、世の中お金だけじゃないからな。徐々に知っていけばいいさ。』
と教えられた。
その頃から社長という職業に憧れた。
螺緒を家に招きごっこ遊びをするときに、社長役をやりたいというと、会社を買ってきて色々と教えてくれた。他のこともたくさんさせてくれた。
大変な時もあったがいつも新鮮で楽しくて、何より、一緒に手伝ってくれたり励ましてくれたりする螺緒がいたから、最後まで楽しめた。
そんなふうに幼稚園時代を過ごしたが、ついに迎えた卒園式。
4月からは小学校に通うことになっているらしい。
ぱぱから
『4月から新井小学校っていうぱぱが経営してる小学校に入ろうな』
と言われていた。当然、螺緒も一緒だと思っていたが
『おれはあそこにある、こまのしょうがっこうだよ』
と言われた。
ので、離れたくないなおはぱぱにどうしてもと初めて、大きく駄々をこねた。
結局、普通の小学校で経験を積ませるのも良い、ということで認められたなおは、螺緒にずっと一緒にいようと伝えたのだった。初めて、泣く螺緒を見て少し戸惑ったものの、今までのごっこ遊びで培った経験から、頑張って慰められるような言葉を言えたときは、嬉しかった。その後、螺緒も喜んでくれたからもっと嬉しくて、とても印象に残っている。
ただ、螺緒と一緒にいるためには、とぱぱから条件がつけられたので、螺緒も巻き込むことになり、少しだけ大変になった。
小学校に入ると、螺緒には玉樹くんと甘見くんと券鵞くんの3人の友達ができた。なおだけの螺緒が取られた気がして、少し胸がモヤモヤとした。病気かと思って専属医に相談すると、ニコニコと笑って、
『それは人生の中で大切な経験です。大事にしてくださいね。』
と言われた。よくわからなかったが、大丈夫なら良かったと安心した。のも束の間、4年生くらいになると周囲が恋バナをし始め、そこで自分の螺緒への気持ちは恋なのではないかと考え始めた。
螺緒は妹みたいとなおのことを撫でてくれたから家族としてじゃなきゃいけないんだ、今の関係を壊しちゃダメなんだ、と自分に暗示をかけた。だが、本当に、家族としての愛と恋愛感情の違いがわからず、だが、誰かと話しているだけで、それが同性であろうと嫉妬してしまう自分がいるので、どちらにしても独占欲が強いのだとは嫌でも気付かされた。
それから色々あったが、無事に高校に進学した。
今思うと、なおは時々 私になることがあった。というのも、時々神界に帰っていたのだ。その時は気づいたら神界にいて神としての記憶が戻り、少し仕事をした。だが、地上に戻ったらその記憶は消えてしまう。また神界に行くと、神界での記憶が戻ってくる。
そんなこともあったが、まだもう少し、螺緒との地上での時間を過ごせると思ったときに、
螺緒は玉樹くんに殺された。
蹴られている時から家の窓から見ていたから助けたかったものの、家政婦さんに全力で止められた。
これも今思うとだが、家政婦さんは神界のキャロから生まれたものだった。そして、なおが 私になりかけているから止めたのだと今はわかる。
なおは神階が低いため経験値・知識を上げる目的で地上にいる。神階が低く、神として未だ安定していない状態だと、神力が暴走しやすいのだ。
神は——もしかしたら私だけかもしれないが、——二重人格だ。正の感情と負の感情で人格が異なるのだ。
普段は 理性を保てる。神界と地上の両方の知識と経験の記憶がある今では、場によって一人称を使い分けることも可能だ。
しかし、負の感情で一杯になった時、今のなおでは理性を保つことができないだろう。きっと暴走してしまう。だからこそ、家政婦さんはそれを分かった上で止めてくれたのだと思う。
だが、
螺緒が死んでしまったのならば話は別だ。
そこからは記憶がない。 私が表に出てきたのだろう。だが、所詮私はなおだ。 予想はできる。
おそらく、 私の知識が戻ったために、空間が空間であることを思い出したのだろう。見えている空間、空気の部分は、引き裂くとその奥にさらに真っ白な空間が生まれるのだ。そこを調節して、檻を作った。神界ではきっとできないだろう。だが、この地上と緩和しているその空間では地上のものの建設がしやすかったのだと思う。そして、気がつくと、玉樹くんが、いや玉樹が、あいつが、檻の中にいた。
こんなときにまで襲ってこようとするあいつに私は心底腹が立った。顔が歪みそうだった。だが、それを隠してなおのフリをする。引っかかったときにはもう遅い。少し残っていたなおがあいつのために動こうとしたが、そんなことは許さなかったし、そもそもなおの守ろうとした行動さえもあいつは無碍にした。助かる価値がないのだ。
気がつくと私はあいつに刃を立てていた。
そして、再び気がつくと、なおは自室にいて、そばにはぱぱとままがいた。どうしたのだろうか、と思ったが、ぱぱはなおを持ち上げると、神界へと飛んだ。
そして私として行った全てを思い出した。
人殺し、という行為に狂いそうになるなおにぱぱは優しかった。いや、残酷であった。
『お父さんたちは、神なんだ。神は具体的な細かいことはできないが、ただ、神階を上げると生死をも操れるようになる。そのときに気づくさ。人間1人の命の軽さに。
ほら見てごらん下を。こんだけ多くの人がいるだろう?神は、少数派の意見に耳を傾ける必要もあるが、それも公共の福祉の範囲内で、の話だ。
さて、じゃあ調べようか、今の螺緒と玉樹の周辺の社会を』
『玉樹は今ナオの作った檻の中にいるが、螺緒が死んだことによる騒動に紛れて、玉樹のことを探しているのは数人、、あ、違うね。券鵞くんたちが警察に通報したから警察官も探しているよ。さて、良心で探しているのは、数人だね。螺緒のことを問題にしている人は多そうだね。
別に今のナオに命を軽視して欲しいわけじゃないんだ。だが、これで分かっただろう?そこまで気に病む必要はない。これが練習だと思って、次に活かせばいいんだ。仕方ないさ。
だが、玉樹は行方不明だとおかしいし、近くに住んでいたお父さんも疑われてしまう可能性もある。だから、色々と情報統制をした上で病院に連れて行くよ。その後に関しては、ナオがどうしたいかに任せる。でもそれは瞬間の欲望に任せず、後のことを考えて後悔しないようにできなきゃいけないよ?まあ、練習だと思ってさ。』
そう言って、なおの頭を撫でた。
なおはいつもと違うぱぱの顔に少しだけ恐怖を覚えた。今まで一緒に過ごして笑い合ってきた地上の人たちとは違うんだ分かり合えないんだ、そう言われた気がして、とてつもない虚無感に襲われた。
ただ、神だから、という現実逃避を、今だけは使ってもいいかな、と少しだけ軽くはなった。殺人未遂という事実が軽くなっていい訳はないが、今だけは現実逃避をしても良いと自分に甘くしたいのだ…。
そんな中で、金輪際玉樹くんのことは無視をしよう、と自分に言い聞かせた。
が、それは無理だった。
少し経った後——地上に降りてから、10年経ったと気がついた。神界にいると時間間隔がずれてそこまで長くないと感じてしまう。容姿もそれに相応して変わらない——、玉樹くんが目覚めたと聞いたなおは、少しだけ気になって、看護師のフリをして病院を訪ねた。
何もしないと決めたはずなのに…
なおは気づけば再び…。
神界に戻り、自分のやったことを思い出して泣いていると、ぱぱがきた。
『泣く必要はない。
前にも言った通り、仕方ないことなんだ。
そして、ナオがそれほど螺緒を大切に思っていたということなんだ。その気持ちは、捨ててはいけないよ?大切なひとを大切にするためにも頑張るんだ。螺緒は、ナオが平然と人殺しをしていたら喜ぶかい?いや、悲しむだろうね。
だからこそ、この失敗を生かすんだ。
そして、いつかはこうやって学ばなければいけなかった中で、玉樹は相当ひどいことをしたのだから、練習台になるためにはちょうど良かったんだ。』
そう優しい言葉をかけられても泣いているなおにぱぱは
『ナオが螺緒のことが好きらしいから、お父さん、頑張っちゃおうかな?』
と言ってくれた。
やはり、少しだけ気分が良くなった。
つくづく、自分の都合の良い言葉は自分にとって気持ちが良いものだ、と思い、それに対しても怖くなる。
自分のやってしまったことをあまりにも軽視しすぎていて、あまりにも人間離れしたようなのだ。螺緒と一緒にいた時は人間に不自然なく溶け込めていたのに。
そして、ぱぱの最後の言葉は気になった。
やはりぱぱくらいになると、なおが望む何かができるのだろうか。再び螺緒に会えるのだろうか。
『…え?ぱぱなんかしてくれるの…?』
『ああ。
死んだら魂は天国か地獄に行くはずなのだが、幸い、螺緒は未練があるようで彷徨っていてな。だから、俺が行き先を決められるんだ。ただ、螺緒には多くの弊害があると思うけどな。でも、彼なら乗り越えられる、いや乗り越える義務があるんだ。ナオに好かれているんだからな』
少し笑いながら言ってくれるぱぱが、今度は頼もしく見えた。
なおは最近、感情がコロコロと変わるなぁと不安にもなった。
『ってことは、神界に?!同じ神になれるの…?!』
『そこは彼の努力次第だがな。なるための条件は揃えてやる。』
『ぱぱありがとう…!大好き!』
『!!俺も大好きだー!!!ナオーーーーーー!』
泣きながら抱きついてくるぱぱに、なおもたくさん頬擦りした。
そして今、螺緒は旅立った。
というか、旅立たされた。
また会えるのか不安だから、なおも一緒に追いかけたいけど、今までの仕事と、なおも修行がある。
だから、いつも以上にやる気を出して頑張って、早くやることを終わらせて、螺緒のところに行くつもりだ。
螺緒は、少し鈍感なところもあって陰で好かれるタイプだから、なお以外の人が寄ってくるかもしれないし…。
だけど、絶対に螺緒なら成し遂げられると信じている。
螺緒の安心は確信した上で他のことを心配している自分の螺緒への信頼に、我ながら嬉しくなってクスリと笑った。
読んでくださりありがとうございます。
誤字脱字、適切でない言葉、などがありましたら、教えてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします。




