第九話:爺さんと価格交渉
あ、結局払ってねえ(笑)
明日辺りにはこの街を離れるのかと思っておったんじゃがフィリップ殿に用事が出来たらしくもう二三日は滞在するらしい。
ワシだけ先に王都に行っても構わんじゃったろうがそう急ぐ旅でもなし、何よりエミリー嬢と離れるのが少々惜しくてのう。
せっかく街におるんじゃからもう少し見て回ろうかと宿屋を出て市場へ。また騒ぎが起きとるようじゃ。見ると裕福そうな商人がやせ細った子どもを捕まえておる。
「何があったんですかな?」
状況を把握するために周りの野次馬に聞いてみる。
「あの子がなあ、あの売店の薬を盗んだんだよ」
なるほどなあ。薬という事はお腹が空いたとかではなくて転売目的か或いは病気の身内が居るとかじゃろう。
「お願いします! お金は何年かかっても払います! だから、その薬を! さもないとお母さんが!」
「貴様のような浮浪者のガキが信用出来るか! この薬は金貨十枚するんだぞ!」
随分と高価な薬の様じゃな。まあ日本のように保険が効く訳では無いからのう。
「あ、お二人とも、よろしいかな?」
「なんだ、あんたは?」
「通りすがりの単なるジジイじゃよ。どうかの、その薬をワシに売ってくれんか?」
「ほほう? この薬を買う、と?」
「見たところその薬がこの騒動の原因となっとる様じゃてな。このままでは市場の皆さんも居心地が悪かろう」
ワシはニコニコしながら商人に持ち掛けた。義を見てせざるはゆきさおり……勇無きなりじゃったかの? 子どもには特に甘うてもええと思うんじゃよ。
「そうか……金貨十五枚だな」
「なっ!?」
「先程は金貨十枚と言っておらなんだか?」
どうやら値を吊り上げて来たようだ。まあ他の薬では無くてこの薬でないと意味が無かろうからの。しかしいい性根をしておるな。
「ほほう? 大して効果のない気休めの水を金貨十枚と言っておきながら十五枚にあげると?」
「えっ!?」
「い、いいがかりを!」
「ワシは鑑定眼を持っておっての。失敗作のポーションの様じゃな。入れ物だけは立派じゃが金貨一枚もせん。さて、それを金貨十枚で買おうと言うんじゃが?」
「貴様がデタラメを言っていない証拠などどこにも……」
「ふう、やれやれ。なんと言えば信じて貰えますかの、グラウクス殿?」
「どうして……その名前を……」
どうやら見えた名前を言ったのが驚いたらしい。男はポーションの瓶をこっちに投げつけて一目散に逃げて行った。ポーションの瓶は忘れずキャッチしたぞい。
「どれ、ボウズ、これが欲しかったんじゃろう?」
「な、なあ、そのポーション本当に効果が薄いのか?」
「粗悪品じゃな。ガワは立派じゃがのう」
「そんな……」
ガックリと項垂れるボウズ。これはこのままにしとったら後味悪いのう。何が出来んか話だけでも聞いてみるかの。
「そうさな、何とかなるかもしれんぞ。母親の所へ連れて行って貰えんか?」
「ホント!?」
「ならんかもしれんがぼーっと悲嘆にくれておるよりはマシじゃろうて」
「……そうだね。ボクはソラ。よろしくおじいさん」
「ワシはゲンじゃ。さて、じゃあ道道話してもらおうかの」
ソラの家に行く道筋で話を聞いた。両親と共に暮らしていたが父親が居なくなり、母親がソラを育てながら働いていた。でも母親が突然動けなくなり、自分が何とかしなければと市場に来たらポーションが売っていて……ということらしい。
「ポーションってこっちまで回ってこないんだよ。だから市場で見つけた時に思わず」
そう簡単に手に入る訳がないポーション。これはなあ、縋りたくもなるじゃろうよ。その前に母親の具合を診ねばならんな。
話していて辿り着いたのはあばら家。そこに横になっている女性が居た。うむ、確かにまだ三十程度じゃろう。
「お母さんただいま!」
「ソラ、その人は?」
「お母さんを診てもらうようにお願いした人だよ」
「ゲンと申します。少々ソラ君と縁がありましてな」
まあもしかしたら一刻を争う病かと思ったがそうでも無い。感染病などでも無いかもしれない。鑑定で見るか……なるほど。バストはなかなかのサイズ……違うの、そこでは無い。……なるほどのう。
「どうだったんだよ、じいちゃん?」
「よおく分かった。これはポーションなどを使う類のものでないかものう」
「え? やっぱりポーションじゃ治らないの?」
「治らんとは言うておらんよ。ほれ、ちょっとメシにするかの?」
メシ、という言葉を聞いて顔を暗くさせる。
「じいちゃん、実は食うものが無くて、その……」
「心配せんでもええ。ワシが作ってやるから母親と一緒に食べなさい」
この病気は食事に原因がある。という事は同じ様な食事をしていたのならソラも同じ病にかかる可能性がある。ならば予防医学である。さっき作った野菜のうどんもキャロットケーキもまだ残っとるからのう。