第八話:爺さんとうどん
うどんの国の人では無いのでこだわりとかはありません。
せっかくなので今日の夕飯は任せて欲しいと宿の人に申し出る。宿の人は渋い顔をしていたが、子爵であるフィリップ殿が時間をずらすことで許可をしてもらった。早い時間じゃと仕込みとか間に合うか分からんがまあ仕方あるまい。
いきなりカレーなどを作ってしもうても良いのじゃが、生憎と手元にはカレールーの中辛しかないからエミリー嬢には辛かろう。ならば、という事で作ったことのあるうどんを作ろう。会社を定年退職した後にやる事を求めて色々やってみた事の一つじゃが、後片付けなどが面倒な上に一人分を作るのが手間でやめてしもうたんじゃよなあ。
ほうれん草やピーマンの様な野菜が売っておったのですり鉢ですりおろして……意外と疲れるんじゃのう。ミキサーみたいに何とか……こういう時は風の刃か何かで……出たのう。よし、じゃあぐるぐる刻むぞい。
よし、麺に練り込むか。それをビニール袋に入れて踏むんじゃが……そういえばビニール袋が無いのう……む、異空間収納に透明なゴミ袋があったわい。まあ使っとらんから問題なかろう。
ひたすら踏む、踏む、フムフム! ワシみたいな年寄りの体重でもちゃんと踏めるもんじゃ。これでも若い頃はがっしりしとったんじゃよ。入院してからはメシが不味うて痩せてしもうたがな。
具はなんにしようかの。月見辺りが好きなんじゃが、この辺りでは玉子を生で食べるという習慣はないらしい。まあ、日本のあれは高度な殺菌技術あってのものじゃからなあ。となれば肉かのう。確かウサギ肉の余りがあったような。
主食はこれでいいとして、次はデザートのキャロットケーキじゃな。ケーキの型は持っとらんなあ。ならば作るしかあるまい。土魔法で何とか……ふむ、成形が難しいが何とかなったの。少しの誤差は愛嬌じゃろ。
生地にすりおろした人参を入れる。すりおろすのはすり金が異空間収納に入っとった。大根おろし専用じゃったんじゃがまあ無いよりはよかろう。その気になれば作れん事もないしの。
練って焼いてしとると香ばしい匂いが。そういえば砂糖も貴重品らしいが、ワシの異空間収納に塩も砂糖もなんなら醤油や胡椒まであるから問題無いわい。しかも自動補充されとるらしい。なんとまあ便利な。
ちなみに料理をする訳では無いから酢や味噌はない。その代わりご飯にかけて食っとった焼肉のタレと野菜につけて食っとったマヨネーズはある。マヨラーでは無いからそこまで色々なもんには掛けとらんぞ?
「さて、出来たの」
「おじーちゃん、これなあに? どーやってたべるの?」
「これはの、うどんというのじゃ。箸……はないからフォークで絡めて食べるが良い」
くるくると麺を巻いてエミリーが麺を口に運ぶ。
「なにこれ、おいしー!」
「どうやら受け入れられた様じゃな。ほれ、お前さん方もどうじゃ?」
フィリップにギャリソン、そしてメリッサ嬢、後は宿の旦那さんとおかみさんにも食べてもらう。まかない飯の代わりだ。
「熱くてそれでいてツルッと入ってくる。とても美味いし歯応えもいい」
「なんというか……食べ応えがありますなあ」
「こ、これは評判になるかもしれん。後で教えてもらえんだろうか?」
「ええじゃろ。まあ麺さえあればそこまで手間な作りでも無いからのう」
そうこうしてるとエミリー嬢が満足した顔で器を置いた。そして、にっこりと笑ってキラキラした目を向ける。
「おじーちゃん、ごはんたべたからはみがきしよう?」
「まあまあまだ食べるもんはあるぞい」
エミリー嬢の前にキャロットケーキを出してやる。エミリー嬢は一層目をキラキラさせた。五割増くらいじゃろうか。
「いただきます! あまーい!」
飛びつくようにケーキを頬張る。夢中になってオカワリを所望してきた。まああと一個くらいなら構わんじゃろう。
「ゲン殿は料理が達者なのだな」
「いや、これはの、エミリー嬢が野菜嫌いと言うたのでな」
「? それはどういう……」
「エミリー嬢、美味かったかの?」
「うん、うどん?もケーキも美味しかったよ!」
「実はの、どっちにも野菜がたっぷり入っとったんじゃよ」
その言葉にみんなびっくりしていた。まあ形の見える野菜はひとつも無いものなあ。
「うどんにはピーマンなどの青物野菜、ケーキには人参という野菜が入っとる」
と言いつつ使った野菜を出す。この世界のものじゃからなあ。元の世界のものを出したかったんじゃが生憎と日常的に買っとらんかったからか異空間収納には納まっておらんかったわ。
「やさい、あったの? でもおいしかったよ!」
エミリー嬢がにっこりと笑ってくれたのでこれで良かったんじゃなと思った。メリッサ嬢もにこにこしながらオカワリをしようとしとる。
それから宿の旦那さんに作り方を教えて対価にと宿代をタダにしてもらった。いや、フィリップ殿の好意で泊めてもらったから宿代タダでもまああまり関係ないのじゃが。