第七話:爺さんと歯磨き体操
にこにこ〇んで覚えました。
その昔、朝の子供の教育番組で歯磨きをテーマにした歌があったのう。「仕上げはお母さん」とかそんな感じのやつじゃ。ここでは口の中をゆすぐだけの様で歯磨きの習慣はなかったようじゃ。
ワシは異空間収納から歯ブラシを取り出した。ワシが使っとったんじゃない。モノは同じじゃがパッケージに入っとるから新品じゃな。
「おじーちゃん、なあに、それ?」
宿にみんなで戻ってきて、ついでにメリッサ嬢もついて来おった。歯磨きと飴玉が気になるとのこと。
「これはな、歯ブラシというてな、歯磨きに使うんじゃ」
「へー。あめちょーだい!」
多分そこまで興味が無いのじゃろう。飴玉をくれてやった。
「あまーい!」
「エミリー、それはそんなに甘いのか?」
「うん、とーっても!」
メリッサは物欲しそうにこちらを見ている。やれやれ、仕方ない。年齢的にはそう変わらんじゃろうからな。
「メリッサ嬢も食べるかね?」
「よ、よろしいのですか? 貴重なものでは?」
「なあに、一個分けるのも二個分けるのも同じ事じゃよ」
孫がおったらこのぐらいの年代でもおかしゅうは無いからのう。
メリッサは包装紙を解くと中に入っていた飴玉を口に放り込んだ。みるみる顔が緩んでいく。
「な、なんだこれはぁ〜」
目が陶然としている。甘味に飢えていたのかもしれぬ。そしてガリガリっと噛み砕いてしまった。
「もう、無いのか?」
「飴玉は噛み砕くものでは無いのう。舐めて溶けるのを楽しむものですじゃ」
「ガマンガマン……」
「おいしいでしょ!」
エミリーが誇らしげに言う。なぜなのかは分からないが得意そうだ。
さて、実はメリッサ嬢はこの街の領主の娘で、エミリーは良く面倒を見てもらっていたのだと。これも貴族同士の繋がりらしい。
「さて、飴玉も食べ終わったことじゃしな。歯磨きといこうか」
「わーい!」
喜んでるのはなぜだか分からんが楽しいかどうかは知らんぞ?
まずは歯磨き粉を……むむう、ワシのは子どもには辛いからのう。子供用に甘い歯磨き粉なんかあれば良かったんじゃが。まあそれは食べてしまうかもしれんのう。
「まずは歯ブラシをこう持ってじゃな」
「こう?」
「こうですか?」
メリッサ嬢も歯磨きには興味津々じゃからのう。まあええ、まだ歯ブラシはあるんじゃ。というか出した端から補充されとる様な気もするわい。
実際にワシが実演してみせると、エミリーは目をキラキラさせながら自分もやってみせた。ほほう、初めはもたつくがなかなかスジがええのう。いや、歯磨きでスジも何もあったもんじゃないと思うが。
そろそろじゃな。仕上げはお母さんならぬ仕上げはおじいさんじゃ。エミリーから歯ブラシを受け取って丁寧に磨いてやる。あまり強くやると歯茎を傷めるからのう。優しく優しく。最後に口の中をすすいで終わりじゃ。どうじゃな?
「うわあ、くちのなかがスッキリしてる!」
びっくりした感じで興奮しているエミリー。まあ今までが今までじゃったらそうなるじゃろ。ん? なんでメリッサ嬢はワシに歯ブラシを?
「その……上手く出来ているかチェックを」
やれやれまあ初めてじゃからな。歯医者ではないのじゃがなあ。ほれ、しゃこしゃこしゃこ。いや、いちいち悶えるのはやめてくれんか? ほれ、口の中をすすげ。
「おお! 確かにこれはスッキリするな!」
どうやら評判は良かったようじゃ。メリッサ嬢は歯ブラシをもう二三本欲しいというので出してやった。まあそんな減るもんでも無さそうじゃしな。こういうので財を成したりするのがいわゆる異世界もののセオリーとかいうやつじゃろうが。まあ歯ブラシじゃしなあ。
後にメリッサ嬢がこの習慣を広めて、この街の健康にひと役を買うことになろうとはその時のワシは思ってもおらんかったよ。
「それでおじーちゃんなにかったの?」
「そうさのう。色んな野菜と鍋じゃな」
「えー、わたしやさいきらい」
いや、別に野菜を提供するとは言っとらんが。でもまあ一緒に旅しとったら振る舞う可能性もあるのう。ここは子どもでも美味しく野菜を食べられる様にしたいものじゃ。とはいえ向こうにおった頃は外食が主で料理など……ん?
突然頭の中にキャロットケーキの作り方が浮かんだぞ? しかもなんか作れそうじゃな。人参が何やらよく分からない名前の野菜?になっとんじゃが、これは市場で見かけて買った中にあるわい。
「好き嫌いはようないの。それなら野菜を食べられる様に面白いものを作ってやろう」
ならば晩飯のお供に一つ作ってみるかの。しかし、向こうでは料理なんぞ殆どしとらんかったのに……いや、それでも母親が存命の頃は時々、週に一度くらいでやっとったなあ。独り身になると料理をするのが、というか一人分だけ作るのが面倒で外食で過ごして来たからのう。