第六十話:爺さんと別れの旅立ち
駆け足でしたがこれにて終了。ありがとうございました!
それからトントン拍子にラフェル王子とエミリー嬢の婚約とルドミラール子爵家の伯爵への陞爵が決まった。陞爵については前々から決まっててタイミングを見てということだったんじゃが、婚約のタイミングがええじゃろうっちゅう事になった。
「トントン拍子に話が進んだのう」
「ええ。これでエミリーも幸せになればと」
そうじゃのう。五歳から見てきたからか何となく感慨深いわい。
「じゃったらそろそろ潮時かのう」
「潮時と言いますと?」
「決まっとるじゃろう。ここを離れるんじゃよ。まあ旅に出るんじゃな」
「ええええええええええええ!?」
ワシが旅に出ると知ってフィリップ殿はものすごく驚いとった。
「え? いや、だって、このままこのルドミラール領に居られるとばかり……」
「せっかくじゃから他の国々も見てみたくてのう。本来ならもっと早う旅立つつもりじゃったんじゃが……エミリー嬢に絆されてなあ」
ワシとしても異世界に来たんじゃから異世界を余すところなく体験したいと思っておったし、エミリー嬢が嫁に行くなら区切りにもなるじゃろう。
「しかし……」
「エミリー嬢に知られたら大騒ぎになるでな。明日早朝にこっそり去らせてもらう。世話になりましたなあ」
「ゲン殿……」
長い人生、出会いもあれば別れもある。ワシがおらんでもこの国もルドミラール領もやっていけるまでにはなったからのう。最後の風呂を堪能して……旅に出たら次はいつ入浴出来るか分からんからのう。風呂場にシャンプー、リンスと石鹸は多めに置いておくか。
翌朝。寒々しい空の下、ワシは旅立った。この門をくぐったらみんなとはお別れじゃ。元気でなあ。
「ゲンおじーちゃん!」
門を出たところで不意打ちのように抱き着かれた。エミリー嬢じゃ。目に涙を溜めておる。
「なんでなんで、出ていっちゃうんですか! ずっとそばに居てくれるって思ったのに!」
「まあまあ、エミリー嬢。お主は王子の婚約者としてこれからいくらでも学ばねばならん事があるじゃろうに」
「ゲンおじーちゃんと離れるなら王妃なんて、婚約者なんてやめる!」
そう言って泣きじゃくりながらしがみついて来るエミリー嬢。やれやれ、仕方ない子じゃのう。
「泣きやみなさい、エミリー」
そういうとワシは口の中に飴玉を放り込んだ。
「聞きなさい。ワシは見ての通り年寄りじゃ。いつ死んでもおかしゅうはない。女神様の加護で何とかなっとるのかもしれんし、そうでないかもしれん。エミリー、別れはいつか来るもんなんじゃ。じゃからの、このジジイがくたばる前に旅立ってどこかで生きとるとでも思ってくれたら少しは寂しくなかろう?」
「ゲンおじーちゃん……ううっ、寂しいけど頑張る。王妃になったら帰ってきてくれますか?」
「そうじゃなあ。その時はエミリーの晴れ姿を見に帰ってくるかもしれんなあ」
そう言ってワシはエミリーの頭を撫でた。撫でられるままに幸せそうな顔をしてエミリーとは別れた。
次に待っとったのはなんと王子。
「ゲンさん、寂しくなりますね」
「エミリーに婚約破棄などされんようにしっかり捕まえておくんじゃぞ。国政と金以外は多少ワガママを認めてやれ」
「男友達とか作られたらと思うと」
「友情はええが不貞はいかん。まあエミリー嬢には不貞するような輩がジジイは一番嫌いじゃよって言うといたから大丈夫じゃろうて」
「何から何まで……またお会いさせてください」
「お主が国王になる頃には一旦帰ってくるかもしれんぞ」
そんな感じで次々と、フィリップ殿、シャーロットさん、クラリッサさん、ギャリソンさんと早朝にも関わらず詰め掛けて来た人たちに一人一人挨拶をされた。これでは早朝に出ようとした意味が無いわい。
そしてワシは旅立った。が、まあ歩くのがかなり疲れるからのう。シニアカーを出して進んだわい。道は悪いがさすがに楽じゃからのう。バッテリーは切れたら新しいの出しゃええし。香車と桂馬? ありゃあ余程の急ぎの時じゃな。
そんなこんなでワシはしばらく色んな国を回った。東の方で米が作られるとると聞いた時には興味津々じゃったわい。水田じゃなくて陸稲じゃったんじゃがな。
そうこうしとると、王国にて新たな王が即位するというニュースを聞いた。どうやらラフェル王子が王となる様じゃな。しかし、ここまでニュースが来るのにだいぶ経っとる様じゃしなあ。今更帰っても仕方あるまい。
「あれ? ゲンさん!?」
「お? おお? お主、ハンスではないか!」
「お久しぶりです。こんなとこに来てたんですね」
「お主こそ、なぜこんな所へ?」
「米を仕入れられないかと」
なるほどなあ。
「それよりもラフェルとエミリーが国王と王妃じゃな」
「ですが、お二人は即位式を延期してるんですよ。一番に祝って欲しい人が居ないからって。どうします?」
「……仕方ない。一旦帰ってやるかのう。ハンスも送ってやろう」
「本当ですか? ありがたいなあ。あ、私の馬車異空間収納とやらに入れてくださいね」
「ちゃっかりしとるのう」
やれやれ、仕方の無い子たちじゃのう。でもまあ、家族というのはそんなものかもしれん。ワシは香車と桂馬を合わせた馬車を出して王国へと帰途に着いたのじゃった。




