第六話:爺さんと袖の下(失敗)
恋愛話には発展しないよ!
「まあまあお兄さん方、ここはこの年寄りに免じて見逃してくだされ。お金でしたらこら、この通り」
所持金から銀貨を数枚取り出して握らせる。買い物してわかった感覚じゃと銀貨一枚で千円くらいじゃろう。それで争いが避けられるなら安いもんじゃ。
「はぁ? こんな端金でどうしろってんだ? 有り金全部置いていけよ!」
「それが調子に乗って買い物しとったらなくなってしもうて。これが最後の銀貨なんですじゃ」
「……ちっ、ならいいぜ。寄越せ。爺さんは許してやる」
やれやれ。ん? 爺さん「は」?
「そっちの女、テメェは別だ。女に生まれたことを後悔する様な目に合わせてやるぜ!」
「下衆が!」
どうやら赤い娘は退く気が無いらしい。というかチンピラたちの方が逃がす気が無いようじゃ。このまま帰ってもええがなんかあったら後味悪いのう。
「やれやれ。お嬢さん、こんなに簡単に首つっこんどったら命がいくつあっても足りんぞ?」
「ご老体はお逃げ下さい。こやつらを放って置いては他の市民への害になります!」
「仕方ないのう。それならそこのチンピラども。どうしてもこのお嬢さんを痛めつけると言うならワシが相手になるわい」
ワシの言葉にチンピラたちは一瞬キョトンとしてその後爆笑しだした。
「じいさんが? オレたちを相手する? オイオイ、年寄りはネコでも抱いて日向ぼっこしてるのがお似合いだぜ」
なんと、ネコが居るのか、この世界にも。確かに縁側でネコを膝に載せてお茶と羊羹をいただくのは格別じゃからのう。そのネコが美人のお姉ちゃんになるとかいう展開もあるのかもしれん。何しろ異世界じゃからなあ。
「ならお望み通りテメェから片付けてやるぜ!」
チンピラたちがヒャッハーしながら襲いかかってくる。
「バリア」
「ぶべっ!?」
その全てがバリアに阻まれた。何度も何度もチンピラたちは拳を振り上げて振り下ろすが、バリアはびくともしない。
「ハァハァ、どうなってんだ?」
「テメェ、何をやりやがった!」
「ワシは特になーんもしとらんよ。まあしばらくそこで反省するんじゃな」
ワシはチンピラたちの後ろにもバリアを展開した。なるほど。こういう風にも使えるんじゃな。チンピラたちは前にも後ろにも移動出来ずに戸惑っていた。
そこに騒ぎを聞き付けたのか警備兵らしき人が集まってきた。
「何の騒ぎだ?」
「いやあ、この者たちに絡まれましてな」
「なんだと! 嘘を吐いても為にならんぞ?」
なんでこやつは端からワシを疑っとんじゃ? やはりワシがジジイなのが悪いのかのう。これがべっぴんさんなら。そうじゃ、先程の娘が……
「その方の仰ってる事は本当だ」
「なんだと? ゲ、ゲオルギオーネ隊長!?」
「決め付けで一方を悪と決めつけるにはなにか理由があるのか?」
「あ、いえ、その……」
「おい、こいつも取り調べる。連れて行け!」
ゲオルギオーネ隊長? なるほど、警備兵の隊長であったのか。そして彼女はワシに向き直って言った。
「自己紹介が遅くなりました。メリッサ・ゲオルギオーネと申します。この街で巡回騎士団の隊長を勤めておりめす。先程はお見事でした」
「どうやら余計な事をしてしまったようですな。見せ場を奪ってしもうたか」
「いえ、おかげで騎士団の中の汚職にも手がつけられそうです。改めてお礼に参ります」
「ええんじゃよ。ワシは旅の途中故、明日辺りにはこの街を離れるからのう」
こういうのは後々面倒になるからの。それに子爵殿達にも迷惑を掛けてしまうかもしれん。
「そうですか。その旅が平安であらんことを」
「どうもの」
そして離れようとした時じゃった。
「おじーちゃん、やっとみつけた!」
なんとエミリーがワシを追ってきた様じゃ。まあギャリソン執事も控えとるから大事にはならんじゃろうが。
「むっ? エミリーではないか」
「え? あー、メリッサおねえちゃん!」
どうやらお二人はお知り合いらしい。なんとまあ偶然もあるものだ。
「おじーちゃん、あめちょーだい」
「あんまり食べると虫歯になるぞい」
「むしばってなあに?」
なんと虫歯を知らんのか。これはきちんと歯磨き指導せねばな。
「虫歯というのはな、甘いものを食べて歯磨きしないと口の中が痛くなることじゃよ」
「はみがき? なにそれ?」
どうやら歯磨きという概念すらないみたいじゃな。
「歯磨きというのはじゃな……むむっ、歯ブラシはあるみたいじゃな」
ワシが愛用しとった歯ブラシを取り出す。入れ歯だから歯磨きしなくていいんじゃないのかって? これはもうワシの習慣じゃよ。磨いとっても入れ歯にはなるんじゃがな。虫歯にはならんかったが歯は抜けるんじゃよ。
「こうして口の中をゴシゴシ擦るんじゃ」
「おもしろそう! やってみたい!」
エミリーは好奇心の塊じゃなあ。