第五十七話:爺さんと成長するエミリー
頑張れラフェル!
念仏三昧の毎日の合間にエミリー嬢の世話役みたいな感じでおったら王宮からちょくちょく呼び出された。
いや、ええんじゃよ? 今おるのは王都じゃしなあ。それに迎えの馬車も寄越してくれとるからのう。ただ、まあ、呼び出し理由が「カレーが食べたい」とかそういうんでなけりゃあのう。作り方自体は教えとるし、ルーも渡しとるからと思ったらもうルーが無くなっとった。いや、どんだけ食べるんじゃ?
「のう、ゲン殿、いい加減にこの国の顧問として……」
「たまに相談に乗るくらいなら構わんがそういう大層なのは性にあわんのじゃよ」
「またダメか……」
行く度にこの会話を幾度交わしたことか。カレーは口実で相談というか顧問就任が目的らしい。ワシみたいなジジイを据えても何の得もないと思うがなあ。
「それで実は南方の領地で飢饉が起こっとってな」
「それは大変じゃのう。蓄えはあるのか?」
「ゲン殿に言われた通り、小麦を備蓄してはいるんだが思ったよりも被害が大きくてなあ」
「仕方ないのう……」
言いながら異空間収納からさつまいもを次々と取り出していく。いや、つかれるんじゃよ、これ?
「備蓄には向かんが食うにはそこまで困らんじゃろ。さつまいもなら葉っぱや茎まで食えるからのう」
「ありがたい……これで急場を凌げる」
「いくつか種芋として栽培しとくとええぞ。余ったら甘味なり酒にするなり好きにすればええ」
「酒に? これが、酒になるのか?」
「まあ作り方は知らんぞ?」
麹が必要にはなるがの。ワシの持っとるもの以外で米が見当たらんかったから米をどうするかによるじゃろうなあ。可能性としては麦麹の方が可能性が高いかもしれん。いずれにせよ、穀物をカビさせんといかんからなあ。食糧難の今やることではないな。
「エミリー嬢はラフェルの事をなんか言っているか?」
「ふむ、学校では楽しく話しとると言うておったがな」
「そうか……この間話をしていても直ぐにゲン殿の話になるとラフェルが嘆いておったでな」
なんとまあ。ワシの話をしとるということは知らんかったわい。まだまだジジイ離れが出来とらんようじゃ。ワシはラフェル王子に恨まれとらんじゃろうか。
「まあ当のラフェルもゲン殿の話をしたがったり聞きたがったりしとったそうじゃから自業自得と言えん事もないがの」
ラフェル王子にも好かれとるようで良かったわい。そんなこんなで城から返してもらうとちょうどエミリー嬢が帰って来たところじゃった。
「ゲンおじーちゃん、ただいま!」
「おかえり。飛びついてくるでない。腰に悪いわい」
「あら、おじーちゃんは腰どころかどこも悪くならないんでしょ?」
ワシの無病息災がバレてからは遠慮なしに飛びついてくる。ワシはエミリー嬢の頭を撫でながら飴を口に放り込んでやる。
「全くいつまで経ってもエミリー嬢は飴好きじゃなあ」
「もう、嬢とか他人行儀な呼び方じゃなくて、ちゃんとか呼び捨てとかで呼んでよ!」
「立派なレディになるんじゃろうに」
「まだ十歳だもん」
初めて会った頃から成長したからそういえばと思った。まだ十歳じゃったの。小学校高学年くらいとなれば仕方ないのかもしれん。同い年の子に比べたら大きい方じゃな。横に大きくならんように運動させとったからかもしれん。おかげでなんというか剣を振り回すお転婆になってしもうとるが。
「そういえばラフェル王子とはどうなんじゃな?」
「ラフェル様? ええと、まあおじーちゃんのお話が出来る数少ない人だから話すのは楽しいよ?」
「そうかそうか。でもワシの話題以外、なんもないのか?」
「え? だって向こうは王子様だよ? 私子爵家なんだから身分が違いすぎて話が合わないよ。っていうか……たまに公爵家とか侯爵家とかそっちの方々の目線が怖いんだよね」
どうやら身分差というのは思わぬ障害になっとるらしい。ラフェル王子はエミリー嬢の気持ちを自分に向かせるとか言うておったらしいがこれはかなりな難題じゃのう。
「それに、私はおじーちゃんのお嫁さんになるんだってば!」
「それはありがとうよ。まあお嫁さんにならんでも飴はやるわい」
口の中に飴を入れてやるとまた幸せそうにしとった。さっき口に入れた分はもう食べてしまったらしい。
「宿題してきまーす」
エミリー嬢は口の中の飴をニコニコしながら舐めると部屋へと去っていった。ふう、やれやれ。
「相変わらず好かれておりますね」
「子どもには飴をやるのが一番じゃな」
「子どもでなくても飴は素晴らしいと思います」
……なるほどの。ワシは飴をいくつか出してやってクラリッサさんに渡した。去っていく姿が少しスキップしてた様に見えたのは気のせいじゃろうか?
どうやら飴は大人のコミュニケーションを助ける事も出来るようじゃて。




