第四十八話:爺さんとまるで将棋だな
チェスの駒よりは将棋だと思った次第です。
スラムにワシらが行くとゴロツキどもが直立不動で出迎えてくれた。いや、無理はせんでええぞ?
テリーたち年長組はすっかりやる気で森に行くのを楽しみにしておった。
「あー、森にはこちらのギャリソンさんが引率としてついて行くからのう。年長組のみんなに戦い方を教えてくれるでなあ」
「じーちゃんは行かねえの?」
「ワシは買い物をして料理やらなんやらやる事があるでな」
テリーがつまらなそうにしていたが、ギャリソンさんが剣を教えたらきっと喜んでやるじゃろう。
「年少組のみんなはワシとお留守番じゃ。買い物は……クラリッサさんとベッキーに頼もうかのう」
「ひぇっ!?」
「かしこまりました……なんですかベッキー、そんな素っ頓狂な声を出して」
「だども、おら……」
「方言は直しなさいと言ったでしょう、ベッキー?」
「ひぃぃ、すいませんすいません!」
……これはちと可哀想な組み合わせにしてしもうたかのう? あー、クラリッサさんや。スマンが野菜やらなんやら買ってきてくれんかの? よろしく頼むで。
「さて、じゃあ残りのみんなには今からやってもらう事があるんじゃよ」
ワシは異空間収納から掃除用具を取り出した。
「ここの廃教会の掃除じゃ。ここは女神様のありがたい場所だでな。しっかり掃除するんじゃよ」
「はーい!」
と、みんな元気よく掃除に取り掛かってくれた。
「ゲンさん、ありがとうございます」
「いきなり話し掛けてくると困るんじゃが……いや、さすがに教会がこのザマではのう。これでもワシは敬虔な仏教徒じゃったから……んん? そういえば仏教徒なのに教会でええんかのう?」
「あ、はい。この世界では仏教徒という概念でなくて教会の女神という概念ですから」
ぼーっとしとったら女神……というかこの世界担当の仏に話し掛けられた。なんでも教会内は御仏の力が増幅されるらしく交信も大した力でもなく可能なんじゃとか。
「それよりもかなり困ってませんか?」
「そうなんじゃよ。隣領が攻めて来そうでなあ」
「でしたら軍隊で迎え撃てば良いのですよ」
「ちゅうてもこの子爵領に兵隊は居らんらしくてのう」
「ではこちらをお貸ししましょう」
そう言って差し出されたのは将棋盤。確かにワシは将棋を嗜んでおった。下手の横好きじゃがな。囲碁よりは将棋の方が性格的に合っとったのもあるが、囲碁じゃと白と黒しかなくて盤を見とると目がチカチカしとったからなあ。
「これは将棋盤に見えるんじゃが?」
「ええ、将棋盤ですよ。あなたの家にあったやつです」
なんと! 確かに昔母親がおった頃に将棋盤を買ったわい。それから買ったはええが相手が居らんと指せん事に気づいてその盤をほとんど使うことなく将棋道場に行ったんじゃが。足腰が衰えてからはインターネットで打っとった。いや、世の中便利になったもんじゃわい。
「こんなもんで何をしようっちゅうんじゃ?」
「まずはこの歩兵。えいっ、と盤面に置いてください」
「盤面に? えいっ!」
ワシがまっさらな盤上に歩兵の駒を置くと、逞しい男性兵士がどこからともなく現れた。
「きゃあ!」
「だ、誰だよ!」
「こ、こわくなんてないもん!」
子どもらがビクビクしとる。この兵士は……
「これが精兵遊戯盤よ。駒に対応する兵士を呼び出せるわ」
「なんともすごい……しかし、これじゃと将棋の駒の二十枚、相手方のも合わせても四十枚、つまり四十体しか呼び出せん事になるんじゃねえのんか?」
「ええ、まず、この兵士だけど歩兵はそれぞれ一騎当千。やられても駒に戻るだけ。それに将棋の駒は歩兵だけじゃないでしょう?」
「するとこの香車は……えいっ!」
ワシが香車の駒を置くと、今度は槍を持った男……ではなく、いい香りがする一台のクルマじゃった。しかも全面にはちゃんと槍が付いておる。
「とまあこの様に単なる兵士だけじゃないから安心して」
どうやら自動的に動くものらしい。駒を動かせば香車も動くそうじゃ。成香とかはどうなのかと聞いたらなった時は金将に変わるのだとか。車から飛び出るから一度やってみろと言われたわい。
その後もその他の駒の動かし方を教えて貰って終わりとなった。というか飛車とその裏の竜王とかどうなるのか恐ろしく思うんじゃが。角行の裏の竜馬は普通の馬よりもでかい馬かのう? ほれ、あの世紀末覇者の長兄が乗ったやつとか、傾奇者の戦国武将が乗ったやつとか。実際には戦場で使うてみんと分からんのう。
「それじゃあ頑張ってね。あ、王将は使ってみても何にも起こらないから」
とそれを最後にプツンと切れた。いやまあ王将が出てきてワシの代わりに戦ってくれるならええんじゃろうが、さすがにそういう事もなさそうじゃしなあ。
などと言っておったら森から狩猟班が帰って来おった。随分と早かったようじゃが……イノシシが獲れたみたいじゃな。エミリー嬢も楽しみにしとったし豚汁でも作るかの。




