第四十話:爺さんとハゼ
昔はハゼ釣りよくやりました。
ちゅうわけで試しに練り餌をつけて糸を垂らして……おっ、もう当たりが出たの。大きさもそこそこのハゼっぽい魚じゃ。鑑定鑑定……ハゼ。そのまんまかい。
「これこの通り」
「! なるほど。それじゃあワシらも少し行ってくるで貸してもらえるか?」
「貸すもなんも。くれてやるから持っていくんじゃ」
「ありがとうございます!」
見るまに人が走り、船が出港して行った。釣り竿も色々釣りをしながら取り出してのう。異空間収納の無限取り出しに関してはもう数字をいじれんらしい。まあ今更いじられても飴が取り出せんで困るだけじゃしなあ。
そうやって釣りを楽しんでおるとエミリー嬢がこっちに走り寄って来た。
「おじーちゃん、つれますか?」
「おお、釣れるとも。ほれみろ」
ワシは釣果の挙がったバケツを見せる。余程魚が多いのか、バケツの中はいっぱいじゃ。やはり天ぷらじゃろうか。洗いとか刺身でもええんじゃが生魚を食べるのに抵抗がある人もおるかもしれん。慎重に慎重にやらんとなあ。
「ようし、エミリーちゃん。ちょっと離れておれ」
「えー、なあに?」
「よっこいしょ」
取り出したのは鍋と携帯用ガスコンロ。包丁とまな板と作業台。あとは天ぷら用の衣とサラダ油じゃなあ。こう見えても自炊もしとったし、船釣りで天ぷらもやっとったからおちゃのこさいさいじゃ。
内臓と鱗をとって、水魔法で洗って、衣をつけて油であげる。じゅうじゅうあがる音は耳にも心地よいものじゃなあ。ほれ、エミリー嬢がワクワクキラキラした目でこっちを見とる。塩振っとくか。
「さあ、エミリーちゃん。食べてみるかの?」
「うん、いただきます!」
言うが早いか口の中に天ぷらを放り込む。カレーとかの実績もあるでな。疑いもせず口に放り込みよった。
「はふい! ほいひー!」
言葉になっとらんが言いたいことは分かるわい。さて、とふと見ると周りに指をくわえとる子どもらがおる。
「お前さんらも食うかね?」
「え? あ、いや、でも、そいつ……いやその人お貴族様じゃあ」
「ええんじゃよ、ええんじゃよ。子どもが遠慮するもんでない。なんなら友だちも呼んできたらええ」
「へんりょふるではい!」
エミリー嬢や、口の中のものが無くなってから喋ろうな。クラリッサさんにお行儀悪いと怒られるぞい。
ワシらの言葉に年少の子たちが恐る恐る近付いてきて天ぷらを口にする。まあ揚げたてが一番美味いからのう。
「あつあつ、美味しい!」
「うわあ、なんだこれ、なんだこれ!」
「すげえ、美味い!」
口々に喜んどる子どもたち。やはり子どもはええのう。しかしこの調子で集まられたら直ぐに魚がなくなりそうじゃな。ワシは釣り竿を練り餌を出して年長の男の子たちに配った。
「ほれ、お前らも釣ってみい。自分で釣って食べるのはまた格別じゃぞ」
子どもらが我先にと竿を受け取ってどんどん釣っていく。ワシは女の子たちに捌き方を教えて天ぷらの準備をしておいた。男女のイメージの固定化? いや、この世界では男が外で稼いで女は家を守るのが一般的なんじゃよ。そんな思想持ってこられてもナンセンスじゃわい。
次々揚げては次々配っていく。そして男の子たちの分は別で取っておく。キッチンペーパーが大量に必要じゃったが、いくらでも出せるからのう。
「いただきます!」
各人にフォークも配ってみんなが食べ始める頃には少し祭りみたいになっとったわい。そこに船が続々と到着していく。
船から降りる人々の顔は満面の笑み。どうやら釣果は抜群じゃったようじゃな。
「魚が入れ食いでなあ。捕っても捕ってもキリがない。持ち帰れる分だけにして帰ってきたんだ」
入れ食い……まあバハムートは特に食っとらんかったみたいじゃから魚の独壇場じゃったんじゃろうなあ。しばらくは続きそうじゃわい。
漁港の活気を尻目にエミリー嬢と一緒にお屋敷に……なんじゃ、フィリップ殿もおったのか。
「困りますよ、ゲン殿。あの子らは下町の子ども。私の可愛いエミリーに何かあったら……」
「何を言っておる。お腹を空かせた子どもがおるなら出来る限り満たしてやりたいと思うのが人情じゃろうが。エミリーちゃんにも領主の娘としてそうあって欲しいとワシは思うんじゃよ」
いくら腹が減っとっても、子どもが腹を空かせとったら子どもを優先してしまうわい。これはもう性分じゃなあ。
「フィリップ殿がそんな了見の狭い人とは思わんかったわい。それじゃあワシも別の所にでも……」
「えー、おじーちゃん、いっちゃやだ!」
「ままま待ってください、待ってください! いえ、その、空腹の子どもがどうこうではなくてエミリーの事が心配で……決して蔑ろにしたわけでは……」
それから屋敷に帰るまで慌てたようなフィリップ殿の弁明が続いたのじゃった。少し意地悪じゃったかのう?




