第三十九話:爺さんと海の男たち
さよならバハムート。
「神魚バハムートよ、そなたに別世界の支えとなる事を命じます」
別世界の支え? そりゃあ柱になるということか? さすがにそれはあんまりじゃないかのう。
「おお、ついに我も世界を支えることが出来るのですね。ありがとうございます!」
なんで喜んどんじゃこの魚? あれか? ドMとかそういうやつなのか?
「あの、ゲンさん。この魚は昔文明世界を押し流した罪で私の世界へ流刑になってたんです」
なんと、この世界は流刑地じゃったのか!?
「あ、いえ、あまりに未成熟なので押し流してもそこまで被害が出ないようにと」
「案外仏様はワシらのことを考えてくれとらんのか?」
「とと、とんでもない! 薬師如来様がこの世界が流されきらない様に津波などを抑えてくれているのです」
なんと! そんな事が。まあ考えてみたらこの巨体がここに来た時に津波とか起こらんかったのはそれが原因じゃろう。
「その刑期が明けたのかの?」
「はい、この度この世界を覗いた時にその事を薬師如来様に相談すると、そろそろ良いだろうと」
……もしかして忘れとったとかそういう事ないのかのう? いやいや薬師如来様はその辺ちゃんとしてそうではあるからミスとしたらこの女神じゃろう。
「そんな訳でバハムートは私と共に来なさい」
「はい、謹んでお供いたします!」
「バハムートさんよ、頑張りなされよ」
「立派な礎となる様に努力しましょう!」
そして天から光が降ってきて女神とバハムートを包んだ。二人はそれぞれ光の玉となって昇っていく。
「ああ、そうそう。何かあったらこの国の教会まで来てください。そこで祈りを捧げれば応えることが出来ますので」
「仏なのに教会なのかの?」
「御仏はその様な細かい事を気にしないものです。決して私が西洋異世界が面白そうだからそんな感じにいじったとかそういう事はありませんから」
なんというかこの女神は墓穴を掘るのが好きなのかのう? いや、薬師如来様に会う機会も無いじゃろうし、これはワシの心に留めておくか。
みるみる二つの光球が天へと還っていき、やがて降り注ぐ光も無くなった。辺りは一面大海原である。
「さて、帰るかのう」
と再び戸板を水魔法と風魔法で操り港へと辿り着いた。うむ? 何やら騒がしいのう?
「あんたは……海に出とったのか」
ワシより若いが老人な爺さんは何やら慌てとる様じゃ。よく見ると周りに漁師たちもおる。
「無事だったか」
「怪魚に食われたかと思ったが」
「怪魚が影も形も無くなっとるんだが」
口々に言われるとややこしいのう一旦黙らんか。
「ゲン殿!」
そこに駆けつけたのがフィリップ殿。お貴族様が供も連れんとこんな所に来たんか?
「港が騒がしいと聞いて駆けつけたんだが、ゲン殿は何を?」
「言うたじゃろうが。怪魚を何とかすると。もう怪魚は居らん。ワシが保証しよう」
その言葉を聞くとフィリップ殿はワシの前に跪いて「ありがとうございます、ありがとうございます」と涙を流して喜んだ。
その光景を見た男たちは快哉を叫びながらはしゃぎ回っていた。港が、そして街が復活する。いや、それにはまだまだ長い道のりじゃろうが、確実にその一歩が歩めるんじゃ。歓喜もしようもん。
「さあ、フィリップ殿。これから忙しくなりますなあ」
「ゲン殿……私はあなたにどの様に報いれば」
「ええんじゃよ、ええんじゃよ」
「さすがに娘は渡しませんが」
「あのなあ、エミリー嬢とワシがいくつ離れとると思うとるんじゃ?」
「はっ、まさかシャーロットの方が狙いですか!?」
「それでも離れすぎじゃの。だいたい他の者の、ましてやフィリップ殿の伴侶を横取りする訳が無かろうが」
ワシはなんというかNTRというやつが嫌いなんじゃよ。横文字にしとるが要するに不義密通じゃからなあ。あ、でもNTRは好きじゃよ? 菊花賞ではお世話になったからのう。
「ともかく女とかは別にいらん。金もまあそこそこあればええ。ちゅうか金は今から稼がんといかんじゃろうが」
「そうですね。その前に漁師のみんなに補助金を出して港を蘇らせたいところです」
「そうじゃのう……ふむ、漁の仕方は網と竿か?」
漁師の皆に聞いてみると網とでかい魚は竿で釣るらしい。なるほどのう。
「ならばこれを使えばええ」
ワシは海釣り用の竿とリールを出した。マグロロッドと普通の船釣り用のやつじゃな。マグロロッドは実は未使用なんじゃが。
「こ、これは?」
「釣り竿じゃよ。とりあえずはこれを使こうてくれ。使い方はこうやって糸を緩ませてじゃな、魚が掛かったらリールを巻いて……」
「なんと、糸を竿で引っ張らんでも釣れるじゃと!?」
まあ確かにリールは珍しいか。これで水揚げ高が上がればええのう。




