第三十話:爺さんとお経
えーと、作中のお経は「開経偈」というのと「光明真言」という実際にあるお経です。ちなみに私は般若心経も含めて全部覚えてます。
「小娘、それを寄越しなさい!」
「えー? なんでー? せっかくおじーちゃんにもらったのにー」
「その様な貴重品をあんたのような貧乏貴族が着けてるのが問題なのよ! そういうのはこの国の王妃である私にふさわしいわ!」
「むー? なんてゆってるかわかんないけどなんかいやー」
エミリー嬢はなんというか天真爛漫というか貴族社会に出しちゃダメなんじゃないかのう? いや、ええ子じゃっちゅうのは痛いほどわかっとるが。
「寄越せ!」
「やー!」
そうこうしてるうちに王妃がエミリー嬢を捕まえようと手を伸ばした。エミリー嬢は巧みに逃げ回っておるのう。あのドレスでそこまで動けるのは……いや、王妃の方が動きづらそうなドレスじゃもんのう。
「お前たち! この小娘を捕らえなさい!」
とうとう王妃は周りにいる騎士らしき人たちに命令を下した。騎士たちは王妃の命令に逆らえないのかジリジリとエミリー嬢に近寄って来ている。
「おやめください、義母上!」
その時に王子の声が鳴り響いた。いい声じゃな。腹の底から出とる様な声じゃわい。
「なんですか? 私に逆らうと言うの?」
「私と同い年の子の装飾品まで奪おうだなんて有り得ません!」
「それが有り得るのよ。この王妃たる私ならね。ほら、何をしているの? さっさと捕まえて取り上げなさい」
「ならぬ! その者に触れるのは許さん!」
王子と王妃から別々の命令が出されて戸惑っていたが、その内の一人が動いてエミリー嬢に手を伸ばした。
「何の騒ぎじゃ?」
少し太り気味の男が出てきおった。周りの皆が跪いておる。これはワシも跪かんとまずいやつじゃな。よし、形式的にでも跪いておこう。
「陛下、聞いてください。この者が下級貴族に似つかわしくないアクセサリーをつけていたのです」
「似つかわしくない? いや、そういうのは個々人の物であるから……」
国王陛下は王妃の言に取り合わない様な素振りを見せた。なるほど王はまとも……と思っとったら王妃が国王の袖を引いた。すると国王はエミリー嬢を睨みつけて言った。
「そなたか! 王妃よりもいいアクセサリーをつけるとは何事だ! それを献上せよ!」
なんじゃ!? 人が変わったかのように今度はアクセサリーを没収しようとしてきたじゃと? 何が起こっとるんじゃ? ん? 鑑定で人物も見れるのか。どれどれ……
【アースティア王国国王 サンダール 状態:魅了】
は? なんじゃこの魅了というのは……まさか王妃が? 気になったから見てみるかのう。
【アースティア王国王妃 マルガレーテ 種族:淫魔】
なんということじゃ! この王妃は人間でなく淫魔じゃったか。
「ほほう、この国は淫魔が王妃をやっておるのか」
「な、なんだと!?」
「貴様、何故!?」
王子と騎士団の人々はびっくりして、王妃は別の意味で驚愕して思わず言うてしもうたワシを見た。
「おじーちゃん、いんまってなあに?」
「そうじゃな……人間を堕落させる悪いやつじゃ」
「えー、おうひさまわるいひとなの?」
「あー、まあ、そうじゃな。でもまあそういう人も居るじゃろうからこの国がそれで問題ないならええんじゃよ」
国王陛下が分かってて嫁にした場合もあるからのう。そこはこの国の出方次第じゃわい。
「そ、そんな訳あるか! 王妃様、あなたが淫魔というのは……」
「そ、そんな訳ないでしょう! い、い、言い掛かりよ! このジジイを捕らえて処刑しなさい!」
おやおや、ワシを捕らえろときたもんじゃ。そりゃあまあある意味王妃を侮辱しとるもんなあ。それじゃあ淫魔を調伏するかのう。いや、やり方とかは知らんがお経でも唱えとけばなんとかなるじゃろう。
無上甚深微妙法
百千万劫難遭遇
我今見聞得受持
願解如来真実義
「うぎゃあ、なんだそれは、やめろぉ!?」
王妃が苦しみだしよる。ただ、この先あまり覚えとらんのよなあ。いやまあなら確か習った別のと繋げてみるかの。
唵・阿謨伽・尾盧左曩・摩訶母捺羅・麽尼・鉢曇摩・忸婆羅・波羅波利多耶・吽
唵・阿謨伽・尾盧左曩・摩訶母捺羅・麽尼・鉢曇摩・忸婆羅・波羅波利多耶・吽
唵・阿謨伽・尾盧左曩・摩訶母捺羅・麽尼・鉢曇摩・忸婆羅・波羅波利多耶・吽
三回も唱えてみたが……王妃がのたうち回っとるのう。しかも羽根とか生えとる。どうやら効いたようじゃ。いやいやありがたいのう。
「はっ、私は何を……あっ、こやつは淫魔! 者共、こやつを捕らえよ!」
どうやら国王陛下が正気に戻った様じゃの。




