24:無
引き続きマオス大森林を進むリリム一行。
目的である黄色い花は未だ見つかっていない。
ラァラいわく『噂で聞いた話』の範疇を過ぎないので、黄色い花とやらは元々存在していない可能性がある。なので探索は困難を極めた。
そもそも植物には自分が好む生息地域という物があるのだが、今回の依頼物はあくまで噂の物なので生息する場所がまるで分からない。
加えて森の中を進むのも、ルーゴはともかく一般村娘であるリリムの体力状態を加味しながらなので思ったように進めていないのが要因でもある。
冒険者はいつもこんな依頼をこなしているのだろうかとリリムは疑問に思う。
だがまあ、師弟関係にあるというラァラがルーゴに寄越した依頼なのだ。彼なら大丈夫だろうと思っているのかも知れない。
ただ、それにしたってだ。
「私って結構足手まといじゃないですか?」
「そんなことはない。ただでさえリリムは冒険者ではないのだからな。俺が勝手に協力して欲しいと頼んだだけだ。気にしなくて良い」
なんてルーゴは言ってくれる。
リリムは自分の不甲斐なさを悔やむばかりだ。
そんなリリムを気遣ってかルーゴは一つの提案をしてきた。
「リリム。お前は以前、俺に魔法を教えてくれと頼んできたな」
「あ、そう言えばそんな事も言いましたね」
それは以前、ギルドの食堂を貸し切りにした時の話だ。
ルーゴが割と大食いであることが判明し、そんなに食べると太ってしまうぞと注意しようとしたが、彼の体には脂肪のしの字も付いていなかった。
ややもすれば、彼の馬鹿げた威力を誇る魔法の消費エネルギーが、その秘訣なのではとリリムが睨んだのが事の発端だ。
それが理由で魔法の教えを乞うたのは口が裂けても言えないが。
「それを今教えてやる」
「ずいぶん急ですね」
「そもそも今回、マオス大森林にリリムを連れて来たのはこれが目的だからな」
と、ルーゴが立ち止まったのでリリムも立ち止まる。
一体、何を教えてくれるのだろうか。リリムが首を傾げていると、ルーゴが振り返ってこちらに手の平を差し出してきた。リリムは思わずその手を取る。
「違う、そうじゃない」
「え?」
「お前に教える魔法を見せようとしただけだ。今、少しでも早く俺が魔法を出していたら、リリムの手は消し飛んでいたぞ」
「だゃあ!? すすすすみません!」
いつもみたいに手を取れという意図なのかと勘違いしたリリムは、自然とその手を取ってしまった。
盛大な勘違いに加えて『手が消し飛ぶぞ』と言われたリリムは慌てて手を引こうとしたが、ルーゴが手を強く握り返して抱き寄せて来たので逃げられなくなってしまう。
「る、るるルーゴさん! 何をッ!?」
「落ち着けリリム。この際だ、1から手取り足取り教えてやる」
『目を閉じて右手に集中しろ』と説明を受け、リリムは未だ興奮止まぬその呼吸を落ち着かせる様に深く息を吐き、吸い込んだ。
するとどうだろうか、握られたルーゴの手を通して暖かい何かが、リリムの右手にじんわりと、ゆっくりと伝わってくる。
「分かるか? その暖かい物が魔力の塊だ。それを行使し、火や風を起こすといった結果をもたらすのが『魔法』と呼ばれる物だ」
「な、なるほど? 私でも出来ますかね」
「お前はエンプーサだから恐らく心配はない。魔物は呼んで字の如く魔の物、だから先天的に魔法の才がある筈だ。シルフの様にな」
「シルフ……。そうですね、たしかに彼女達は元々、風魔法と窃盗魔法が得意だと言われてますしね」
「そういうことだ。このままリリムが得意な魔法の系統を探っていく。感じる魔力に意識を向けたまま、俺が今から言う言葉を頭の中でイメージしろ」
目を閉じたまま集中していく。
しかしだ。リリムの胸中にとある邪念が浮かんでしまい、感じる魔力に意識が向けられないでいた。
「る、ルーゴさん。魔物……、魔物来ないですかね。今こうして魔法を教わってますけど、ここ森の中ですよ」
「確かにな、新鮮な餌がこんなにも無防備を晒しているんだ。魔物が来てもおかしくはない。だが大丈夫だ。重力魔法で結界を張ったからな。こちらに近付こうとすれば押し潰してやる」
重力魔法で結界を張っただとか聞き捨てならない言葉が聞こえたが、ルーゴが大丈夫だと言うのだから大丈夫なのだろう。
リリムは安心して魔力に意識を向ける。
「魔物の悲鳴が聞こえてくるだろうが修行だと思え。先ほども言った通り、俺が言う言葉を頭の中でイメージしろ。まず『火』だ」
『ベアアアアアアアアアアアアアア!!???』
「ま、まずは火ですね」
目を閉じているので分からないが、リリムとルーゴの周りで魔物が潰される音が聞こえて来た。それに叫声も。
気になって仕方がないが、ルーゴに言われた通り頭の中で火をイメージする。
思い浮かべたのは熊のお肉をコトコト煮込む鍋。
それを炊きつける火だ。
以前、ルーゴが大量に仕留めてくれたブラックベアのお肉は美味しかったなぁと、リリムは知らずしてよだれが零れてくる。
「魔力に揺らぎがないな。ならば次だ。水、流れる『水流』をイメージしろ」
『ベアアアアアアアア!!???』
『ベアアアアアアアアアアアアアア!!???』
「つ、次は水ですね」
先ほどから周りが喧しいが、これも修行の内とルーゴが言っていたのでリリム聞かなかった事にして集中する。
水流。
思い浮かべるのはお肉を煮込む為に井戸から掬ってきた水。バケツから鍋に水を流して行くイメージをリリムは浮かべる。
「これも違うな。次は風だ。吹き荒れる風をイメージしろ」
『ボアアアアアアアアアアアアア!???』
『ピュギイイイイイイイイイ!!??』
「ルーゴさん、ちょっと喧し過ぎないですか?」
「たしかに魔物が多いが修行だと言っただろう。集中を欠くんじゃない。お前はやはり才能がある。頑張るんだ」
「わ、分かりました。風ですね」
『ベアアアアアアアアアアアア!!???』
周りがうるせぇ。
うるせぇがリリムは集中する。
大事なのはイメージ。風。そう風。
思い浮かべるのはティーミアだ。
以前、ティーミアに手を引かれて風魔法を纏いながら冒険者ギルドに突っ込んだ事があった。その時の情景をもう一度思い浮かべてみる。
あの時は目が回ったので何だか気持ち悪くなってきた。
「これも違うな。では次だ」
「は、はい!」
『ベアアアアアアアアアアアッ!!???』
少しだけ騒々しい森の中。
ルーゴの魔法講習は続いて行き、最終的にリリムの適正となった魔法系統は、
「なるほど。無の魔法だな」
「無? これがそうなんですか?」
ルーゴの視線の先、リリムの両手の中で灰色の光が立ち込めていた。いわくそれが『無の属性』を宿らせた魔力とのことだ。
無属性なんて聞いた事がなかったリリムは目を輝かせる。もしかすればルーゴの様に圧倒的な魔法を使えるのかも知れない。それこそ重力魔法とか。
「る、ルーゴさん。もしかして私、結構な才能があるのでは!」
それに対してルーゴは強く頷く。
「ああ、やるなリリム。お前は世にも珍しい生活魔法を得意とする魔法使いになれるぞ。中々居ないんだ、無属性を操る魔法使いは」
「生活魔法?」
「そうだ、生活魔法だ」
「えぇ……」
てっきり重力魔法みたいな物を想像していたリリムは、まるで重力魔法を喰らった様に力無くその場に崩れ落ちた。
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