マアディン卿の独り言。
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「王に異変が!」
その声と共に側近、護衛、侍従などの関係者に緊張が走った。
医師が呼ばれ即座に厳戒態勢が引かれる。
状況把握に人員の配置、人流の停止からの事情聴取。各部署が躍起になって調べ箝口令が引かれた。
調べた結果、毒などではなかった。
どうやら呪術だと言うことで呪術者が呼ばれ、護衛騎士としてやれることは情報収集となった。
王が倒れたなど国の根幹を揺るがしかねないことは当然箝口令だ。流布されては他国への影響が大きい。
呪術者が言うには、呪いの発動は解るが元に戻すのが不明だと言う。発動と発元先がバラバラに設置されており追尾出来ないのだと。
呪術に関しては造詣が深くない自分は守備範囲外だ。専門家に任せるしかないことに歯痒さを感じた。
外からの情報を待てず方々へと足を運び手掛かりがないかと探った。勿論誰かに勘繰られないよう慎重に行動した。同僚と共に秘密裏に探りその中で、ある同僚が持ってきた情報から糸口が掴めた。
王様が意識不明
情報ギルドから齎されたその情報。
ギルド長からは、他に情報は漏れていないとのお墨付きを貰ったが。
「誰だ!箝口令が徹底して引かれた情報をギルドに漏らす愚か者は!!」
そう激怒しながら同僚と共にその人物を調べたら。
なんと、外部の者だ。
しかもデビュタントもしていない小娘。
いや、デビュタントをしに王都に来た小娘だ。
軽く調べても、不審なところが見当たらない一家だ。男爵家であり清貧な領主は領民からは慕われている。領地の災害で財政は逼迫気味だがまだ遣り繰りは出来ている。犯罪に手を染めている気配も感じられない。
娘はどうやら病弱で神殿で育ち、最近デビュタントのために還俗したと言う。俗世とは切り離された世界から、なぜ王の状態を知れるほどの情報網を持っているのか。
怪しすぎて即捕縛することとなった。
逮捕されてもキョトンとしたままの小娘は事の重大きさを理解していないのか。知らずに犯罪の片棒を担いでいるのか。
尋問していくうちに震え出したが、今更だ。
この小娘は幼い頃からこの王都の神殿に預けられていた。ここで育ったなら王都に詳しいはず。神殿を抜け出し、どこかと裏で通じていたのか。ギルドに情報を売るなど迂闊さを考えれば主犯格ではなくとも、確実に事件の関係者だろう。何故身がバレることをしたのかが疑問だ。
王の容体も気になる。
皆が気が急き、小娘を責め立てた。
恐怖か自責の念か。
泣き出した小娘。
一晩怖い思いさせて、明朝優しく絆すのが口を割りやすいのでは?
との案が出て、この場はとにかく小娘が恐怖に慄くように仕向けた。
女性を泣かせるなど騎士にあるまじきことだが。
今は時間がない。
人手も少ない。
情報を知る限られた人員のみで尋問していかなければならない。
一晩待つのも、もどかしかった。
◇◆◇
空が薄らと白み払暁となった頃、同僚が走ってきた。
王が目覚めた、と。
しかも、小娘が王を救ったのだと言う。
王からも丁重に王宮に迎え入れるよう御達しが来た。
泣く小娘を牢屋へと押し込んだ。
泣きながら身を縮ませ震えていた姿が甦る。
同僚達と慌てて牢屋へと向かった。
簡素な寝台と言う板の上で蹲り小さくなって眠る姿。
同僚達と気まずく顔を見合わせ顔を歪めた。
泣き腫らした顔。
眠りながらも流れる涙。
罪悪感に胸が締め付けられた。
眠る彼女をそっと抱えて馬車へと移動し王宮へと急いだ。
心細気に眠り、涙を流す姿が目から離れなかった。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
彼女は王の恩人として褒賞を受けた。
緊張で震えてる姿は年相応だ。
デビュタント前に謁見を体験する機会など普通はない。全身を緊張でプルプル震わせる姿はとても初々しかった。
だが逆に、あんな仕打ちをしたことに罪悪感に終始苛まれた。
陞爵式後、彼女への仕打ちに謝罪をする機会を設けてもらった。
謝罪は受け入れて貰えたが、おざなりな対応も致し方ないと納得している。尋問した同僚や上役と彼女に対面したが、強面の厳つい顔に囲まれたら逃げ出したくもなるだろう。対応してもらえただけでもマシだと口を揃えた。
彼女からなんだか離れ難く、抱き抱え運んだことが脳裏から消えることはなかった。
もし再び会えたなら丁重にもてなそうと決意をした。
◇◆◇
彼女との再会はすぐ訪れた。
彼女は王宮内に留まり、王や王子と会談していたのが彼女の護衛となった。
彼女の護衛をするにあたり、王の呪いで意識不明となったことを知るのは極限られた人物のみ。体調を崩している程度に収めたが、真実を知る者は侍従や近衛や医師、王妃や側使えだけだ。
詳しく説明され、王の状態が分かるにつけ、彼女の功績と彼女がそこに居た偶然に感謝をした。
視ることができなければ媒介にすら辿り着けずに王は衰弱死していたのだから。
事情を知る人物に彼女の護衛をつける話があり、即座に名乗り出た。謝罪を込めて護る決意をした。
彼女との顔合わせでは出会い頭、顔を歪められた。
当然か。
あの尋問で恐怖を味わったのだから。
事情を知る人物でないと護衛できないと分かり、渋々納得したようだが、距離感があるのは否めない。終始怪訝な顔と不機嫌気味に寄せられた眉間。それでも仕事中は仕事の会話をしてもらえている分だけマシなのかと思った。
仕事として王宮内を歩くが、理解できていない者から見ればただの見学か散歩か。王子としては、「アチラの方々から情報が聴ければ御の字だ」と言っていた。
黙して語らず死んだ間諜や暗殺者の話を聴けるか。
利用できる手段を放置して置くのも勿体ないとのことだ。
王子から言われたら否とは言えない。不本意ながらも黙々と仕事をする彼女。
「今は誰でしたか?」
「え?えーと。五年ほど前に病死されたメイドさんですね。流行り病が一時期蔓延して大変でしたから。まだ仕事されてます」
確かに五年前、流感で城内でも死者が出た。王族の住む居住区に病が蔓延らぬよう神経を張り詰めた毎日だったのを覚えている。
死してもなお仕事をする志しに心の中で黙祷した。
神妙なつもりが、どうやら彼女からは顰め面に見えたのか、幽霊が苦手だと思われたようだ。
「王側近近衛でも、苦手なものがあるんですね」
「…っ、そう言うわけではないのですが。剣で斬れない相手は理解しにくいと申しますか」
別に幽霊などは怖くはない。古城や戦場にいれば視ることもある。変な気配も感じられたりもするが、こちらに被害が出なければいいのだ。感心がないとも言うが。
「こっちは、……双子は、…双子。しか言わない老婆。ここのは、最後だ。最後。しか言わない老人です。あと浮遊霊がウロウロしてるのですが、背中を斬られた衛士、首吊りした下女、全身火傷の子供、ですかね」
「う、ウム」
老婆と老人に心当たりはないが、衛士と下女は話を聞いたことがある。
衛士は伝令で走っている最中に侵入者に背中を切られたのだそうだ。だいぶ前の出来事らしいが、隊長の身内だったので話を聞いた事があった。下女は不貞を働いた相手に捨てられたのだと、下女の仲間が言っていた。数年前の話だから覚えている。
火傷の子供だが、これは知らない。霊自体が古い霊体だと言うから昔の時代なのだろう。
思い返しながら書き入れていたら、怪訝な顔を向けられた。書き込むのが遅かっただろうか。
「ここには、歌いながら踊っている御令嬢。ごめんなさい先輩と謝る女中さん。あっちは無言な兵士が直立不動のままです。あと文官服の男性が徘徊してます」
踊る令嬢は、ドレスの装飾を聞くに、古い時代だと思う。他は時代背景も状況もわからないので判別はつかない。色々な人が幽霊となって徘徊しているのだなと改めて思った。
しかし相変わらず彼女からは怪訝な顔でみられる。少しは打ち解けて欲しいと話題を振った。
「私の背後にもいるのですか?」
「お父上のようですよ。背後で冤罪だ誤捜査だと騒いでました」
父だとは。4年前に事故で亡くなり兄が家督を継ぎ、今では落ち着いたが。憑くなら家督を継いだ兄にでも憑けばいいものを。なぜ自分なのか。そんなに不甲斐ないのか。
まあ、誤捜査で冤罪を起こしたのだから不甲斐ないと見られても致し方ないかと肩を落とした。
「あの時はすみませんでした。緊急事態とはいえ怖かったでしょう?それでなくても厳めしいと言われる顔ですし。さぞかし恐ろしい思いをさせてしまいましたね」
「まあ、確かに怖かったですね。よく分からない事態で突然牢屋行きでしたから」
本当に申し訳ないと何度も頭を下げたが彼女は大丈夫だと寛容に対応する。彼女のおおらかさに救われたようなものだ。口さがない者ならどれ程罵られていたことか。憮然に頬を膨らませて不満気にする態度はまたまた幼さを感じて微笑ましく感じてしまった。
「もっと怖いものがウヨウヨしてたりしますから。マアディン近衛騎士の顔くらい普通ですよ」
「もっと怖いのがどんな物か気にはなりますが、聞かないでおきます。この顔が普通ですか?厳ついとよく言われて女性には倦厭されることが多いのですが」
実際、強面を理由に婚約を打診した相手から何度か断られた。
細身の紳士がモテるのが主流の今、騎士や身体を主体とした職種は嫌厭されがちだ。
そんな相手を普通扱いとは。彼女は普段どれほど恐ろしいものを視ているのか。
「気を追わずに自然体でいたらどうです?お父上が頭かたいとモテないぞと前に言われてましたよ」
「は?!そんなことも言われるのか?なんだか背後で見られているのは恥ずかしいものだな」
父が背後から視ているとは知らなかったとは言え、本人の預かり知らぬところでそんなことを言われていたとは。モテないのはこの職業に就いたときから諦めています。余計なお世話に反抗期の気分を思い返してしまった。
「慣れですよ」
「だが、ならばレベナン嬢も気をつけなければ。迂闊に情報を漏らすと命取りだぞ」
「出費したくなかったので。タダ働きはできませんし」
「だが、足がつくようなことするから」
こんな重要な情報を簡単にギルドに出すなど迂闊すぎる。今回は誤捜査の原因にもなったわけだが。彼女の能力を考えれば使い方でどれほど有用な情報となるか。
「そこまで頭回らなかったんですよ」
「まだまだ子供か」
「デビュタントの髪飾り買いにきてたんです。無駄な出費は抑えたいんですよ。貧乏男爵家でしたから情報引き換えで、ロハで依頼できるなら経費節約して当然です」
「しっかりしてるんだか抜けてるんだか」
「どうせデビュタントしたての子供ですよー」
口を尖らせて拗ねている姿はやはりまだデビュタントしたばかりの女の子だ。まだ16歳の神殿育ちの社交に慣れていない初々しさと幼さは眩しくも感じる。つい老婆心から進言すれは鬱陶し気に半眼を向けられた。その拗ねた姿も可愛いく見えるから、若さは眩しいもんだと顔が緩んでしまう。
さらに拗ねてふんと鼻息を立て不貞腐れている彼女の姿に自分の10年前を思い返していた。
反抗期真っ盛りだったなあ、と。
背後に父が居ると聞いて、久しぶりに墓参りでもするかと思った。
でも、背後に居るのに墓参りか?と、首を傾げたマアディン卿だった。
二章はこれで終わりです。
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