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父親の独り言。

お読みいただきありがとうございます。

よろしくお願いします。


娘が生まれた。


待望の我が子の誕生に男泣きしたのを妻に笑われた。


「領主が情けないわよ!しっかりなさい」


妻はそう私を叱咤激励した。


すくすくと育ち、ぷっくりほっぺを突きすぎて泣かれ、妻に怒られる毎日を過ごした。


愛しの我が娘。

どんなことがあろうとも我が身に代えて守ろう。その思いを胸に邁進していった。成長してイタズラも覚え、手を焼く事があっても、慣れない育児も、ナニーの協力でこなしていった。


初めて喋り、初めて立ち上がり、初めて歩く。

日々の成長を聞くのが生きる楽しみだった。

子供の成長を妻と祝い、子の笑顔が生きる糧となっていた。



ーー最初はナニーからその報告がきた。


「何もない所で笑い、手を振り喋っている」


まだ物の分別も分からない、一歳の頃より始まったその奇行は日に日に増えていく。


二歳になり、言葉が増えると不可解な言動は増えた。

それを機に、ナニーが怯え辞めてしまった。

それからは妻がつきっきりで娘の面倒を見た。

もちろん私も、父親として領主の仕事の合間に面倒を見た。



空を飛ぶ猫。光る蝶。宙を泳ぐ魚。

知らない人がいる。黒い影がある。


人の見えない物を見ているかのような言動に、家の者は怯えた。メイドは最小限しか娘に近寄らない。それを補うように、私と妻は必死にありったけの愛情で接した。


普段何もない時は、本当にただの普通の可愛い娘なのだ。

屈託なく笑い、澄んだ瞳は穢れも知らない。


真っ白な我が娘は、何を視ているのだろうか。


それでも親として、愛しの我が娘を手放そうとは思わなかった。




「あのおじちゃん死んじゃう」



この言葉が全てを壊す日まで。





遠縁の叔父が久方振りに来訪した。

娘とは短時間のみ顔を合わせるだけで済ませて、無事に来客のもてなしを終えたことに安堵していた。


妻と娘がお茶をしていると、ふいに娘が口にしたのだ。


「あのおじちゃん死んじゃう」と。



「そんな言葉は言ってはいけません!」


激昂した妻が弾けるように立ち上がり娘の頬を打った。

生まれて初めて怒りの感情に触れた娘は、ただ硬直し、言葉なくハラハラと涙を溢した。


ーーその言葉とおり叔父は半月後に亡くなった。




必死に子供を育てた。

何処から間違えたのか。

何処が悪かったのか分からない。

どうしたら普通に子供を育てられるのか。


普通の範疇から離れた娘の特異な体質をどう受け入れればいいのか判らない。

妻も子供を育てていくうちに変わっていった。

自問自答しても答えはなく、同じく妻も問題に苛まれ、家の中は暗雲垂れ込める日々となった。




それから無口で笑わない子供となってしまった娘。


接触を避け妻の手から逃げる娘は誰とも口を聞く事がなくなった。


何がわるかったのか。

どうしたらいいか分からない。



そんなとき、一つの情報がもたらされた。


神官様の巡礼だ。


この領地に来るなど、何十年振りだ。


そうだ。

これは、救いかもしれない。


そう思いを馳せた。


この娘を見てもらおう。

娘を改善してもらえるかもしれないと。




領主として、神官様をもてなす為に巡礼の感謝の宴を開いた。

そして、娘と引き合わせたのだ。

職権濫用と言われようと神官様におすがりするしかなかったから。




「おや。視える子供に会うのはかなり久しぶりですよ」


そう神官様は言った。



私の話を聞いて、我が家の状況を知ると神官様は微笑まれた。


「お辛かったでしょ。よく頑張りました。貴方方の努力は無駄ではありません」


神官様は娘を預かることを申し出た。


「このままですと細君が病んでしまわれる。今は無理でも、大きくなればいつかは理解し合える日が来ます」



全身の力が抜けた思いがした。膝から崩れるように座り込み神官様に首を垂れた。



その言葉に人生二度目の男泣きをした。



その涙は、やっと解放されることへか、解決へのみちすじの感謝か、手放す罪悪感か。



それは分からなかった。




◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇



歳月は流れ、娘がデビュタントの歳を迎えた。


神官様も、もう大丈夫だとのお墨付きを貰い、娘を迎えに行った。


ぎこちない挨拶から始まり、少しずつ日々を重ねた。


怯えていた妻も、今では微笑みが浮かんでいる。


神官様に娘をお願いしたあと、気を病み痩せた妻は体調を崩しやすくなった。手放した娘への罪悪感と慕情に苛まれる日々に涙を流した。


娘を手放しあれから笑わない笑えない日々に、娘が戻り少し穏やかになってきたのはやはり娘のおかげなのだ。



家族が。


やっと揃ったのだ。




◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇




長い長い、紆余曲折を経て。



娘はデビュタントを迎える日が近づいた。

そのために家族で王都に来た。


そんなある日、娘が捕まった。

捕縛されて牢屋だと言う。


それを聞いた妻は倒れた。

メイドに妻をお願いし、朝を待ち詰所に向かうと娘は場所を移動したと言う。


こんどは王城だ。


しかも王からの勅命だと言う。

情報の錯綜に混乱した。


娘がどんな罪を犯したのか。

王に裁かれるほどの大罪を犯したのか。

急いで王城に迎えに行った。

血の気が引く思いで城内へと駆け込むと。



ーー歓待された。



逮捕され。捕縛され。歓待され。


そしてーー


王との謁見だと??



………その後の記憶はあまり残ってはいない。



ただ、娘が王を助けたのだと。


褒美で爵位が上がった。

しかも税の免除まで。



喜んでいいのか、娘を怒ればいいのか。




ただ、それでも娘が無事でよかったと。


心から安堵した。




◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇



税収分で領地の施設を修繕し、施設の増築に伴い住民が増えた。


以前より活気の出た領地に移住者も商店も増え、それなりに栄えた街が増えた。



ーー娘のおかげ。


その一言にどれだけの過去と思いと気持ちが込められているか。


複雑な気持ちも含め手放しで喜べず、戸惑うばかりだ。



娘は王から王宮で仕事を依頼され、就職も求められているようだ。それでもいい。仕事で王宮に勤められれば将来を心配せずに済む。

社交経験もなく、貴族交流も無かった娘の未来を思えば、職業婦人で人生を過ごしても構わない。


貴族らしく育てる事が出来なかった。

婚約者も用意出来なかった。

娘の未来を案ずるなら、そのまま城で仕事をしているのが一番なのかもしれない。

こんな機会など、もうないだろう。


仕事に勤しみ、人脈を築き、普通に生活できるならそれで良い。



そう思った。



だが、何故だか娘は腹を立てている。


王家からの仕事を受諾したのに。

親の心子知らずだ。



まだまだ娘との距離は縮まらない。


それでも、娘の帰る場所として、親として、ここで待っている。


時間がかかろうとも。


あのプニプニほっぺは心に刻まれている。

あの陽だまりのような笑顔も。




疲れたら帰ってこればいい。




ここが故郷なのだから。





ちゃんと、ご両親は親として頑張りました。しかし力及ばす神官様に縋り、親子関係が拗れてしまいました。ママも普通じゃ無い問題に育児鬱になってしまうのもわかります。

それでも、今までの愛情があったから彼女は擦れずに捻くれずに、ちょいと生意気だけど素直に育ちました。ダン神官様の努力の賜物でもありますが。

三つ子の魂百までですね。


親側の話しなんて、皆さんに需要があるのかわかりませんが、背景としての情報程度に読み飛ばして下さいませ。

お目汚し失礼いたしました。

ご読了心より感謝致します。

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