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広く高い廊下は冷えた空気に包まれている。
その中をペタペタと歩く私とファルシュさん。
見回りを回避しながら目的地に向かう間、会話は無かった。見張りに見つかるのもあるからだけど。硬い表情のまま口を引いて、苦悶に近い表情だ。
王子の影武者として感情を出さない訓練をしているはず。それが今は忘れているようだ。
ただ、黙って付いていった。
「ここ、です」
ファルシュさんの硬い声は感情を抑え込み、くぐもって聞こえた。
「視たところ、何もいませんよ」
何もいない。
何ただの通路と石壁だけだ。
狭い通路に入り組んだ作りは石造りでさらに肌寒く感じる。
「未練なく昇華したのではないですか?」
「………そう、ですか」
その一言でファルシュさんは深く俯いた。
脱力したのか、気が抜けたのか。
壁に手を付きはぁと大きな息を吐いているファルシュさんから少し離れた。
きっと気がかりだったのだろう。
それが分かり肩の荷が降りたと言うところか。
落ち着くまで待つことにした。
〈ルシェや〉
『ん?なあに?じじさま』
じじさまがコレと指差した先を見つめた。
離れていた私にファルシュさんが近寄ってきた。
「もう、戻りましょう」
「ファルシュさん。コレ取れませんか?」
「なんでしょうか?」
ファルシュさんの会話を遮り、石壁に付いた亀裂に目線を向けた。
刃跡かひび割れか判別はつかないが、その隙間を指差した。
ファルシュさんは持っていたナイフを取り出して、ナイフの先を隙間に入れて掻き出すようにすると。
ポロリと、何かが落ちた。
慌てて拾い、手に握った。
「ーー生きろーー死ぬなーーにげろーー…………。………月ーー夜にーー………。
………これ以上は無理かな?
この破片に残っていた残留思念です」
これ以上は残ってませんが。と言葉を濁しながら破片を手渡した。
無言のまま受け取ったファルシュさんの視界から外れるように後退った。
俯いて髪が垂れ下がり顔は見えなかった。
見ちゃダメだと思ったから。
暗い通路の先は深い暗闇だけ。
静かな夜はさらに深く感じた。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
あの夜の後から、ファルシュさんがちょくちょく顔を出してくるようになった。
しかも、王子モードじゃない!
彼本来の碧い眼だ!
髪の毛は黒く染めているようだ。
王子が子爵令嬢の部屋に足繁く通うのは外聞が悪いとのことで、ファルシュさんは王子の変装をといた姿で来る。
執事の姿なので怪しまれずに動けるそうだ。
「今度の舞踏会、俺と出てくれない?」
「へ?宮中舞踏会は格式あり過ぎて恐れ多いのでお断りします!」
「普通は喜ぶものだよ?」
「普通でも私は断固拒否します」
「なら仕事では?」
「………仕事って?」
「視るお仕事」
「嫌だ!出ない!」と拒否る私と、「視るだけだ」と言うエセ王子。
言葉の応酬はいつまでも続いた。
半分本当とか言うエセ王子なんか知らないもん!
王子と同じ微笑みなのに、やっぱり胡散臭さがぬぐえないのは、日頃の行いだと思います!!
絶対、視るだけ、なんて信じない!!
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
煌びやかな装飾をされたビスチェに、ふんだんに刺繍を施されたウエストリボン。
上質な織糸で織り込んだ布に宝石が散りばめられたサテンのような光沢のドレス。
どれを取っても最高級に選ばれた品で作られたドレスだ。
首を飾る宝石とお揃いのイヤリング。
大振りのサファイアはファルシュさんの眼の色と同じだ。
薄い水色のドレスに、リボンとアクセサリーは碧色。完全にファルシュさんの瞳カラーにちょっと気恥ずかしい。
ーー今日は宮中舞踏会。
出ないって言ったけどさ。
仕事だって言われたし。
いや、ドレスに惹かれたわけじゃないよ?
こんなドレス一生に一度くらいかもだけど。
ほら。成長した私をじじさまに見せるのも祖父孝行だし!
結局、視る仕事に駆り出された私だった。
◇◆◇
舞踏会の会場がよく見えて、でもこちらは影になって見えない。
そんな場所からこんにちは。
「着飾っても無意味じゃん!」
「ははは。用事ができたら活躍しますよ。そのためのドレスだから大丈夫です。時間ができたら一緒にダンスをしましょう」
「苦手だから遠慮します」
影武者ポジションから会場を眺めた。
人がざわざわ犇めくのをぼんやりと観察していく。
「観察するだけならドレスいらないじゃん」
「挨拶の時に、貴族をその眼で視てほしいのです。怪しい者が居たら教えて頂きたい」
「アチラの方々を視ても怪しいかどうかまではわからないですよ?負の感情で黒いとかくらいまでしか判断できませんが」
「それで充分です。他に気付いたことがありましたら教えてください」
背後の方々は本人の感情に左右され纏う色が変わる。あとは背後の方の力によっても個人差が出る。曖昧な基準を判断材料にしなければならないのも頭を悩ませる。
面倒臭いなぁ。
なんで私こんな仕事してるんだろ?あれ?断れなかったっけ?
あ、脅されたんだ。王子に。
あれ?褒美を貰ったほど活躍したはずなのに?
過剰労働じゃない??
悩む私を他所にじじさまは真面目に観察を続けている。
『じじさま。なんかいる?』
〈生前と同じ腹黒ばかりじゃよ〉
『嫉妬や恨みで真っ黒なのも多いねー』
〈それが人間じゃろ〉
『神殿は楽だったなぁ』
〈皆信徒だからのう。アレが基準では、生きづらいのう〉
騙したり、言葉巧みに駆け引きしたり。騙し騙され怨念無念。
感情入り乱れた中に、恋の駆け引きが混じり込む。妬み嫉みの恋の情念。
観るもの視るものドロドロしててうんざりだ。
「陛下の御出座しに御座います」
そこ言葉で現れた王様と王妃様。そのあとを王子と王女が引き続いた。
「そっくりですよね。いまは違いますけど」
王子とファルシュさんを見比べるよう交互に視線を動かした。
「それはそうですよ。顔つき体型そっくりでないと仕事になりませんから」
笑いながら掻き上げる前髪に鬱陶しげに目をあげた。
王子はゆるいウェーブの金髪に紫色の瞳。
影武者の仕事中のファルシュさんも同様。
でも今は、ストレートの黒髪で碧い瞳だ。
サラサラストレートの黒髪は目にかかり、邪魔そうに指先で弄っている。
顔つきが似ているから髪で目元まで隠しているのだ。
目元まで長い黒髪で印象も違うし声色も違う。
髪色と眼の色が違うだけでパッと見しても、じっくり見ても王子と同じ人物に見えることはなく、別人に見える。
背後の方は変わらないけどねー。
王様に諸々の貴族達が挨拶に参じていく。
延々と続くかと思われたその時。
王様の背後のアチラの方が指差した。
『これ?』
跪き恭しく王様に挨拶する貴族を私も指をさす。
頷く王様背後のアチラの方。
『じじさま聞きに行ってくれる?』
そのあと引き続き、何人かを指差した。
指差すたびにファルシュさんに「この人指差された」と報告をする。
王様背後のアチラの方曰く。
代々不正を行い証拠不十分で立件できなかった家門だそうだ。無念を晴らして欲しいとも。
そうじじさまが私に伝えてくれた。
でもこれで挨拶終わったし、当面の仕事は完了。
「仕事も終わりましたし。会場にいきましょう」
「はー。やっとのんびりできるー」
「ダンスしましょう」
「いやです。苦手だと言いましたよ」
「じゃ、まず美味しいもの食べに下りましょうか」
◇◆◇
ご飯につられ、会場へ。
アレやこれやをファルシュさんに差し出され、美味しくて手が止まらない。
「もう太るから」と食事を断れば。
「動けばいい」と言葉巧みにダンスに連れて行かれてしまう。
振り回されてしまう彼女のそんな話しがあったりなかったり。
知るのはアチラの住人の方々のみのようです。
ご読了ありがとうございました。
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