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よろしくお願いします。
応接室に案内されると、早速今回の王様に起きたことの話しを所望する王子様。
王様の一大事だから機密扱いであり、たとえ王子であっても王様から許可がないと話せないと断った。
それならばと違う話を希望してきた。
アチラの方々が鏡に映り込む軽い話から、未練ある場所で延々と呪詛を放つ話しや、背後を着いてきてベッドに横になったら天井に張り付いていたとか。
幼児期はよく絶叫したもんだ。
今は視ることに意識して制限をかけたから視えるものが少なくて済んでいる。
あとは、欲望のまま視姦してる方の話しとか。
いえ。最後のは誰とは言いませんよ。
よく居ますから。ね?
色々と王子に話すと興味深く聞いていた。
「そろそろ会場に戻りませんと父が待っております」
「もっと聞きたいんだ。また王宮に来てもらえるかな?」
「デビュタントも終わりますので領地帰ります」
「えーもっと聞かせて欲しいのだけど」
「領地の手伝いがあるので」
困惑顔の私を面白がるように王子は笑みを浮かべたまま引き留める。視線を躍らせる私を観察するように感じるのは気のせいだと思いたいが。
ーー視線を躍らせても、さっきとは違い彼の背後には一切視線を向けない。
いや、向けたくない。
だって、違うから。
「なんだかそんな緊張されるとコッチも困ってしまうよ」
「王子様相手に不敬できませんから」
カチカチに緊張して返答する。
表情筋死んでるけど。
笑えないのよ。
王子の背後に、黒い衣装の御仁が佇んでいる。
あの、王様と似ているスケベオヤジじゃないのだ。
だから、この人はーー
ーー王子じゃない。
言い知れぬ緊張感に無意識にごくんと唾を飲みこんだ。
その様子を花でも眺めるかのように優雅にソファーに腰掛けている王子。
私には獲物を見据える捕食者に感じた。
「…………」
「…………」
無言の時間は闖入者によって破られた。
「来たのか!娘よ!」
娘よ、って。私あなたの娘じゃないですよ……。
「父上。娘ではありませんよ。ソルシエレ・レベナン子爵令嬢ですよ」
「ああそうだな!デビュタントした淑女に失礼した。ソルシエレ令嬢」
「カルコス王の御威光のおかげでございます。王の恩恵に感謝を」
カーテシーでお辞儀をする。
慣れないお辞儀は前回の謁見の前に即席で身につけた。
再び王様と相見えるとは。
緊張で胃が痛い。
王様の背後のアチラの方は白いお髭のお爺様。〈ふぉっふぉっ〉とくぐもった笑い声は柔らかく聞こえる。
四代前の王様だそうだ。
じじさまも正式な礼でお辞儀をしている。
王と王子。
国の一番と後継者。
二人を目の前にし緊張して金縛りみたいに動けない。
気絶したら帰れるかな。
気絶しちゃいたい。
「父上の話しを聞きたかったのですが。もう少し話が聞きたくて引き止めていたところなのです」
「近々レントハウスを引き払うので領地に戻ります」
デビュタントのために王都に来たのだ。王都は地代が高いから屋敷は持てない。賃貸で済ますのが一般的だ。賃貸料も馬鹿にならないから延長などお断りだ。
「父上も話しを聞きたいのでは?」
王子の質問に王様はウムウムと相槌を打っている。背後のお方もフムフムと白い髭を揺らしながら頷く。
やめて。二人して同じ動きしないで。
「うむ。なら令嬢は王宮に泊まればいい」
「それならソルシエレ嬢とゆっくり話もできますね」
「えっ?!父に相談をしてから………」
「前にゆっくり話をしたいと言ったら、如何様にもと言っておったが」
父様ーー娘を売ったなーーー!
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
あれよあれよと言う間に気がつくと王宮の客室を与えられ、荷物が運び込まれた。
豪華な部屋すぎて慣れるまでゆっくりすることも出来なかった。高価な備品が置かれた部屋は緊張するから遠慮したい。壊したら大変だし。
年季のある骨董品は憑いてたりするし。
苦手なんだよねー。
そんな中、王様や王子が空いた時期に私は呼び出され話しの相手をした。
話しと言うのは、もちろんアチラの方々の話しだ。
遺品受け取り後、悪夢を見て呪われた話し。
死んだメイドが今でも掃除している話し。
前の住人が枕元に立つ借家の話し。
ありふれた怪談だ。
そんな話しをすることに努めた。
ーー話をする際に絶対に背後にいる方々の話題に触れないように様に気をつけながら。
あまり目にすることはないが、殺害された方がその姿で徘徊されてるのを聞いた王子が、どうしたら自分も視えるかを聞いてきた。
私もこの能力の発現理由を知りたいと言うと、秀麗な顔を曇らせた。
「視えない方が幸せですよ」
「知らない世界を知れて羨ましいんだけどね」
秀麗な顔を曇らせた王子。
知らない方がいいよ。
馬車に轢かれて身体の中身視えるのがいたり、原型留めてない怨念で変形したのとか。
時と場所構わず出てくるんだから。現実が可愛いもんだと思えるよ。
デビュタントにいた3人娘なんて可愛いもんだよ。厳つい騎士団とかも。
人の形してるし。
人の会話できるし。
人としてやり取り出来るってなんて楽なんだと思うよ。
理不尽で不条理で我儘で自己中なのがアチラの方々だし。
ーー私は、知らない世界で生きたかったですよ。
王城にいるアチラの方々を聞かれて、要所にいる方々を教えれば、なんとも言えない顔をした。困ったような辛いような悲しさを含んだ紫が睫毛に影った。
死後も何に縛られているのか聞き出せるかも聞かれたが。
微妙なのだ。
話しが出来る方々と話しも難しい方々。
難しい方々の場合、色々いるが。意識混濁し取り留めないことしか言わない方。負の感情しか言わないとか。ソレに触れるとこちらにも影響があると伝えた。
「そうか。なら無理強いはできないね。背後の人とは簡単に話せるのに、なかなか思い通りにならないものだね」
ドキリとした。
「背後の人」と、王子は言った。
その時、王子の眼光の鋭さは猛禽類の眼のごとく。
冷や汗がいつの間にか流れ、身を堅くして身構えた。
「ねぇ。私の背後に、誰が、いるの?」
「……………」
ごくりと唾を飲み込む音が大きく聞こえた。
『じじさまどうしよう。いやだ帰りたい』
〈ルシェや。話すこと話せば納得するじゃろ〉
『でも………』
とっさに言葉が出ず、喉に詰まり膝の上で手をギュッと握る。逡巡する思考は答えに辿りつかない。
どう誤魔化すか。
真実か、嘘か。
「沈黙もまた、真実」
「………………」
鋭く目を細める王子は、もう王子と言う仮面が取り払われたのだと気がついた。
「う、し、ろ、は、誰?」
親指を立てた拳をクイッと上げて背後を指した。
一句一句、区切って言う声はいつもの王子の声より低かった。
息が止まるかと思うほどの緊張。
冷や汗がだらだらと流れていくのだけはっきりとわかる。
王子だった人は立ち上がり、私の隣に来て座り直すと肩を寄せてきた。
「見分けられる君を手放すと思う?」
耳元で息が掛かるのが分かるほど近く寄る。
熱い吐息とは裏腹に血の気が下がり手足が冷えていく。
「視えちゃったら逃げれないよ、ね?」
そう言って王子だった人は私の手を握った。
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