同業者
エリスは甲板で海風に当たっていた。
他にも乗客が何組かいて、彼等も同じように風を満喫している。
「初めて乗ったけど、楽しい」
「そりゃ良かったッスね。はぁ……なんでオレまで」
隣でボサボサ男が大きなため息をついた。ブツブツと何かを呟いている事から機嫌は良くなさそうだ。
エリスはおそるおそる彼の方を向いて声をかける。
「……さっきはありがとう。あのままじゃ船に乗れなかったかもしれない」
「なんとなくヤな予感がしたから追ってみれば、案の定っスよ。やっぱりタイチョー出してないし」
「出しておいた方が良いとは思うけど、すぐ喧嘩売りそうで
――痛っ!」
咄嗟にエリスが頭を押さえる。また頭痛がし始めたようだ。
ボサボサ男はその様子を横目で見ながらゆっくりと口を開く。
「タイチョーが喧嘩っ早いのは事実ッスけど、言えば抑えてくれると思うよ」
「でも、目立つし……」
「……いつ敵が来ても追い払えるんなら出さなくてもいいと思うッスよ。つーか、タイチョーを常時出しとくぐらい朝飯前じゃないんスか?」
「そうなんだけど……。どうするかはもう少し考える。
あと、ずっと気になってたんだけど、どうして私が騎士達に連れて行かれてるってわかったの?」
ボサボサ男は顔だけエリスの方に向ける。面倒くさそうな表情は相変わらずだが、呟きがなくなっている事から
さっきより機嫌は良くなったようだ。
「オレも地下に居たんでタイチョーに会ったんスよ。
それでアンタがピンチだって聞いた。
このままじゃマズイ事になるが、自分は出れないから代わりに頼むって。
タイチョーの頼みなんで受けたけど、まさかねぇ……。
クククッ、面白い事もあるもんだ」
「な、何が面白いの……?」
「いや、コッチの話ッス。気にしなくてダイジョーブ」
「で、でも――」
「マーレ港に着いたぞー!」
エリスが言葉を繋げようとすると船長の大声に周りがざわつき始めた。エリスは諦めて口を閉じる。
彼の掛け声で橋渡しが降ろされた。エリス達はそれを渡ってマーレ港の地に足を踏み入れる。
別の大陸ということもあって人以外にもドワーフや小人等の種族もちらほらみられる。
「ひとまずタイチョー出したらどうスか?」
「……そうする」
いつものようにエリスが呪文を唱えると魔法陣の中から
フードを被ったベルゼブブが姿を現す。
「……オソイ……」
「ご、ごめんなさい。でも私の気持ちもわかってもらえると……」
「……フン……」
ベルゼブブは腕を組んでそっぽを向いた。
一応納得はしたようだ。
「さー、もうオレはお役御免ッスね。
今度こそ、じゃーな」
ボサボサ男はそう言うと人混みの中に消えていった。
エリスとベルゼブブはその場に立ち尽くす。
「……ドコイク?……」
「とりあえず町の中見て回る。全く知らない所だから」
「……リョーカイ……」
そう言うとエリスは目的もないまま歩き始めた。その後をベルゼブブがローブを引きずりながらついていく。
ゆっくりと町の中を散策していたエリスはある店の前で足を止める。看板には薬屋と書かれていた。
「……ハイル?……」
「うん」
エリスが木製のドアを押して中に入ると店員の男が声をかける。
「いらっしゃい!何がご入用かな?」
「品物を見に来ただけです……すみません」
「え、そうなの?」
エリスに興味を持ったようで男がカウンターから出てきた。
「ヘー、じゃあ君、魔法使い?」
「一応……。これは?」
そう言って棚にキレイに並べられたビンの1つを指差す。
中には紫色の液体が入っている。
「ああ、これは解毒薬だよ」
「解毒薬⁉……すみません、緑色のしか作った事がなくて」
「緑色⁉……もしかして君、アンスタン大陸から来たの?」
エリスは戸惑いながらも頷く。
「はい……。ここの大陸の名前は?」
「リヤン大陸だよ。様々な種族がいるからつけられたって書物があるんだ」
「はぁ……」
「……この解毒薬はパープルワームというモンスターの体液を原料にして作ったんだ。何故か毒の抗体を持っていてね。よく効くよ」
店員はビンを手に取ってエリスに手渡した。エリスはそれをまじまじと見つめる。すると男がソワソワしながら声をかけた。
「もし、緑色の解毒薬を持ってるなら見せてほしいな」
「少し待ってくださいね。えっと……」
そう言ってエリスは1度ビンを側のテーブルに置くと腰から下げている袋をあさり始める。
そして手のひらより少し大きいビンを取り出した。持ってきていたようだ。
「どうぞ」
「おお、確かに緑色だ!これは何を原料にしているの?」
「グリーンスライムというモンスターです」
「え……スライムって薬の原料になるの?」
驚き半分呆れ半分の表情で男が顔を近づける。
「はい。喉通りが良いんです。それに解毒作用のある薬草等を混ぜて作ります」
「へー、ちょっとメモ取らせて!」
男は慌てて店の奥に駆け込むと紙とペンを持ってきた。今聞いた内容を素早く書き留める。
「お礼といってはなんだけど、紫色の解毒薬をあげるよ」
「あ、ありがとうございます………」
「いいよいいよ!いやー、僕は嬉しいんだ。
薬屋という看板を掲げてる以上、買いに来る人がほとんどだからね。
ましてやアンスタン大陸からの同業者なんだからもう願ったり叶ったり」
「それはどうも……」
少し困ったように眉を下げるエリスに男は微笑ましそうに目を向ける。
「本当は僕も色んな所に行きたいんだけどね。この辺りで薬屋は僕しかやってないんだ。素材集めで店を閉めることはあるけど、長くて2日なんだよ」
「大変ですね……」
「でも買ってくれる人がいるから頑張れるんだ。
そうだ!よかったら君の名前知っておきたいな。僕はロイト」
「……エリスです」
「エリスだね。よし、よかったらまた寄ってくれ!」
ロイトと名乗った男はエリスに握手を求める。
エリスはおそるおそる手を伸ばすと彼の手を取った。
「……また寄らせていただきます。あと緑色の解毒薬、差し上げますので」
「本当かい⁉ありがとうありがとう!!」
ロイトはエリスの手を握ったまま何度も上下させる。
そして我に返ると少し顔を赤くして手を解放した。