別大陸へ
「ヨッ、少しぶりッスね」
整備された道を歩いているエリスの前にボサボサ男が降り立った。頻繁に動き回っているようだ。
「……ってお嬢さんで合ってる?随分変わってるから不安なんスけど」
「あ、うん。合ってる」
「はー、良かった。いや、1つ言い忘れた事があってね」
目を丸くするエリスにボサボサ男は真剣な顔つきになると
話始める。
「前、酷い頭痛に襲われてたっスよね?
アレ、タイチョーの仕業ッス」
「え……」
「タイチョーは召喚されないと出てこれないけど、地下にいる間でも視覚と聴覚はお嬢さんと共有してるッス。
で、喚び出して欲しいと思ったら、お嬢さんに頭痛を起こして訴えるんスよ」
「……迷惑な訴え方……」
呆れるエリスにボサボサ男は話を続ける。
「頭痛をやめてほしかったら、タイチョーを常に出しとくしかないッスね。まぁどうするかは任せるけど。
……それと走り回ってて知った事なんスけど、
お嬢さん、50万オールかけられてるよ」
「50万……」
「ああ、絵付きでね。でも前の姿だから、もうしばらくは
ダイジョーブだと思うッスけど。……シーポルトって港町知ってるッスか?」
「アレキサンドルの南にある町ね」
エリスの言葉にボサボサ男は頷いた。
「そこから別の大陸に行く船が出てるそうッスよ。
しばらくこの大陸には居ない方が良いと思うんで、行ってみたらどうスか?」
「いい提案だとは思う、けど」
エリスは少し困ったように眉を下げてボサボサ男を見ている。話そうとして息を吸うが、迷いがあるようで口を閉じる。
「ん?なんか心配ッスか?」
「……とても失礼な事聞くけど、どうしてそんなに親身になってくれるの?」
ボサボサ男は軽く目を見開いたが、すぐに意味深にニヤリと口角を上げる。
「前に言ったじゃないッスか。お嬢さんの味方だって」
「そうだけど……」
「あまりにも親切だから怖いのか?」
エリスは小さく体を震わせたあと目を伏せた。どこを見てよいのかわからないらしく挙動不審になっている。
「ああ、そういう事か。ダイジョーブダイジョーブ。
裏なんて無いッスよ」
「……疑ってごめんなさい」
「別にいいッスよ。普通は親切にされ過ぎたら疑うもんな?タイチョーやオレはダイジョーブだけど、他のヤツにはそれぐらい警戒心持っていた方がいい」
「……言うの遅くなったけど、私はエリス。
あなたの名前は?」
「丁寧に名乗ってもらったとこ申し訳ないッスけど、オレは名乗るほどの者じゃ無いんでね。……ちゃんと名前は覚えとくんでそこは安心してほしいッス。じゃーな」
そう言ってボサボサ男は宙に浮くとそのままどこかへ飛んで行った。
エリスは複雑な表情を浮かべながらシーポルトへの道を進んだ。
シーポルト。アレキサンドルの南に位置する港町だ。
海が近いため波に備えてかレンガ造りの建物が多い。
エリスは周囲をキョロキョロと見渡しながら町の門をくぐる。
すると、腰まである赤い髪を揺らしながら1人の女性が
エリスに声をかけた。
「あなた、この町は初めてなの?」
「はい。船に乗ろうと思って……」
エリスは警戒して普段より低めの声で答えた。
女性は気にする素振りもなく話を続ける。
「船ね!そこまで案内してあげる。ついてきて!」
「え、でも」
「いいからいいから!」
女性は嬉しそうに言うとエリスの前を歩き始めた。
エリスは戸惑いながらも女性の後に続く。
「シーポルトはね、この大陸の玄関口なの。
人の行き来も多いし貿易も盛んなのよ!」
「そのようですね……」
アレキサンドルやパッカツとは違った賑やかさがある。
石造りの地面の上には多くの店が露店を出しており人々が買い物をしている。
漁業にも力を入れているようで、広場で頭にハチマキを巻いた男達が魚を捌いていた。
「あれは……」
エリスが足を止める。女性も何事かと振り向いてエリスの隣に立った。エリスの視線の先には人々が集まっている。
「あ、あれは掲示板よ。危険なモンスターや冒険者の仲間募集の情報とかいろいろなものがあそこに貼り出されるの。
今は、最近出たばかりなんだけどテオ……とかいう少女の捜索願が人気ね。アレキサンドルから来た情報で、お金もかけられてるし、みんな血眼になっているみたい」
「……そう」
「私はあまり興味ないんだけど。お金が出るほどだからよっぽど重要な人物なのね」
そう言って女性がエリスを見つめる。
彼女の瞳はオレンジ色だった。
「あら、あなたもオレンジ色なのね。私もオレンジだから何回も疑われてねー。もう初対面の人には疑われるのが当たり前になっちゃった。
オレンジ色の瞳の人なんてたくさんいるのにね」
「確かに困る……」
「よね!髪色が違うのに瞳の色だけで疑うなんて失礼だと思わない?」
女性は眉をしかめながら再び歩き始める。エリスは少し目線を下げて後を追った。
やがて船が見えてきた。大陸間を移動している為か
そこそこの大きさがある。30人ぐらいは乗れそうだ。
水漏れ等のチェックのためか船員達が慌ただしく動いている。
「船長さーん、この娘船に乗りたいんだって!」
女性が声をかけると甲板から男が顔を覗かせる。
「おう!そっち行くからちょっと待ってな!」
威勢の良い声が返ってきてガタイのいい男がエリス達の前に立った。航海で日焼けした肌が目立つ。
「この人が船長さんよ」
「おうよ!」
「は、初めまして。乗るのに何か必要な物は?」
「特にねぇよ。タダだ。常連は土産にいろいろくれるがな。あんたは初めてだろ?気にせずに乗ってくれや。
ただ……捜索願のせいで客の調査をしないといけない事になっちまってよぉ。俺達もやりたくないんだが、国からの命令だ。悪いがそれだけ我慢してくれや。ってあんた……」
船長がまじまじとエリスを見つめる。瞳がオレンジ色のため疑っているようだ。
「あのね、この子も私と同じなだけよ!何回も言ってるじゃない!オレンジ色なんてたくさんいるって!」
「だ、だけどよ……年も近ぇみたいだし」
「……確かにそうね」
女性までエリスを見つめ始めた。エリスはどうすれば良いのかわからず視線を泳がせる。
その時だった。
「坊っちゃーん、こんな所にいたんスか。困るッスよー
勝手に動き回られちゃ」
またもやボサボサ男が現れエリス達に近づいて来た。
今回はフードを被っている。
「坊っちゃん?君、男の子だったの?」
「あ、ああ……」
「なんてこったい、すまねぇ!女の子みたいな顔立ちしてたから、つい……」
「いやー、坊っちゃんが女の子と間違われる事なんて日常茶飯事なんで気にしなくていいッスよー。
ねぇ?坊っちゃん?」
少しからかうようにボサボサ男がエリスに声をかける。
エリスは少し顔を赤らめながらもボサボサ男を睨んだ。
「ところであんたはナニモンだ?」
「オレっスか?坊っちゃんの保護者っス。ああ、フード被ってるのは気にしないで。肌が弱いんだ」
「な、ならいいけどよ。って事はニイチャンも乗るんだよな?」
船長の言葉にボサボサ男は渋々といったように頷いた。
「おし、そろそろ時間だ、乗んな乗んな!」
「わわっ⁉」
「おぉっ!?」
エリスとボサボサ男の背中を押しながら船長が歩き始めた。
エリスはなんとか振り向くと女性に声をかける。
「あ、ありがとうございました!」
「いいよー。またおいでね!」
女性は笑顔で答えて手を振る。
エリスもなんとか振り返した。
「よぉし、錨を上げろォ!出港だー!」
「ウィッース!!」
船長の掛け声で船員達が準備に取り掛かる。
エリスは彼等の様子を眺めながら小さく息をついた。