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薬売りと魔王  作者: 望月 かれん
第1章
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間一髪

 イカナ村にエリスの姿があった。1人でいる事からボサボサ男とは別れ、ベルゼブブも返還されたようだ。

 灯りの無い道をコソコソと警戒しながら進んでいたが、人影を見つけて早足になる。


 「あ、あの……」


 「おや、もう周ってきたのかい?ずいぶん早いねぇ」


 人影はジョセフィーヌだった。

驚いてはいるもののどこか嬉しそうだ。


 「すみません、今、込み入ってまして……」


 「………ついてきなよ」


 エリスの表情から何かを読み取ったようで、ジョセフィーヌは深く尋ねずに先導を始める。エリスは身を低くして後をついて行った。

 少し歩いて村の中で最も大きいと思われる家の前でジョセフィーヌが立ち止まる。


 「村長の家さ」


 「えっ、ですが」


 戸惑うエリスをスルーしてジョセフィーヌがノックすると白髪の男がドアから顔を覗かせる。


 「おや、何か――おお、薬を売ってくれたお嬢さんじゃないか!こんな時間にどうしたんだね?」


 「込み入ってるんだってさ」


 「……ひとまず中に入りなさい」

 

 村長は2人を中に招き入れるとドアを閉めた。

部屋の中央に長方形のテーブルが置いてあり、その周りに椅子が3つ並べてある。村長はその1つにエリスを座らせると、自分は向かい側に腰を下ろした。


 「何があったのか聞かせてもらえるかね?」


 「実は…………」


 エリスがゆっくりと話始める。ジョセフィーヌは出ていこうとしたが村長が手で制止し座るように促す。

 彼女は諦めた様子で彼の隣に座った。 


 「……なるほど、生まれつき魔力が高い、か。それで国から追われていると」


 「はい……おそらく指名手配されてると思います」


 「ボスボアをあっさり倒しちまうから不思議には思ってたんだけどねぇ。そうかそうか。

 それにしても厄介な所に目をつけられちまったね」

 

 エリスが驚いた表情でジョセフィーヌを見る。


 「ボスボアを倒してくれたの、アンタじゃないのかい?」


 「そう、ですけど……」


 「なんだ、違うのかと思って心配したよ。……でもごめんねぇ。騎士様達が徴収に来た時にボスボアとアンタの外見の事を話しちまったのさ。……まさかこんな事になるなんて……」

 

 「いえ、私もアレキサンドルで呪文を使ってしまいました。それが原因です。あなたは悪くありません」


 お互いに謝る2人を村長は悲しそうに眺めていた。

そして小さく咳払いすると口を開く。


 「幸い、この村にまだそのような情報は来ておらぬ。だが時間の問題じゃろうな。

 束の間になってしまうかもしれんが

ゆっくりしていくといい」


 「でも……」


 「お嬢さんからもらった薬でワシら老人達の体の痛みが柔いでおるのじゃ。さすがに若い頃までとはいかんが、皆嬉しそうに畑仕事をしておる。

 お嬢さんには感謝してもしきれんのじゃよ。微力ではあるがどうかワシらにも協力させておくれ」


 「………ありがとう……ございます……」


 エリスは俯いて肩を震わせている。感極まったようだ。


 「よし、そうと決まればあたしはみんなに知らせてくるよ!」


 「頼んだよ、ジョセフィーヌ。……ワシは空き家の掃除でもしてくるかの」


 「急に名前で呼ばないでおくれっ!心臓に悪いじゃないか!」


 ジョセフィーヌは少し顔を赤くして家を後にした。

 村長は静かに見送った後、エリスに向き直る。


 「さて、落ち着いたら空き家に案内しよう。……ホットミルクでもいかがかな?」


 「……………………………いただきます」


 村長はニッコリと笑うと用意をしに台所へ向かう。そしてすぐに木でできたカップを持って来た。カップからは白い湯気が立ち上っており、彼はそれをエリスに差し出した。


 「ついさっきワシも飲みたくなって温めておったのじゃよ。良かった良かった」


 エリスは俯いたままだったが、小さくお辞儀をしてカップを受け取った。村長はゆっくり頷くと再び椅子に座る。


 「それにしてもまだ若いのに災難じゃの。……国も愚かじゃ。戦いの為に魔術を使うとは」

 

 「……魔術は……」


 「ん?」


 「魔術は力の差を見せつけるのに効果的なんです。剣術も武術も、もちろん魔術も鍛錬が必要ですけれど。

 剣と武はある程度攻撃は読めますが、魔術は直前まで何が来るか予測が難しいんです。

 アレキサンドルにも魔法使いはいるようでしたが、手っ取り早く勝利を収めたいんでしょうね」


 エリスはそう言ってからホットミルクを口に含んだ。


 「……アレキサンドル家も生まれつき魔力が高いのはご存知かな?」


 「聞いた事はあります。確かテオドールの次だったはずです」


 「そうか。侵略にも王家の者達が度々加わっておるようじゃが、あまりいい話は聞かんのぉ。

 不思議じゃな、魔術でバンバン支配していきそうなのになあ……」


 村長の言葉を聞きながらエリスはホットミルクを一気に飲み干した。空になったマグカップを村長に渡す。


 「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」


 「よしよし。……落ち着いたようじゃな。

それじゃ、案内しようかの」


 村長はエリスを連れて村の端にある家に向かった。

所々修理の後があるものの生活をするには問題なさそうだ。


 「この村であまり若者を見らんじゃろ?アレキサンドルに出稼ぎに行っておるのじゃ。時々帰ってくる者もおれば、身内を呼んで移住する者もおる。

 ここには誰も住んでおらんから好きに使うと良い。前の者が出て行ってそこまで経ってないはずじゃから調度品も使える物が多いと思うぞ」


 「ありがとうございます……」


 エリスは村長に深々と頭を下げた。村長は微笑むと彼女の肩に軽く手を乗せる。


 「ゆっくり休むといい。何か困った事があったらワシや

ジョセフィーヌに言っておくれ」


 「はい…………」


 2人は就寝の挨拶を交わすとそれぞれの家に入っていった。




 エリスがイカナ村に来てから2日目が過ぎようとしていた。

 まだ日が高くのぼっており、村人達は普段通り畑仕事や染色業に精を出している。

 何気なく村の入り口を見たジョセフィーヌは目を見開くと慌てて走り出した。そして村長の家のドアを勢い良く開ける。


 「大変だ、騎士様達が来てるよ!」


 「何⁉税の徴収には早すぎる。もしや……。

 ジョセフィーヌ、あの娘を頼む!」


 「ああ!任せときな!」


 ジョセフィーヌがエリスのいる家に行ったのを確認すると村長は村の入り口に立つ。しばらくして騎士達がガシャガシャと鎧を響かせながらやって来た。村長を見つけると敬礼する。騎士隊長が前に出た。


 「突然失礼。この村にテオドールの少女が居るとの情報が入った。すまないが調査させていただきたい」


 「はぁ……調査するのは構いませんが、テ何とか?の少女なんて知りませんぞ。今初めて聞いたわい」


 「む、貴方には秘密で知らせたのかもしれんな。貴方の言葉を信じたいが、情報が本当かどうか確かめなければならない。失礼……」


 「……悲しいですな。我々は今までしっかりと税を納めてきたというのに」


 騎士隊長は再び敬礼すると村長の横を通り抜けていく。他の騎士達も同じように通り過ぎていった。

 村長は眉間にシワを寄せて彼等を眺めていた。





 ジョセフィーヌはエリスを連れて地下倉庫へ来ていた。

薄暗く少しジメジメしており、大きめの樽や木箱がたくさん並べられて積み上げられている。


 「ここは倉庫。涼しいから食物の保存にうってつけなんだよ。さ、ここに隠れてな」


 そう言うと隅ヘエリスを押し込み、彼女が見えないように樽や木箱を並び替えた。


 「息苦しいと思うけど我慢しておくれ。騎士達もさすがに夕方までには帰るだろう。それと、あたしが呼びに来るまで絶対に声を出したり音を立てちゃいけないよ!他の人達でも返事しちゃダメだ!

 何があっても必ずあたしが呼びに来るからね!」


 「は、はい!」


 エリスの返事が聞こえたかはわからないがジョセフィーヌは満足そうに頷くと地下倉庫から出て行った。



 2時間ぐらい経っただろうか、複数の足音が聞こえてきた。エリスは身を強張らせる。


 「他に思い当たる所と言ったらここしかありませんな」


 足音の主は村長と騎士達だった。村中を見て回っているようだ。


 「ここは倉庫かね?」


 「そうです。できれば調査は控えて欲しいのですがな。

なにしろ食物が大量に保存してあるもので、動かされると

どこに何があるのか分からなくなってしまいますのじゃ」


 「それについてはご安心を。

 我々が元通りに致しますので」


 「そうですか……。お約束していただけるのなら調査してもらって構いません。

 先に言っておきますが、ここで最後ですからな。もう怪しい場所などありませんぞ」

 

 騎士達は頷くと樽や木箱を調べ始めた。ガタガタと騒がしくなる。エリスは緊張と不安からか目をギュッと閉じて、息を殺していた。

 数分後、多くの蓋を開けたためかいろいろな食物の匂いが混ざり悪臭となって倉庫内に漂い始めた。

頑丈な鎧でも臭いまでは防げない。


 「ウッ……ゲホッ……」


 「こ、これはキツイ……」


 「ひゃから、ひゃへて、ほひひほ、ひっひゃほひゃ

(じゃからやめてほしいと言ったのじゃ)」


 いつの間にか布で何重にも口と鼻を覆った村長が憐れみの表情で言う。


 「……こ、これだけ探しても、居ないのなら、村内には、居ない、だろう……て、撤退!!」


 騎士隊長の号令で騎士達が一目散に倉庫から出て行く。

そんな彼等を村長は面白そうに眺めていた。

 



 騎士達が出て行ってから数十分後、倉庫に1つの影が差した。布で口元を覆いながらゆっくりと扉を開ける。


 「あたしだよ。もう大丈夫さ」


 ジョセフィーヌはそう言って再び樽や木箱を動かし始める。片手なので最初より時間がかかったが、なんとかエリスの姿を目に映した。肩を叩くと服に挟んでおいた布を手渡す。


 「ごめんねぇ、最初から渡しとけば良かったねぇ」


 あまりの悪臭に顔を歪ませながらもエリスは首を横に振った。


 「……いえ、おかげで見つからずに済みました。

 本当にありがとうございます」


 「そうかい?なら、いいんだけど。それにしても面白かったよ。騎士様達、ヒーヒー言いながら帰ってった。アンタにも見せてやりたかったよ。……って笑っていい話じゃないか」


 「…………………………」


 「さ、出ようか。今、村長が村人全員集めて密告した人を割り出している事だろうからね」


 2人が倉庫から出ると、村長の家の前に村人全員が集まっていた。彼等の前に村長、その隣に若い男が立っていた。男は気まずそうに顔をそらしている。


 「……残念じゃが、デールが自白した。たまたま出稼ぎ先のアレキサンドルから帰ってきておるそうじゃな。……ワシはとても悲しい」


 「だってこの村は裕福とは言えないだろ⁉ちょっとでもお金をもらって皆でラクに暮らして欲しかったんだ!」


 村人達は複雑な表情でデールを見つめる。

村長が彼の肩に手を置いた。


 「デールや、お主の村への思いは伝わった。じゃが、少し向きが違ったようじゃの。確かにこの村は裕福とは言えん。 しかしな、ワシらは皆で協力して生活しておる。それだけで幸せなんじゃよ」


 「で、でもっ!」


 「確かにお金があれば裕福にはなる。しかしそれは一時的じゃ。永遠には続かんじゃろ?

 それに人を渡したお金で生活してワシらが喜ぶと思うか?」


 「じゃあ、どうすれば良いんだよ……」


 ガックリと膝を落とすデールに村長は目線を合わせる。


 「お主は今、出稼ぎに行っとるんじゃったな。そんなに村の事を思ってくれとるのなら戻って来てくれんかの?

 ちょうど特産物でも作ろうかと考えておってな」


 「だけど……お金が……」


 「出稼ぎをやめたからといってすぐに生活が苦しくなるわけでもあるまい。困ったらワシに言いに来ておくれ。皆で協力して立ち向かおう。

 ……さて、そろそろ戻ろうか」


 村長の一声で村人達が散り散りになっていく。

 彼はエリス達に気づくと早足で近づいた。


 「すまんのぉ、あの子も悪気があった訳ではないのじゃ。ワシらを思ってくれての事じゃった……お嬢さん?」


 「…………………………」


 エリスは無言で膝立ちになっている男――デールを睨みつけている。目に魔法陣のような模様が浮かんでいて表情はとても冷たく、すぐにでも殺しそうな勢いだ。


 「お、落ち着いてくだされっ!確かに許しがたい事ではある。だが、彼も反省しておるし……」


 「…………そうですね」


 エリスは両手を握りしめるとデールの傍まで行って耳元に口を近づける。


 「優しい方々でよかったですね……。村長さん達が居なければ殺しているところでした。

 もしこれで懲りたと仰るのなら、2度としませんよね?」


 「……ヒッ………は、はいっ………」


 「……命を軽くみないでください」


 エリスは立ち上がると振り向いた。先程までの冷たさは嘘のようになくなっており、不思議そうに村長達とデールを交互に見る。


 「あの……ほんの一瞬記憶が無いんですけど、何かしてしまった……みたいですね……」


 「ご、ごめんなさいごめんなさい!こんな事になるなんて……全然考えられなくてっ……」

 

 何度も謝罪の言葉を口にしながらガタガタと震えているデールをエリスは困ったように眺める。


 「お、お嬢さん?……さっきのはいったい……?」


 「まるで人が変わったように見えたんだけど、どうしたんだい?」


 「そ、それが私もわからなくて……あの、大丈夫ですよ?」


 エリスは戸惑いながらもデールに優しく声をかける。

 しかし彼の状態は変わらなかった。


 

 戸惑う3人を上空でボサボサ男が眺めており、右目にはエリスと同じ魔法陣のような模様が浮かんでいた。どうやらエリスにコントロール魔法をかけたようだ。

 一部始終を見ていたらしく、目を細めると大きなため息をつく。


 「……ハ、結局自分や大事な奴の為なら他はどうなっても良いってか。理解出来ない訳ではないが。

 悪いな、お嬢さんを利用するつもりはなかったが、少し魔法使わせてもらったッスよ。

 ああいうヤツラには1度灸を据えてやらないと理解しないんでねぇ」


 意味深に呟くとボサボサ男は宙を蹴ってどこかに向かった。

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