ベルゼブブ
「6年前だ。オレ様はある人間から喚び出されて「契約」を提案された。
まぁ、お前の父親なんだけどな」
「………………」
「内容は「娘を最期まで見届けてほしい」。しかも事故や災難を除いて――つまり、それらに合いそうになったら振り払えって事だ。
オレ様は当然断ったんだがな。子守りじゃねえって。
だが、お前の父親は食い下がった。言うには近々死ぬ運命にあるそうじゃねぇか。思わず惹かれて理由を聞いちまったよ」
「ヘー、タイチョーが惹かれることなんてあるんッスね」
フード男はボサボサ男を軽く睨みつけた。しかし諦めたようにため息をつくと再び口を開く。
「「私とその家族は生まれつき魔力の高いテオドール家の者だ。私達以外もテオドールと名のつく者は居るが、その魔力を手中に収めようとする者に見つかり、ある者は捕まって魔力酷使で死亡、ある者は魔力を争いに使われるぐらいならと自害した。それが原因で残っている者も少ない」と。
で、お前の母親が時々予知夢を見る事があったんだとよ。
ある日自分達が襲撃され、お前だけ逃げ延びる夢を見てしまったってな」
「……未来は変えられなかったの?」
「らしいぜ。それ以前に何度も予知夢を見て、変えようと試みたそうなんだが、何らかの形で同じ事が必ず起こったってな。
だからといって何でオレ様なんだよ、全く」
「そりゃタイチョーが最強だからッスよ」
「最強って……」
エリスは素早くボサボサ男に視線を向ける。
彼は一瞬驚いてから軽く首を傾げた。
「あれ?タイチョー、自分の事言ってないんスか?」
「悪いかよ……。はぁ、仕方がねぇ名前だけ教えといてやる。ベルゼブブだ」
ベルゼブブ。強い力を持っている悪魔の名。一部では魔王とも言われているようだが定かではない。
だが、魔法使いであるならば知らない者はいないだろう。
目の前のフード男がベルゼブブだとは信じられないのか、エリスは小さく口を開けたまま固まった。ボサボサ男が彼女の反応を見ようと顔の前で手を振る。
「おーい、生きてますかー?」
「ベルゼブブ……。そんな悪魔……いや、魔王と「契約」を……」
「ああ。相応の代償なら払ってもらってる。
たが、召喚してもらわないと地上に出てこれない上に、
受肉しないとスームズに喋れねぇなんて仕打ちを受ける事になるとは。
よくオレ様相手にやりやがったぜ」
「そんだけ警戒されてるって事ッスよ」
ボサボサ男の言葉にベルゼブブは機嫌が悪そうに顔をしかめる。
「オレ様が強いって知ってるからだろうが……。「契約」はちゃんと守るってーのに」
「……信じていいの?」
「ああ!信じろッ!……ってオレ様の事信用してねぇのか⁉」
ベルゼブブが怒りのオーラを出しながらエリスに詰め寄るが、彼女は戸惑いながら後退している。
「言う事は聞いてくれるし、助けてもくれるけど完全には……。
父からも「頼りにはなるけど絶対に信じちゃいけないよ」って」
「あのヤロォ、盛大な置き土産していくんじゃねぇ!
……いいか、確かにオレ様は魔王だ。だが、結んだ「契約」はぜってぇ守る!裏切りもしねぇ!」
「ヨッ、タイチョー、男前ッ」
「……喧嘩売ってんのかテメェ……」
ベルゼブブの怒りの矛先が今度はボサボサ男に向く。
睨まれた彼は困ったように眉を下げた。
「思った事言っただけッスよ。
褒め言葉なんですから怒らないでほしいッス」
「だとしても今言うな!タイミング考えろ!」
「ヘーイ……」
2人のやり取りを見てエリスは小さくため息をついた。
しかしすぐに真剣な表情をすると口を開く。
「……話は全く変わるのですが、今、私達はどの辺にいるんでしょうか?」
「アレキサンドル領内にいる事は間違いないッスね。
あ、あとそんな畏まらなくてダイジョーブ。
オレ相手にそんな事する必要ないッス」
「……わ、わかった。……どうしよう、これからの行き先が……」
エリスが深く考え始めた。するとボサボサ男が手を挙げる。
「テキトーに周ってればいいんじゃないスか?」
「たぶん私、指名手配されてると思うから適当には行動できない。
アレキサンドルとエベロス帝国が長年争っていて、最近は大きな戦いは起こっていないみたいだけど、いつ起きてもおかしくないし……」
「あー、だから騎士に守られながら移動してた訳ッスか。
……結局道具としか見てねぇじゃねぇかよ……」
最後の方が早口だったため聞き取れなかったのか、エリスが不思議そうにボサボサ男を見つめる。
「……大きな町には行けそうにないッスね。オレ、地上に
そこまで詳しくないけど。
タイチョー、なんかいい考え無い
スか?」
「いきなり話振んなよ。……コイツの事を知らないような場所に行くしかねぇんじゃね?」
「でもそんな場所あるとは考えにくいから、隠れながら過ごすしか……」
3人とも良い案が思い浮かばないようで、その場が静まり返る。
いつの間にか雲が晴れて三日月が黄色く輝いていた。