テオドール家
アレキサンドルから西に位置するパッカツという町にエリスは辿り着いていた。さすがに人の多さはアレキサンドルより劣るものの賑やかさは負けていない。
エリスは商店が立ち並んでいる町並みの隅に行くと商売道具を広げ始める。ここでも薬を売るようだ。
「そこの君、少し良いか?」
エリスが振り向くと複数の騎士達が立っていた。彼女は一瞬目を見開いた後、表情を曇らせる。
「……何か?」
「聞きたいことがあってな。ただあまりいい話ではないから、同行してもらえるだろうか?」
「……わかりました……」
エリスは表情を変えずに商売道具を片付けると騎士達の後に続く。しばらく歩くと兵舎の前で立ち止まった。
「中に入ってくれ」
「…………………………」
エリスが入ったのを確認すると騎士は扉を閉めた。部屋には
とんがり帽子目深にを被った1人の魔法使いが立っており、
エリスを見ると目を見開く。
「突然すまないね。本当は名乗りたい所なんだけど訳あって控えさせてもらうよ。
ひとまず、これを見てもらいたいんだ」
そう言って少女に向けて水晶玉を差し出す。そこにはアレキサンドルで呪文を唱えるエリスが映っていた。
「君で間違いないようだね」
「……………………………そうです」
エリスは消え入りそうな声で言ったあと俯く。
「なんの呪文を使ったかまでは分からないけど魔術道具が感知してね。少なくとも難易度の高い呪文だとは思うけど、これぐらいのものを唱えられる者なんてそうそういないんだよ」
「………………………………」
「それにすぐ噂になってる筈だ。スゴい魔法使いがいると。だけどそんな噂は聞いたことがない。
我々はある可能性を疑っているんだ。君があのテオドール家の者なんじゃないかとね」
エリスは無言のままだったが体が小刻みに震えている。
魔法使いは一息ついて再び話し始めた。
「テオドール家の者は髪も瞳もオレンジ色だと聞いている。君は髪色は違うが、瞳はオレンジ色だ」
「……瞳がオレンジ色というだけで私は連れてこられたんですか……」
「アレキサンドルでの事がなければ来てもらう事はなかっただろう。
先程も言ったが高難易度の呪文を唱えられる者なんて少数なんだよ」
「…………………………………」
魔法使いはエリスに視線を向けているものの、彼女は俯いたままなので表情が見えない。魔法使いは少し困ったように眉を下げた。
「ひとまず君をアレキサンドルまで護送する。
昼間だと人目につくから悪いが夜まで――」
「……うッ……あぁ……!」
「ど、どうしたんだい⁉」
両手で頭を抱えるエリスに魔法使いが慌てて駆け寄る。
「あ、頭が痛むのかい?すぐに頭痛薬を……」
「……ぁ…………がッ⁉」
エリスは目を見開いて短く声を上げると床に倒れ込んだ。
魔法使いは急いで扉を開けると周囲の者達に助けを求める。
何事かと複数の騎士が部屋に入って行った。
「はっ⁉」
エリスは兵舎のベッドに横たわっていた。最初とは違う部屋のようだ。
燭台に火が灯されている事から長い間意識を失っていたらしい。
魔法使いが気づいて声をかける。
「頭痛は治まったかい?」
「………………治まっています……………………すみません」
「治まったなら良かった。……パンとミルクを用意したんだ。空腹じゃ動けないだろうからね」
そう言って魔法使いがお皿に乗せてそれらを差し出す。
エリスはゆっくりと受け取った。
しばらく眺めてからパンをひとくちサイズにちぎって口に運ぶ。
「食欲はあるようだね。体調は?悪くないかい?」
「………………………………………はい」
「護送隊の準備は整っている。君の準備ができ次第出発だ。出来たら声をかけてくれ」
エリスは軽食を終えるとベッドから降りてローブのシワを伸ばした。それから側においてある商売道具を背負う。
「…………………準備できました」
「もう⁉……早いね?」
「……………………………荷物はこれだけですから」
魔法使いは驚きながらもエリスについてくるように声をかけた。再び寄宿舎の入り口に立つ。その付近には護衛と思われる5人の騎士が1列に並んで待機していた。
魔法使いがマントを羽織った騎士に近づいて何か囁く。
騎士は大きく頷くと敬礼した。
「では、発とう。各々配置へ!」
騎士達はエリスを連れてアレキサンドルヘ向かい始めた。
野盗やモンスターとの遭遇をできるだけ避ける為か徒歩での移動だ。
空は黒く、三日月が雲に遮られて微かに光を放っている。
2つのランタンの灯りを頼りに道を進んで行き、
ちょうど2つの町の中間地点に辿りいた時だった。
「すみませーん、そこのお嬢さん渡してもらえます?」
騎士達の前にフードを被りローブを身にまとった男が道を塞ぐようにして立っていた。
騎士達はエリスを守るようにして臨戦態勢に入る。
「貴様、帝国の者か?」
「もしくは暗殺者か?何故我々が通る事を知っていた?」
騎士達の気迫に男は全く動じず、めんどくさそうに頭に手を置いた。そしてゆっくりと口を開く。
「オレは帝国とは無関係ッスよ。それにアサシンでもない。
強いて言うなら個人的に用がある」
「個人的……?」
エリスが首を傾げる。目の前の男に心当たりはないようだ。
「貴様の言う事が事実だとしてもこの娘は渡せんな!
我々の希望なのだから!」
騎士の言葉に男は大きなため息をついた。
それから早口で何かを呟く。
「希望ねぇ……。同じ人間なのにお嬢さんの事まるで道具みたいな言い方するんだな。
ハ、くだらねぇ」
「貴様何をブツブツと……」
「それよりオレばっかり見てていいんスか?」
「は……?い、いつの間にっ⁉」
周りを見た騎士の1人が声を上げる。得体のしれないモンスターに取り囲まれていたからだ。球体の者が多く翼が生えていたり、角があったりと様々な特徴がある。
少なくとも20は超えているようだ。
「な、何だコイツらは!デーモン種?」
「おのれ!貴様の仕業かッ⁉」
「ウケケケケケッ!!」
鳴き声のようなものを出しながらモンスター達が襲いかかる。騎士達はどうにか倒していっているようだが、皆自分の事で精一杯でエリスから意識が離れている。
「……スキだらけじゃないスか」
男はそう呟くと騎士達の間をぬってエリスを抱える。
そして呪文のようなものを唱えると体が宙に浮いた。
エリスが離れようともがく。
「は、離してッ!」
「ダイジョーブ。オレはお嬢さんの味方だから」
「え?」
「とりあえず安全な所まで移動しよう。話はそれからだ」
何かを感じ取ったようでエリスは大人しく男の言葉に従う。
男は小さく頷くと宙を蹴って移動し始めた。
「聞き分け良くて助かるッス」
「あなたはいったい……」
「オレ?……タイチョーの部下」
「タイチョー?……うっ……頭……」
再び頭痛がエリスを襲い始めたようで顔を歪めている。
その様子を見て男は大きなため息をつくと目線を下に向けた。
「どっか降りられそうなとこ……あそこでいいか……」
男は着地地点に向けて宙を蹴るスピードを早める。
やがて小さな川が流れる草原に降り立った。周囲に危険がない事を確認するとゆっくりとエリスを降ろす。彼女の表情は歪んだままだ。
「……ま、まだッ……」
「そりゃそうッスよ。早く出してやって」
「出す?……」
首をひねりながらもエリスが呪文を唱えると描かれた魔法陣からフードの男が飛び出し真っ先に彼女の肩を掴んだ。
「……ハナシ……!」
「わ、わかったから……インカーネーション……」
アレキサンドルの時と同じようにモヤが男を覆い、それが晴れるとフード下の目が普段よりギラついていた。機嫌が悪いようだ。
「テメェなんのつもりだぁ⁉」
「え、えっと……?」
「えっと……じゃねぇ!なに虫ケラ共に大人しくついてってんだよ!抵抗して逃げやがれ!」
フード男はそう言いながらエリスを激しく揺さぶった。それに合わせて彼女の頭と体も大きく揺れる。
「そ、う、言わっれ……て……も……」
「タイチョー、せめて揺さぶるのやめてあげてくださいよ。上手く喋れてないじゃないッスか」
「……チ」
不満そうにしながらもフード男は揺さぶるのをやめた。
エリスが軽く頭を押さえながらフードの男達を見る。
「えっと……2人の関係は?あとタイチョーって……」
「文字通りタイチョーっス。オレの恩人でもある」
そう言いながらエリスを抱えた男がフードを取った。
ボサボサの短髪で長い前髪が左目を覆っている。右目はタレていて生気が無いように見える。
「あなたも人じゃない……」
「そう。今はタイチョー代理で走り回ってるッス」
「まさかオレ様がここまで動きを制限されるとは思っていなかったからな。助かった、部下1号。
はぁ……我ながら面倒な「契約」結んじまったぜ」
フード男が腕を組んで言う。彼はフードを取っていないので表情は読めないものの、先程までの怒りは収まったようだ。
「タイチョー、オレ「契約」したって話しか聞いてないッスけど具体的にどんな内容なんスか?」
「……そういや話してなかったな。ちょうどいい。お前も聞いとけ」
フード男はエリスを見ながら言うと口を開いた。