ベルゼブブの奥の手
一方、エリスは立ち塞がったベルゼブブを睨みつけていた。
「止まれって私に言ったのね?嫌よ。
兵士達の恐れ逃げ回る様を見れなくなるもの」
「ハッ、随分残虐になっちまったな。
これもお前の仕業か?」
ベルゼブブがエリスの後ろにいるジョルジュを見据える。
「……私も驚いているよ。まさかこんなに変わるとは思っていなかった」
「そうかよ。――おっと!」
そう言いながらベルゼブブは体を左にひねる。エリスが
大人を簡単に包む程の大きさの火球を放ったのだった。
後方に居たエベロスの兵士達に向かったようで戸惑いの声が響きわたる。
「……どいてちょうだい」
「ヒヒヒッ、嫌なこった!
……その様子だと多少痛めつけても大丈夫そうだなぁ?」
ベルゼブブはニヤリと口角を上げると両手を広げた。
その頃アレキサンドルの陣営ではラング王が不機嫌そうに
エベロス帝国がある方角をを睨んでいた。
王自らが戦地に足を運ぶ事など無いのだが、よほど勝利の瞬間を味わいたいようだ。
ラング王が近くにいる騎士に声をかける。
「戦況はどうなっている?こちらが優勢か?」
「そ、それが、第3勢力と名乗る者が黒いモンスターと共に現れまして。なにしろモンスターの数が多く、両軍はそれの相手に意識が向いている状態でございます!」
「ええい、テオドールを向かわせんか!」
「お、恐れながら申し上げますと、どこからかフード男が
現れテオドールを鎖で拘束した挙げ句、バリアを張り誰も近付けない状態でありまして。
おそらくフード男も第3勢力であるかと……」
ラング王は足を踏み鳴らして椅子から立ち上がると騎士を睨む。
「ジョルジュは何をしている?役立たずが!ワシが行く!」
「し、しかし王自ら……」
「どけ!」
ラング王は騎士を突き飛ばすと大きく音を立てながら歩みを進める。
少しの間にかなり魔法をぶつけ合ったようでエリスも
ベルゼブブも傷を負っていた。しかしそこまで酷くはなく少量の出血と、ところどころローブが破れているぐらいだ。
兵士の言っていた通り、エリスは黒い鎖で動きを封じられており、噛みつきそうな勢いでベルゼブブを睨んでいる。
「ふー、やっと捕まえた。隙見つけるの大変だったぜ」
「離しなさい」
「ハッ、嫌だね。解放したらお前、オレ様を殺すだろ?」
「ええ。邪魔だもの」
ベルゼブブが面白そうに口角を上げる。
「フン、見事に操られやがって。さて――」
「アースブレイク!」
振動が起き2人の視線が外に向けられる。
ジョルジュがバリアを破壊しようと魔法をぶつけたのだった。
「壊れない⁉いったい何の魔法を?
いや、そもそも魔法なのか?」
「魔法なのは間違いねぇよ?だが、少し特殊でな。
少なくとも人間には扱えねぇ」
「さすがは悪魔……。ゴッドジャッジメント!」
再び魔法を放つがバリアにはキズ1つついていない。
「くっ、堅い!」
「……今のは高度な魔法だな。だが、残念。
まだ威力が足りねぇ」
「ッ!ナメないで!」
エリスから凄まじい魔力が溢れ出して鎖を覆ったが
それは変わらず体に巻き付いていた。
「どう……なってるの?この鎖……ぐぅッ⁉」
「魔法使う余裕があったか。なら、その余裕を失くすぐらいには縛っとかねぇとな?」
ベルゼブブはエリスに手のひらを向けると握りつぶすような仕草をした。鎖どうしがぶつかって金属音を立て、さらにエリスを締めつける。
「ぅッ……!」
「そういやお前を縛んのは初めてだな。苦しいだろ?
これでも加減してるんだぜ?」
「ヘヴンズクロス!…………グッ!」
懲りずにジョルジュが魔法をぶつけた。難易度の高い魔法を連続で使用した影響で息が上がっている。
ベルゼブブはジョルジュを睨むと右手を空に向ける。
「まだ諦めてねぇか。デメイション・ランス!」
どこからかブキミな黒いオーラをまとった槍がジョルジュにも向かって降りそそぐ。
「内側から攻撃⁉どうなってるんだ⁉
く、ホーリーリング!」
ジョルジュは光属性の魔法を使ってベルゼブブの槍を打ち消していった。
「辛そうだが、まだ限界じゃねぇのか。
流石とだけ言っとくぜ」
「……それは……どうも。……あとこれは特殊な魔法じゃ――――ッ⁉」
今までの槍よりも一回り太い槍がジョルジュの腹に突き刺さった。
「油断してんじゃねぇよ。
オレ様の槍を消して安心したか?」
前屈みになっているベルゼブブの姿勢からどうやら槍を投郷したようだ。
ジョルジュは立ち尽くしており、目から生気が失われている。
「身体的ダメージは無いから安心しな。
たが、精神的ダメージならあるけどなぁ?」
「………………………」
「さて、静かになったし洗脳を解こうじゃねぇか」
ベルゼブブはエリスに向き直るとゆっくりと距離を詰める。
「こ、ないっで……!」
「聞けねぇ。……やっぱ強く洗脳されてやがる。
簡単に解ける訳ねぇよな。
仕方がねぇ、奥の手使うか」
そう言うとベルゼブブは何かを呟くと目を閉じた。すると淡いオレンジ色の気が彼を包み、吸収されていった。
ベルゼブブが目を開ける。いつものギラギラとした目つきではなく、彼にしては違和感のある人間らしい温かい目をしていた。ゆっくりとエリスの耳元に口を寄せる。
「な、なにをっ……!」
『エリス……私が分かるかい?』
エリスはこれでもかというぐらい目を開いて動きを止める。
「お、とう……さん……?」
『ああ良かった。分かるんだね。まさかこんな機会が来るなんて思ってもなかったよ。
ある意味ベルゼブブには感謝しておかないとね』
「な、なんで……」
『時間がないから手短に話すよ。1つ『約束』をなくそう。「争いの為に魔法を使わない」。
使わなくてもいいのなら使ってほしくない。でも、どうしても使わないといけない時もあるだろうからね。分かったかい?』
エリスが震えながらベルゼブブを見る。目に光が戻っている事から洗脳が解けたようだ。口を動かしてはいるが声が出ていない。
『辛い経験をさせてしまって本当にすまない。
今までよく頑張ってきたね』
「あ……」
『ずっと見守っているからね』
ベルゼブブの手がエリスの頭を撫でる。そして彼の体から
淡いオレンジ色の気が放出された。
エリスは少し目を潤ませながらベルゼブブを見つめる。
「あ……」
「やっと戻って来たかよ。手間かけさせやがって。
オレ様に奥の手使わせるとはよ」
少し怒りを声に含んで言うベルゼブブの目つきは元に戻っていた。
「な、なんであんな事……」
「奥の手だってつってんだろうが。お前の父親のタマシイの欠片を持っといたんだよ。こんなにも早く使う事になるとは思ってなかったがな!
あと、感傷に浸ってる場合じゃねぇぞ!」
ベルゼブブがそう言った直後、ガラスが割れるような音をたててバリアが破壊される。
眉間にシワを寄せたラング王が立っていた。




