諦めと覚悟
エリスはマーレ港の薬屋ロイトを訪ねていた。
迷っていたようだが聞いた方が良いと判断したらしい。
来店者がエリスだとわかるとロイトは満面の笑みを浮かべる。
「おお、エリス!また何か持ってきてくれたの?」
「薬を用意しないといけなくなったので、作り方を教えてもらおうと思いまして……。
この大陸のモンスターの事が分からないので」
「いいよ!」
ロイトは快く引き受けるとエリスを店の奥に案内した。
材料を混ぜるため金属製の容器や道具が至る所に並べられている。
「それで、何の薬?」
「ヤケド治しと痛み止めと切り傷に効く薬です」
「ずいぶん多いね……」
「物々交換なんです。ドワーフさん達に」
「ああ、なるほど。……今何か材料持ってる?」
ロイト早く納得したように頷くとエリスに尋ねた。
エリスは小袋から取り出して近くにある机の上に広げる。
「少しだけ集めてみました」
「パープルワームの体液、スチールイーグルの羽根に
ゾンビキャット⁉……のヒゲ⁉よく倒せたね⁉
夜しか活動しないのに」
「茂みで寝てましたので。ゴミとか荒らしそうだったからつい……」
「あ、うん。被害が多くて困っているのは確か。
そうか……ヤケド治すのにヒートスライムの体液がいるんだよね」
ロイトの言葉を聞いてエリスは困ったように眉を下げてから首を傾げる。
「この辺りにはいないみたいでしたけど」
「ああ、ヒートスライムは灼熱鉱山にいるんだよ。
ドワーフの集落のさらに奥にあるんだ。
名前の通り火を扱うモンスターが多い。
あと、岩系のモンスターも」
「わかりました。行ってきますね」
「待って、僕も行くよ。道案内しよう」
エリス達が店通りに出ると1人の魔法使いが立っていた。
とんがり帽子を目深に被っているがジョルジュだ。
少し機嫌が悪いのか鋭い目でエリスを睨んでいる。
ロイトが迷わず声をかけた。
「ん?お兄さん、僕達に何か用?」
エリスはジョルジュに近づくと口早に言った。
「すみません、2日だけ待ってください。
またここに来ますから」
「何が…………いや、今は聞かないでおこう。
わかった、2日後だね」
そう言うとジョルジュは去って行く。
ロイトが何事かと2人を交互に見た。
「今の人、知り合い?」
「……敵対してます」
「ええっ⁉……よく見逃してくれたね⁉」
「何か思う事があったんでしょう」
そう言うとエリスの表情は暗かった。
灼熱鉱山に着くとロイトの先導の元、エリスは素材を集めていった。ヒートスライムが目的だったが、何かに使えるかもと、ロックラットの齒やアナグラゴブリンの角も採集していく。
「ゾンビキャットの時も思ってたけど、エリス意外と容赦ないね」
「モンスターを倒す事に何も思っていない訳ではありません。できるだけ苦しめさせずに倒すようにしています」
「そ、そう。僕はまず一撃で倒せないからなぁ。ハハハ。
……じゃあ、帰ろうか」
ロイトの手助けもありエリスは頼まれた分の薬を完成させた。
「本当にお世話になりました。ロイトさんがいなかったらこんなに早く出来なかったです」
「お役に立てて何より。それにエリスの手際も良かったからね。
また今度寄ってくれる時はアンスタン大陸の薬を持ってきてほしいなー」
「は、はい。持って来れたら……。失礼します」
エリスはマーレ港を出ると早足でドワーフの集落へ向かった。
作業場の近くまで来ると立派なヒゲを生やしたドワーフが声をかける。少しエリスを警戒しているようだ。
「何か用……なんだよな?」
「別のドワーフさんに頼まれていた薬を持ってきました。これが終わったら去りますから……」
「ああ、わかった。って事は物々交換か。
ちょっと待ってな」
ヒゲを生やしたドワーフはどこかへ向かった。
しかしものの数分で戻ってくる。手に袋を握っており歩くたびにガチャガチャと音を立てている。約束通りビンが入っているようだ。
「ほらよ、物々交換の品だ」
「ありがとうございます」
エリスが受け取ったのを確認するとドワーフは複雑な表情で語り始めた。
「……別にお前さんの事が嫌いな訳じゃ無いぜ。
ただ、あんな奴等に追われてるんなら、いずれ俺達にも被害が出るかもしれねぇ。いや、俺達は良いんだが、姫さんに何かあっちゃ困る。
だから早く出ていってくれって言ったんだ」
「そうだったんですね。すみません。
さようなら……」
エリスはドワーフの集落を後にしてマーレ港に戻った。
薬屋の付近を慎重に歩いていると背後から声がかかる。
「待っていたよ。だが、その前に少し話したい。
ついてきてくれるかい?」
エリスはゆっくり振り返ると小さく頷いた。
エリスが連れてこられたのは人気の無い路地裏だ。
ジョルジュは一息つくと口を開く。いつもどおりの穏やかな表情で目に以前の様な鋭さは無い。
「フードの男とは喧嘩でもしたのかい?姿が見えないけど」
「……あなたには関係の無い事です」
「そう言われると何も返せないな。……あともう1つ。
気が変わったのは何故かな?」
「…………………………疲れました」
「え?疲れた?」
予想外の答えだったらしくジョルジュが目を丸くする。
「まぁ、うん……そうか……。
でもそんな簡単に意志を曲げるなんてね」
「………それは……………ッ!」
エリスの頭に何かが直撃し声を上げる隙もなく地面に倒れる。その隣にグラドが立った。
どうやら建物から降下してエリスを攻撃したようだ。
「よーやく、目的達成かよ。手こずらせやがって。
……にしても何なんだコイツは。今日はやけに警戒心が薄かったじゃねぇかよ」
ピクリとも動かないエリスを見ながらグラドが吐き捨てる。
ジョルジュは彼を横目で見ながらポツリと呟いた。
「……私にもわからないけど、彼女は捕まるつもりだったのかもしれない」
「はぁ⁉なんだそりゃ⁉逃げてた意味ねぇじゃねぇか!」
「そうなんだよね。……どういうつもりなんだろう。
……さて、帰ろうか。グラド、悪いけど彼女を運んでくれるかい?」
「は?なんで俺なんだよ!アニキでいいじゃねぇか」
グラドが詰め寄るとジョルジュは照れくさそうに鼻を掻く。
「いや、私が運ぶとどうしても横抱きになってしまうんだ。悪い意味で注目されてしまうからグラドの方がいいかと思って……」
「運び方を変えろよ!
担がなくても背負うとかできるだろ⁉」
「なんか恥ずかしくてさ……」
「アニキ……女に対して耐性無かったのか?」
「そうみたいだね」
軽い笑みを漏らすジョルジュを見てグラドは大きなため息をつくと口を開いた。
「わかったよ、今回は俺が運んでやる」
そう言うとグラドは慣れた手付きでエリスを担いだ。
「……慣れてるね?」
「よく相手の意識飛ばすからよ。
動き封じるだけじゃ口煩くてたまらねぇ」
「あー……」
ジョルジュはどこか納得したように声を洩らすと歩き始める。グラドも小さく舌打ちをして後に続いた。




