イレーネの夢
イレーネの家は他の家より少し高い位置にあった。
やはり王族だからだろうか。家の造りに合わせて調度品も木製の物が多いが質の高い材料を使っているようだ。
部屋の隅にベッドがあり、傍には剣が3本立てかけられていた。手入れはしっかりされているようで刃が銀色に光っている。
イレーネはテーブルの側に積み上げられているイスを降ろすとエリス達に座るように促す。
「ど、どうぞ座ってください」
「お言葉に甘えて……」
「………………………オレ様はいい」
イレーネはベルゼブブを驚いたような顔で見た後、少し悲しそうに目を伏せてイスを1つ片付けた。
そしてテーブルを挟んでエリスの正面に腰かける。
「な、何の話をしましょう?」
「そうですね……出身地の話でもしましょうか。
私はあなたと同じ大陸から来たんですよ」
「え、そうだったのですか?わかりませんでした」
「……わかったら逆にすげぇだろ」
ベルゼブブがすかさず口をはさむ。
「あ、あのエリスさんは追われているんですよね?
テ、テオドールさんだから。……辛くないですか?」
「まぁ……だいぶ慣れました」
「ス、スゴイですね。
あの……聞いちゃいけない事かもしれないのですけど、
国から逃げているのは、ど、道具にされちゃうからですよね?」
「はい。それに両親との約束です。「戦争に魔法を使わないで欲しい」という」
ベルゼブブは少し驚いた様子でエリスを見る。どうやら初耳だったらしい。
エリスは何かを思い出したように小さく声を上げると口を開いた。
「私から1つお尋ねしても?」
「ど、どうぞ……」
「アレキサンドルとエベロスが争う事になったきっかけ
ってわかりますか?」
イレーネは首を何度か捻って唸る。
「私もよくわかっていませんが、いきなりアレキサンドルの人がエベロスの城下町で魔法を使って暴れたのが原因かと……。
それでお互いにピリピリし始めて、今に至っていると思います」
「城下町で暴れる前にアレキサンドル側で何かがあったんでしょうね……」
「は、はい……。私達もそのように考えてはいるのですが
行き詰まってて
……王族クラスの人に聞かないとわからないかと……」
「今までの争いで王族同士でやり合った事無いのか?」
イレーネの言葉を聞いてベルゼブブは腕を組みながら面倒くさそうに口を開いた。
「す、すみません、わからないです。私は参加した事がないし、お兄様やお姉様に聞いても結果しか教えてくれなくて……」
「……明らかに何か隠してますよね?」
「そうなんですけど……お母様から口止めされているのかもしれません。お母様が1番強いので……逆らえないんです」
イレーネは小さなため息をついた。エベロス王族にも何か深い事情があるようだ。
「……話を逸らしますけど、お兄さんとお姉さんがいらっしゃるのですね?」
「あ、はい。お兄様とお姉様が1人ずつ。2人共とても強くて、私なんか足元にも及ばないぐらいで……」
「……………………」
エリスは何かを言いかけて口を閉じた。指摘したかったのだろうが、本人も自覚していると思って控えたようだ。
「わ、私がなかなかモンスターを倒せないからなのはわかっているのですけど、戦いなんて大嫌いなもので。
もしアレキサンドルさんとの戦いが終わったら、のんびり暮らしたいんです」
イレーネはいきなり立ち上がってベッドまで行くと屈んで下に手を伸ばした。そしてすぐに席に戻ってくる。
彼女の腕の中には白い犬のようなモンスターが寝息を立てていた。
「その子は……」
「ランダドッグというモンスターで、ラッキーといいます。名前は私が勝手につけたんですけど。
ケガしてるのを放っておけなくて、手当てしたら懐いてくれました」
モンスターは凶暴な性格が多い。ランダドッグが凶暴かどうかは分からないが、このモンスターはまだ子どもという事もあってイレーネに懐いたのだろう。
「わ、私は回復魔法なんて使えませんけれど、こうやって傷ついてるモンスター達を手当てしたいんです」
「……………………………」
エリスは黙り込んだ。彼女も戦闘はできる限り避けようとするため、イレーネの言う事が理解できない訳ではないのだろうが、少し眉を寄せてイレーネを見つめている。
「じ、自分でも甘い事を言ってるのはわかっています。
でも諦め切れなくて……」
「……アレキサンドルとのいざこざが終われば、あなたのしたい事ができるでしょうね」
「え……?そ、そうですよね……」
イレーネはそう言って目を伏せる。遠回しに戦いに参加しろと言われていると思ったようだ。
「すみません、無責任な事を言いました。でも、必要な時に迷いなくモンスターを倒せるぐらいには鍛錬しておいた方が良いかと思います」
「あ、あのどうやったらモンスターを倒せるのですか?」
「……私は、仕方が無いのでなるべく苦しみを与えないようにすぐケリをつけます。
そうですね……剣だったら真っ二つに斬るとか」
「ま、真っ二つ⁉」
顔を青くするイレーネにエリスは何度めかの呆れ顔をする。
「最初にお会いした時にヒートスライムを斬れるようになったと仰っていましたけど、その時はどのように?」
「そ、それが無我夢中で覚えてなくて……気づいたら消えてました……」
「さっきのドワーフ、よくそれで土台ができたとか言えたな……」
「……まず意識がしっかりしてる時にヒートスライムを斬れるようにならないといけないのでは?」
エリスの的を得た発言にイレーネはうつむいた。しかしすぐに顔を上げるとエリスの目を見つめる。
「す、少しずつ、頑張ります……」
「……かげながら応援はしますよ。
忙しい所、話をしてくださってありがとうございました。
ドワーフさんと取り引きしていたのを思い出したので、
そろそろ失礼しますね」
「そ、そうだったのですか?気づかずにすみませんっ!」
「……気づいたらすげぇよ」
また素早く反応したベルゼブブを横目で見ながらエリスは立ち上がるとドアに向かう。
「あ、じゃあまたここに寄ってくださるのですよね?
またお話してくれますか?」
「時間があれば……」
「わかりました!む、無理にとは言いませんので!」
エリスはイレーネに軽く頭を下げる。イレーネも同じ動作をした後、小さく手を振った。
集落の一角にある広場でエリスは足を止めて重い息を吐く。
「エベロスにも何かあるみたいね」
「ヒヒヒッ、人間は面白いなぁ!
なかなかクズの気配がする!」
「……簡単に魂を持っていかないでね」
「どうだろうなぁ?ソイツ等のクズ度によるぜ」
「……そう。……ひとまず薬の材料を集めに行くから」
エリスはベルゼブブの言葉を軽く流すとため息をついて歩き始めた。




