第一話:夜道は続くよ、どこまでも
カチャ。コンビニは正門から歩いて、10分のところにある。
カチャ。世間一般の感覚でいえば不便と感じるんだろうが、この田舎でもう3年近く暮らしている僕に言わせれば全く問題ない。
カチャ。何せ24時間スーパーに行くとなると、ここからさらに40分近く歩かなければならないのだから、それに比べれば便利で便利でしょうがない。
カチャ。実家からここに来てすぐの時は畑だらけのこの場所に少しびっくりしたが、それでも少しも不便とは感じなかった。きっと一人暮らしの嬉しさで麻痺してたんだろうな。
カチャ。彼女と付き合いだしてからもこの道は何度も通った、もうその時には一人暮らしの興奮からも醒めていたが、彼女と手を繋いで歩いたこの道は幸せな記憶でいっぱい。
カチャ。だから初めてじゃないだろうか?こんな憂鬱な気持ちでこの道を通るのは。
カチャ。天気が今日の出来事を見透かしたかのように、昨日まで温暖だった気候は一変して、風が吹きすさぶ秋の表情になっていた。
「もう9月だったよな・・・通りで寒いわけだよ。夜はもう上着がいるな」
カチャ。これも独り言。誰に聞かすでもない空虚な言葉の羅列。まあどんなに飾った言葉で言おうと今の僕は完全に危ない奴ってこと。ホント親兄弟には見せられない姿だな、こりゃ。
大体、僕が今日薄着の理由なんて自分で一番良く知っている。今日は本当は彼女と食事に行く日だったんだ。そして彼女は寒がりでいつも僕の腕に自分の腕を絡ませてきた。
だから秋の寒空でも僕は薄着で寒くない。いや寒くなかった。寒くないはずだった。つまりそういう訳、おわかり?カチャカチャ。
「さっきからなんだよ!!カチャカチャカチャカチャうるさいな!マジKYだよ!」
八つ当たりだった、完全に。自分がイライラしてるからって、他人を怒鳴るなんてホント最悪だ。すぐに謝らなくちゃ。
そう思いすぐに音のする方に視線を向けると―カチャ。
カチャ。カチャカチャ。カチャカチャカチャ。その耳障りな音を出していたのは、あるべき場所を失い、不甲斐ない主を蔑むかのようにせわしなく動く右手。その手の先には2年間の激務に耐えボロボロになってしまった携帯。液晶に写るのは「新着メール無し」「新着メール無し」「新着メール無し」「新着メール無し」
「僕って奴はつくづく度し難い男だな・・・こうして携帯を弄ってれば彼女がメールをくれるって?『さっきのは嘘だから、早く食事に行こうよ♪』って送ってくるか?はっ!馬鹿じゃないのか?」
んなわけないだろ?彼女は今、新しい『彼氏』の家で食事を食べてるんだ。夢見たいな事言ってる暇があったら、さっさとコンビニに行けよ、僕。
真夜中のコンビニ。そこは僕ら学生にとって想像以上に魅力的な場所。
夜食、立ち読み、ツマミの補充理由なんてホント些細なものなんだろうけど、酒とセックスあとはカラオケぐらいしか娯楽のないこの辺では、深夜に煌々と輝くその照明によって引き寄せられる蛾のように、僕達はここに魅了される。
「うわぁ……」
入り口に設置された殺虫機によって殺された、大量の蛾・羽虫を見て思わず声が漏れてしまった。食事前に見るもんじゃなかった…。僕はその死骸を横目にさっさとに自動ドアへ急いだ。
店内には薄っすらエアコンが効いていたが、外よりは幾分温かい、きっと明るすぎる照明と、もう日が変わろうというのに帰る気配が無い客のせいだろう。僕もやっと人心地ついた。やはりどこかで人寂しいと思っていたんだろうか?
「うーん、チーカマ嫌いなんだよな・・・僕。から揚げは―ちぇ、無いかぁ」
店内で今日のディナーの物色。コンビニのお惣菜はどうしてこう心躍るのだろうか?
おっ!?新作ポテチも出てる♪
もちろん購入。ポテチにお金を惜しむ男は出世できない。これは僕の自説であり座右の銘だ。真偽?僕を見れば分かるでしょ……。
こうして僕は満足な食料調達を行った。これだけあれば、おかずにもツマミにも充分だろう。そうそうついでに雑誌も3冊、これだけあればオカズ充分だろう。
僕はさっきまでの憂鬱を忘れ、有頂天だった、気分は絶好調!!秋の季節は変わりやすい、そして男女平等が叫ばれる近年では振られ男の気分も変わりやすいようだ。
夜はまだまだふけていく……。