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ようやく幸せを手に入れました

「姫様!?どちらへ!」




スカートタイプの軍服を翻してご機嫌で出かける私を、護衛が慌てて引き留める。




どちらへと言われても、私が行くところなんて決まっているのに。




「ディークのところよ!」




愛しの婚約者様に会うためなら、例えそこが星の裏側でも行ってみせるわ。




私たちが恋人同士になって早半年。




名実ともに婚約した私とディークは、らぶらぶな日々を送っていた。




「お待ちを!ユウナ様!」




待てるわけがない。


二人きりになりたいから、わざと撒いていこうとしているのに。




だいたいこの国で一番強いのはディークバルド。そして二番目が私。




護衛なんていらない。


私たちが揃っているときに襲撃できる人は、多分この国にいない。




仕事を終えた夕暮れどき。


城の中を急ぎ足で駆け抜け、私はバラが咲き乱れる庭園へやってきた。




「ふふっ……、早く会いたい」




歩きながらひとり言が漏れる。


これから私は、ディークに会いに行くので嬉しくてたまらない。毎日会っていても全然飽きないし、仲は深まるばかりである。




彼はこの時間、いつも宮廷魔導士の研究所。だから、きれいなお花でも持っていって一緒にお茶をしようと思っている。




けれど、私が花を摘むより早く、周囲に軽い竜巻が発生してその中心から彼の姿がふっと出現した。




「ユウナ、ここにいたか」




美しい蒼色の髪に夕日が降り注ぐ。


あぁ、存在自体が神々しい。きゅんとしてしまい、胸を押さえる私。




ディークは私を見つめ、柔らかく微笑んだ。




「心配した」




「もう、おおげさね」




彼を見ていると、公務の疲れなんて一瞬で吹き飛ぶから不思議。




「いつもと違うルートを通っていたから、何事かと思った」




「あなたの研究室へ行く前に花を摘もうと思って」




ディークは魔法で私の位置がわかるから、ちょっとでもいつもと違うルートを通るとこうして突然に現れる。転移魔法を使い、スッと私のまわりにやってくるのだから驚いてしまう。




「会いたかった」




ぎゅうっと私を抱き締めた彼は、ブロンドの髪に顔を埋めた。




「ユウナ、愛してる」




「ふふっ、私もよ」




彼をそっと抱き返した私は、心地良さに目を閉じて微笑んだ。


かなりイチャついてるけれど、こんなものはまだ序の口である。




「今朝、婚姻申請書をもらってきたんだ。でも驚いたよ。夫婦になるのに、どうしてか君と俺の名を書く欄が別々なんだ。名前を重ねて書いてひとつにしたら、書記部からこれではダメだと言われてしまって……めんどうだから精神魔法を使ってルールを変更した」




「もう、ディークったら」




最凶黒魔導士な宮廷魔導士に、不可能はない。




「でも魔導士長にバレて叱られたんだ。ユウナに三日会わせないぞって脅されて。どうやって三日会わせないつもりなんだろう。そんなことすれば、世界が1日で滅びるのに……おかしいよね」




クスリと笑う彼は、儚げな笑みが美しい。瞳の仄暗さがたまらない。




「ふふっ、世界は取っておいて?私のために」




「もちろんだ。ただし滅ぼしたくなったらすぐに言ってくれ。いつでもやれるから」




付き合ってから気づいたのだが、彼は世界トップクラスのヤンデレだった。日本と違って魔法があるので、その脅威は無限大。




私に近づく者は徹底的に調べ上げ、追跡型の魔術で行動を監視する。


おかげで、何かトラブルがあっても騎士団の皆がどこにいるかすぐにわかるわ。




イスキリに至っては、これで日報を書く必要ないのでは?と言い出している。


彼は異常なまでに妻と娘を愛している男で、ディークすらイスキリを警戒しなくなった。




何名かの騎士は、王女としての私を結婚相手に狙っていたらしいけれど、ディークバルドによって戦意喪失させられた。




最凶魔導士にタイマン申し込まれたら、秒で逃げるしかない。




お父様たちはディークの執着にドン引きしていたけれど、私としてはどれほど執着されても「そんなに愛してくれているのね……!」としか思わない。




好き。うれしい。「ヤンデレ、ありがとうございます」と心の中で拍手喝采である。




「ねぇ、ディーク」




私は微笑みつつ、彼の腕を解く。


そして振り返りまっすぐに彼を見上げた。




「ユウナ」




あぁ、今日も黒い瞳が澄んでいる。曇りなきヤンデレの瞳だわ。




私の頬にするりと手を添えた彼は、縋るように言った。




「ユウナがいなければ俺は生きていけない。そして君もまた、生きてはいけない。永遠のときを君と過ごしたい」




そんな彼が愛おしくて、私は頬が緩んだ。




「愛しいあなたの望みなら何でも叶えてあげる。むしろ叶えたい。私だって婚姻申請書の件は心外だわ。


でも……婚姻が済んだらこのやりとりが終わっちゃうと思ったら、淋しいの。まだ婚約していたいって思ってしまう」




「あぁ、今俺も同じことを考えていた。君とのすべてがかけがえのないものだ」




私の愛する恋人。そして婚約者でもある彼は、甘い声で囁く。




「ずっと、一緒にいよう。そして死のう」




夕日に照らされたディークは、神々しいほど美しい。


あぁ、神様、ありがとうございます。




そっと唇を重ねると、共に居られる喜びで胸がいっぱいになった。




5回目の転生でようやく、私は本当の愛を手に入れたんだ。


これまでのように、捨てられる心配をしなくていい。本当は愛されていないのに、愛されているんだって思い込まなくていい。




彼のこの目が、全身が私のことを好きだって伝えてくれている。


言葉がなくても信じられるなんて初めてだ。




「ずっと一緒にいましょう。命が尽きても、永遠に」




「ユウナ」




こうして私たちは、今日も絶好調に愛を貫いていた。




**********




ある晴れた日。


私とディークは、揃って宮廷魔導士の長の元へ挨拶に赴いた。




二人の婚約を報告するためだ。




とはいっても、私たちが恋に落ちたことも、婚約したこともすでにほとんどの人が知っている。食堂のおばちゃんや庭師までもが知っている。




魔法で常に浄化された水がさらさらと流れる小川、室内だというのに魔法で青い空が天井に映し出された研究室で、私とディークは彼の上司とテーブルを囲んでいた。




「えーっと、おめでとうって言っていいのかな?」




「「はい、ありがとうございます」」




上司であるアオファルドは、三十代後半の気弱そうな魔導士。研究者肌で、荒事には向かない人物だが、一筋縄ではいかない宮廷魔導士たちをうまく束ねている。




特に、ディークが七歳という若さで宮廷魔導士たちの中に入ってからというもの、人づきあいをまったくしたがらない彼をずっと支えてきたのはこの魔導士長である。




「いやぁ、ディークはもう25歳だもんね。結婚していてもおかしくない年だ。婚約なんて嬉しいよ。まさか魔法剣士の王女様を口説き落としてくるとは思わなかったけれど」




あはは、と笑う彼の顔はちょっと呆れているように見える。とんでもないじゃじゃ馬を連れてきたな、そう思っているのだろう。




そもそも魔導士と魔法剣士の関係はそんなによくない。


個々の付き合いはあるのだが、いざ魔物と戦うとなればどちらがより手柄を立てるかで競い合っている面がある。




私は単身でガツガツ魔物を狩り取れるけれど、新米の魔法剣士はたいてい魔導士に頭が上がらない。それがわかっているから魔導士の中にはつけあがるものがいて、新人魔法剣士をいびるやつがいるのだ。




そういう経験をした者は、自然に魔導士が嫌いになり、その数がけっこういるからめんどくさい。私の側役のイスキリは「魔導士って便利ですよね」と道具扱いしていて、あれはあれで拗らせているが、表向きは良好な関係を築いているので大丈夫。




ディークはというと他人にまったく興味がないから、私のことも魔法剣士だとか王女だとか偏見で見なかった。他者に興味がないからこそ、彼は平等だった。




今も私の手を握り、めずらしくうれしそうな顔をしている。




「ユウナに出会うために、俺はこれまで生きてきたんだと思いました」




そんな風に微笑みかけられたら、思わず私も笑顔になる。




「将来は一緒に死のうと思っています」




うん、ゴールまで一気に駆け抜けるよね。




「将来は店を開こうと思う」みたいな感覚で言うところが素敵だわ。このフットワークの軽さに惚れる。




「ディーク、婚約報告でそこまで報告しなくていいからね?まずは生きることを考えよう?」




魔導士長が困惑の色を示す。


まぁこれは普通の反応よね。




こういう素直なところがディークのかわいいところなんだけど、それがわかるのは私だけでいい。




「そういえば、ディークはどうやって求婚したの?付き合い始めたことは知っていたけれど、君たちが結婚するって国王陛下はよく認めてくれたね」




魔導士長が心配するのも無理はない。


ディークは歴代最強の宮廷魔導士だけれど、身分はもともと平民だ。




5年前に魔導士爵を授与されたけれど、これは彼のために用意されたといってもいい爵位。




伯爵位くらいの権威があるとされているが、なんせ彼しかいないのだからその身分は曖昧である。




彼を国から出したくないあまり、新しい爵位を新設するなんて、国王陛下お父様もおもいきったことをしたものだ。どうりで私との婚約をあっさり認めたはず。




だって最凶魔導士を繋ぎとめておけたんだから、娘の一人や二人惜しくも何ともないだろう。




ちなみに私は嫁ぎ先がないと言われていたので、ディークと結婚したいと言ったら両親ともに大喜びだった。双子の弟妹も、それはそれは大喜びで……


妹のサリアにいたっては「素材がいっぱいもらえる!」と歓喜に震えていた。サイコパス行動が加速すること間違いなしだ。




それから、もう一つうれしいことがあった。


恋人になったその日に身体を重ねてしまった私たちだけれど、ディークが改めて求婚してくれたのだ。




それはそれは、乙女が憧れるようなシチュエーションで。




「求婚は、とてもロマンティックなものでした……!」




私はうっとりして思い出に浸る。




「ディークがずっと研究室に篭っているので、体力づくりのために砂浜に行ったんです」




「砂浜に?」




「ええ、足元が悪い場所を走るのが効率よく鍛えられますから」




魔導士長は「へぇ~」と気の抜けた声を上げた。




「そのとき、がんばったらご褒美をと私は言いました。すると彼はスッと一枚の紙を差し出して」




あのときのことは、はっきりと覚えている。




『魂を縛る魂魄結界こんぱくけっかいを生み出したから、もし君を捕まえられたら契約してくれる?』




そう、戸籍を通り越して魂を縛ろうとしてきたのだ。




「情熱的なプロポーズでした……!」




こんなに私を愛してくれる人はいない、そう確信した瞬間だった。


思い出すとうっとりしてしまう。


魔導士長の顔が引きつっているの、顔面麻痺か何かだろうか。




医者に診てもらうことを勧めたい。




「ディークのやることは、私の予想を軽く上回ってくれてとても素敵なんです!」




「うん、君たちがそれでいいならいいけれどね?」




魂魄結界の契約書にサインする、なんてステキな催しだろう。




そう思って前のめりで挑んだ砂浜での勝負だったが……




まさかの問題が発生した。




魔法剣士である私を、彼の脚力では捕まえられなかったのだ。




「ユウナはとても速かった。さすがは俺の妖精」




なぜか誇らしげなディーク。この男、研究室に篭ってばかりで体力はない。


美しさを具現化したような、まさに生きる宝石ともいえる彼はとてつもない虚弱体質だったのだ。




「もう、ディークったら。鍛えなきゃね?」




残念ながら約束は約束。魂は縛れなかった。砂浜に倒れる彼は、そんな姿もかっこよかった。頬に張り付いた砂さえ持って帰りたいほど。




倒れた姿もかっこいいなんて、きっとどこを探してもディークしかいない。




「次は君に勝ってみせるよ」




愛しの君の魔導士は、私の目を見て優しく微笑む。




「楽しみにしているわ」




あれ以来、ちょっとずつ鍛えてはいるみたいだけれど、魔法で身体強化すればいいだけのことなので、そもそも鍛える必要なんてないのだけれど。




だいたい最初から自分の得意分野で勝負すればいいものを、わざわざ私の得意分野で倒して承諾させようとするところもかわいい。




もう、ほんっとうにかわいい!!




魔法で戦えば、私は1分ともたずに敗者となるのに。彼にとってはじゃれ合いのうちなのかもしれない。




指を絡ませて見つめ合っていると、魔導士長が半笑いで言った。




「君たち、絶対に別れないでね~?万が一に他の相手を好きになったら、犯罪の臭いしかしないから」




「まぁ!ご冗談を」




私とディークが別れるなんてありえない。


今だってこんなに愛おしそうに私を見つめてくれて、手はしっかり指を絡めているのに。




「結婚式にはぜひ来てくださいね!魔導士長はディークの親も同然なのですから」




「うん、心配だから見届けるよ」




魔導士長がそういうと、彼が真剣な目で言った。




「俺も心配です。花嫁衣裳を着たユウナがきれいすぎて、俺の魔力が暴発したらどうしようって」




「おおーい!今すぐ防御魔法の構築を頼むっ!すっごい強い結界、作っておいてね!?」




魔導士長は、歩いていた補佐官たちに指示を出す。ディーク以外が作った結界で、ディークを抑えられるわけがないのに。




「あと半年かぁ」




結婚式が楽しみだ。


私と彼はしあわせを実感していた。








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― 新着の感想 ―
[一言] ストーカーもヤンデレもお互い向き合ってれば至上の愛ですね!
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