大事なことを思い出しました。
その日、野営をして鉱山へ突入するはずだった。
けれど、魔導士五人が勝手に先に鉱山へ向かい、私たちは置いてけぼりをくってしまった。
「何で!?」
ひどくない?!私、王女なんですけれど?!置いて行くのはさすがにひどくない!?
剣を地面に突き立てて腹を立てていると、補佐官のイスキリが笑った。
黒髪をひとつに結んだ柔和な笑顔のこの彼は、「王女のお世話役」と呼ばれる二十七歳。教育係兼保護者みたいなものである。
「あれですよね~、多分、陛下が命令なさったんでしょう。ユウナ様にけがさせないために、できるなら魔導士団でがんばれって」
笑っている場合か。
「はぁ!?お父様でもそんなの許せないわ!」
ディークバルドがケガしたらどうしてくれるんだ。
魔女の罠、舐めてんの?五百年も踏破されなかった鉱山のすごさ、舐めてるの!?
「まったく、イケメンの命を何だと……!」
私は急いで部隊を率いて、鉱山へと向かった。その途中、馬で並走したイスキリがディークバルドについて話す。
「ディークの任務遂行能力は高いですよ。ケガなんてしないと思います」
「彼の部下は?」
「……よくて全治一か月?」
ダメでしょうそれ。仲間の命を大事にしないと、いずれしっぺ返しが来るのよ?部下に恋人を寝取られたりとか、従順な使用人のふりして彼氏に近づいて寝取られたりとか。
経験者として、仲間や部下は大事にって教えてあげたい。
「だいたいあの人、随分と皮肉屋で性格がねじ曲がっているような目をしていたけれど」
七歳で宮廷魔導士になったエリートなんだから、人生順風満帆ではないのだろうか。
しかしイスキリが語ったディークバルドの過去は、とてもつらいものだった。
「彼は宮廷魔導士になる前から、無尽蔵にある魔力で周囲を傷つけて怖がられていました。親ですら、彼を売るように宮廷魔導士に推薦したんです。そして大金を手にした親は、ディークバルドがいよいよ城へ向かうという前日に強盗に襲われて一家皆殺しに……」
それは、支度金を狙った強盗ってことか。
残酷な話に、思わず眉根を寄せる。
「ディークバルドは、たまたま書類を提出しに行っていて不在だったのです。彼を家まで送った騎士が、凄惨な現場を見て吐き気に襲われたと話していました」
「それほど残酷なものを見てしまったのね」
「しかも息絶える寸前の兄は、ディークバルドに向かっておまえのせいだと恨み言を」
「何それ!かわいそうすぎるじゃない!!」
家族はいても孤独だったのか。誰も自分を愛してくれないつらさは、さぞ身に染みたことだろう。そりゃ性格歪むわ。
「そういうわけで、ディークバルドは才能はあれど人格が伴わない感じで今に至っています。戦い方もまるで自殺行為のようで……でも」
「死ねない、のね。強すぎて」
今まで彼はどんな想いで、魔物討伐に駆り出されてきたんだろう。死に場所を求め、でも死ねなくて。
少し青白い、神秘的な美しい顔が思い出される。
おいしいものを食べさて、慰めてあげたいわ。一生、養ってあげたい。
あぁ、いけない。これは私の悪い癖。
美形が好きで、両想いでも何でもないのに甘やかしてしまう。
性格のゆがみや趣味の悪さは、5回死んだくらいじゃ治らないのよ。これは魔導士学会に発表したい案件だわ。私以外に転生について理解できる人がいなさそうなのが残念。
「薄幸の美青年って、何だか物語の中の人みたいね」
「言われてみればそうかもしれませんね」
私の言葉に、イスキリが苦笑する。もしこれが物語なら、とんだ不幸キャラである。哀れディークバルド。
しかしそう思った瞬間、私の頭がズキリと痛んだ。
「ん?」
私ったら何か大事なことを忘れているような。
集中して記憶をたどると、突然にディークバルドの声が脳に響いた。
『サリアのために、この命を使いたい』
『あぁっ……!ディーク様……!』
聞いたことのある女性の声も。
「これ、なんだっけ」
血塗れで倒れているディークバルドのそばに、ドレス姿の女性が膝をついてその手を握っている。
「う……!」
またもや頭痛がした。
馬を走らせながら、右のこみかみを押さえた私を見てイスキリが尋ねる。
「どうしました?」
「な、なんでもない。大丈夫……」
私はここでようやく思い出したのだ。
ディークバルドは、前世でプレイしていた乙女ゲームのキャラクター。
「ヤンデレ宮廷魔導士!」
そうだ。
あの整った顔。こちらを嘲笑うように口角を上げる表情。
作り物のように完璧なスタイル。サラッサラの青い髪。
間違いない、ディークバルドは私がプレイしていた乙女ゲーのキャラだ!
あれ?
あのゲームのヒロインって、サリアって確かお姫様だよね。
ん?
ん???
サリアは、うちの妹じゃないのよぉぉぉぉぉぉ!!!!!
「なんていうことなの……!?」
「ユウナ様!?」
「急ぐわよ!!」
馬の腹を蹴り、おもいっきり走らせる。
「やばいやばいやばい」
攻略対象が何人かいたような気がするけれど、多分ディークバルドもそう!妹の結婚相手候補じゃないのよー!
ってことは、私の未来の義弟!?
かわいい妹と美しい義弟、そして生まれてくる姪・甥も必然的にかわいい。
なんていうことなの!
そんな未来ってすばらしいわ!!
あぁ、でもここでディークバルドが死んでしまえば未来が変わってしまう!!
鬱ゲーモードがけっこう濃かった気がするもの、彼が妹に会う前に死んでしまうことだってあり得るわ!
「絶対に死なせないわ……!!」
鉱山のラスボスは、アンデッドドラゴンなのよ!
眉間にある魔石を破壊しない限り、焼こうが斬ろうが復活してしまう強敵。骨は魔法道具の素材に使えて、しかもそれは魔法道具オタクの妹の一番欲しがっているものよ!
きっとドラゴンを倒して、ディークバルドと妹はお近づきになるんだ!
いやぁぁぁ!でもその前にミスッて死んだら元も子もない!
待っていて、ディークバルド!私が絶対に助けてみせるわ!
こうして私は全力で彼の元へ急いだ。
**********
鉱山に駆け付けたとき、魔導士たちは衣服や髪が焦げた状態で地に伏していた。
ディークバルドだけが元気にアンデッドドラゴンと戦っている。
漆黒の身体に大きな双翼、赤い目が光っていて炎をこれでもかってくらいに吐いてくる。宙を飛び回っていて、巨体に似合わず意外に素早い。
アンデッドなのでこちらが攻撃してもすぐに回復し、おまけに近づく者の生気を吸い取るパーフェクト仕様だ。
作った者の顔が見てみたい。
ええ、本当に。
「ディークバルド!!」
馬で駆け付けた私は、颯爽と飛び降りて剣を構える。王家の宝剣・エクスカリバーゼットセブンである。中二病凄まじい名前だが、切れ味は抜群で、魔法を放つこともできる最強武器だ。
私たちの登場に、ディークバルドは舌打ちをした。
想像より早かったんだろう。
「ケガは!?」
私は猛ダッシュで彼に近づき、その美形に傷がないかじっくりチェックした。
うん。大丈夫そう。ピカピカしている。イケメンだ。
彼は私の手を振り払い、じろりと睨む。
「邪魔です、それに汚れます」
「なんですって!?これでも手はキレイに洗っているのよ!あ、でも手綱を握ったから馬臭いかも」
「……そうじゃなくて」
彼の服が煤だらけで、ヤケドはしていないけれど炎を浴びたみたいだった。
「素材をきれいにもらおうと思っていたら、ちょっと焦がされました」
「こんなときに素材とか言っている場合?」
呆れてため息が出る。イスキリも困った顔をしていた。
「あなたって向上心があるのね」
「ユウナ様、それは向上心と言いません」
イスキリのツッコミに私は答えない。
――ギャオオオオオオオ!
背後で、ドラゴンの雄たけびが聞こえた。
「うるさいわよっ!」
――ザシュッ。
イライラして投げた宝剣が、ドラゴンの眉間に直撃した。
あ、あそこにはちょうど魔石があるわ。
あれ、これは倒したんじゃないかな?
次の瞬間、ドラゴンはぐらりと巨体を傾かせ、ものすごい地鳴りを響かせて地面に落下した。
「「やったぁー!!」」
騎士たちがもろ手を上げて、歓喜に湧く。
助け出された魔導士たちは、唖然とした表情でドラゴンの亡骸を見つめていた。
死んだ目をしてドラゴンを見ているディークバルド。イスキリは苦笑いで剣を鞘に戻す。
私はディークバルドの肩を掴んで、必死で訴えかけた。
「危ないことはしないで!あなたは生きなきゃダメなの!」
黒い目が限界まで見開かれる。
私はなおも猛烈に訴えかけて、全身で想いを伝えた。
「これからいいことがたくさんあるわ!私が保証する!あなたは……あなたはこの世界に必要な人なのよ!」
「っ!?」
彼の瞳が揺らぐのがわかった。
もう一押しだ。未来の義姉として、イケメン保護はまず義弟になるディークバルドからやっていかなくては。
「これから恋をして、幸せな人生を歩むの。絶対よ?」
残念ながら、恋の良さを私が語ってあげられることはない。けれど、それは妹と共に見つけてもらいたい。そして私にも教えてもらいたい。ええ、切実にそう思う。
「あなたには、幸せをつかんでほしいの」
「……」
できることなら、私が一生養ってあげたい。
あぁ、惚けた顔もかっこいい。好き。
でも我慢しなきゃ。
もう散々なの、姉妹や友達と恋人を取り合うのは。争ったってロクなことはないって、これまでの転生で学んだわ。
ディークバルドは素敵だけれど、妹の運命の人だから、私が横入りするのはよくない。また悲惨な末路を迎えるのはイヤ!
焼けた森の中、悪意に満ちた結界や魔法陣がどんどん消えていくのが気配でわかる。
アンデッドドラゴンがいなくなったから、もうこの鉱山は平和を取り戻すだろう。
周囲の騎士や魔導士は喜び、そして協力して消火活動を始めていた。
私もそろそろ指揮官として皆の元へ行こうか。そう思ってディークバルドから手を離すと、ふいに彼が私の両手をぎゅうっと強く握った。
「???」
「ユウナリュウム王女殿下」
あ、初めて名前を呼ばれた。
たったそれだけなのに、ちょっとだけドキリとした。
「な、なぁに?」
見つめられると、やっぱりドストライク過ぎて頬が赤く染まる。
「恋をして、幸せな人生を歩みます」
え?素直になった。人の言うことを聞くタイプだったの?
驚いて目を瞬かせていると、ディークバルドがふにゃりと柔らかい笑みを浮かべる。
「っ!!」
な、なんてかわいいの!?
ズキューンどころではなく、ズガーンと雷が私の脳天から足元までを一気に突き抜けたような気がした。
あああ、ダメ。この人は妹の相手なの……!
手を離そうとすると、逃がさないとばかりにさらに手を包み込まれて掴まれる。
「俺の、ユウナ」
「……はい!?」
今、なんて言った!?
思考を停止させた私は、ぐいっと引き寄せられて彼の腕に絡め捕られた。
こ、これは抱き締められているという状態!?
自分じゃない、他人の匂いが鼻をくすぐる。ここで冷静になれっていうのは無理だ!
何か頬をスリスリされているような気もするし、これは一体何事だろう。なんでこんなことに?そして周囲の視線が後頭部に突き刺さっている。
「ユウナ」
「は、はい」
名前を呼ばれ、おそるおそる彼の顔を見上げる。
そこには蕩けるような甘い微笑みが……。
「俺のことを、そんなに愛してくれているのか?この世界に必要だなどと」
あ、そう解釈した!?
でも今さら「それは誤解です」とは言えないよね!?
それに…………愛かどうかはわからないけれど、多分私はあなたに恋をしてしまいました!
どうしよう、妹の相手なのに。
戸惑う私を見て、ディークバルドは一気に不穏な空気を纏う。
「違うのか?」
やばい。これってヤンデレスイッチが入っている?
「ねぇ、ユウナ。俺のこと好き?」
それは、強烈な執着心。
あぁ、この人は私のことを本当に愛してくれているんだ。この人は、私のことを必要としてくれている。
私の胸に、これまでの孤独を一気に埋めるような甘く温かな感情が広がった。
「好きよ。ディークバルドが好き」
口にした瞬間。不思議なくらいしっくりきた私たちの距離感。もうお互いなしでは生きていけないのだと、本能で分かった。
「俺のことはディークと」
「ええ、ディーク」
微笑むと、彼もうれしそうに笑った。
「愛している」
そう言うと、彼は人目もはばからずにキスをした。
展開の速さに、私の顔はボンと音がしそうなほど急激に真っ赤に染まる。
「かわいい、ユウナ」
「だって……」
転生五回目。
私はようやく愛し愛される運命の人に出会いました。