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08

「りょうさんはおかしいと思いませんか?」


 めばえが部屋にこもってしまったからこの人に絡むしかなかった。

 ちなみにらんちゃんからは避けられてしまっているのでこうするしかない。

 そもそもこんなこと話しても意味ないし、意味ないならするなという話だが。


「本を読んだぐらいで拗ねるなよ」

「だったら誘わなければいいと思いますけどね……」


 そりゃ妹の腕を掴んでやべー雰囲気を出してる奴を見つけたら反応はこうなるか。

 彼女の姉のなんだから彼女を味方をするに決まっている、それを理解していなかった自分が馬鹿で終わる話だ。


「そういう人間だと理解していて付いてきたのがお前だろ」

「わかりました、もういいですよそれなら」


 自分がやらかしたことは確かなんだからもう帰ればいい。

 朝のことは自分が悪かったという風にしかならないのだから。

 腕を掴んでなにをするつもりだったんだか、それこそこの前彼女が言っていたようになんでそんなことをしたのかわからないというやつだ。や、引き留めようとしたのはわかっている、あの距離感はなんか中途半端でもやもやするからああしたことも。

 だけどその結果がこれだ、おまけに彼女も悪いと考えて反省なし、味方でいてもらえなくて当然だ。


「帰るのか」

「ちょっと頭を冷やします、ありがとうございました」


 外に出たらなんだか虚しさが極限まで上がった。

 なんだかなあ、偉そうに語っておいて自分はこれかと。

 今頃向こうは仲良くなっているんだろう、当然だ、なぜなら両思いなのだから。


「あ、川相くん」

「耳派のともかさんか」


 久しぶりな感じがする。

 越智さんのことを考えて犬夜くんの側に行くのは遠慮しているのだろうか。


「まさか川相くんも尻尾派なの?」

「ちなみに犬夜くんも尻尾派なんだって」

「な、なん……で」


 ひとりだけ幸せになってずるいから売っておく。

 その瞬間に自分が最低だということがわかって昨夜と今朝の対応が普通だなとより思えたが。


「香ちゃんが告白したみたいだね」

「うん、そうみたいだね」


 この表情、やっぱりあったのか?

 仮にあってももうどうしようもないことではあるが。


「犬夜くんって優しーよね、付き合ってくれて、そのおかげで他の子と上手く話せるようになった。だから私は、純粋に感謝しかないよ」

「僕も同じだよ」

「うん」


 感謝か、そういうものが足りなかったのかもしれないなと急に思った。

 一緒にいられることが当たり前のような認識になっていたんだろう。

 履き違えてしまっていた、自分のことだけしか考えられていなかった。

 これに気づいたからっていまから謝罪になんていかないけど。


「あ、ともかさんはどこに行こうとしてたの?」

「ちょっと犬夜くんの家に行こーと思ってたんだけど」

「いまは……」

「もしかして香ちゃんがいるの?」

「うん、昨日からね」


 隠すよりかはマシだと思いたい。

 わざわざ突きつけるような形になって申し訳ないが、知っているのに言わないで行った先でなにかがあっても嫌だった。そんなことはできない、嫌われても言わなければ。


「なら、月曜日にしよーかな、特に急ぎというわけでもないし」

「うん、そうした方がいいよ、それじゃあね」

「うん、ばいばい」


 こっちはとりあえず寝てから色々考えようと決めている。

 あまり寝られなかったことと早朝に起きたことが影響してあんな馬鹿なことをしたのだ。

 風邪を引いたときのあれで全然学べていない証拠だ、結局いつだって口先ばかりだな自分はと苦笑。

 でもこのまま外で笑っていると問題になるからさっさと帰ろうとしてできなかった。


「……まさか来るなんて思わなかったけど」


 今度は逆に彼女が僕の腕を掴んでいる。

 どうやって足音を立てずに近づいたのかがわからない。

 わかっているのはそこに彼女がいるということだけ、特に言葉を発したりせずに。

 留まっていても仕方がないから歩いたら普通にそのまま付いてきた。

 意外にも面白かった、ただまあ楽しんでいる場合ではないから家までさっさと移動する。


「あれっ?」


 初めてそこで振り返った自分。

 いや、見てもないのに勝手に彼女だって判断したのはやばいやつだが、いまはそうじゃない。


「み、耳、生えてるよ……?」


 これでもまだなにも発さないスタイル。

 家の鍵を開けて中にも移動しても同じだ、リビングに母がいたから2階の自室に移動しても同様。

 こっちは当然動揺した、第三者、それこそりょうさんとかが見ていたら確実に怒られる。

 ぼけっと突っ立っていたらそのまま抱きしめられて胸の辺りに顔を擦りつけられて困惑。

 行動的に言えば完全に動物になってしまったかのような感じだった。


「おい正輝! そこにめばえがいるだろ!」

「は、はいっ、先程からずっと……なんかおかしくて」


 電話がかかってきている最中も同じ、夢を見ているんじゃないかと思える光景だ。

 だが、彼女の耳は確実に生えている、残念ながら夢ではない。


「あたしも行くから捕まえておけっ、それじゃあな!」

「わ、わかりました」


 満足に寝られていないのもあって頭が痛い。

 そのうえで喧嘩し、そのまた後にこれだからどうすればいいのかわからない。


「正輝ぃ!」

「ひぃ!? は、早すぎるっ」


 開け放たれた扉の向こうには肩で息をしているりょうさんが。


「ふぅ、そいつ、さっきからおかしいだろ?」

「はい、そうですね」


 お姉さんが来てくれてもまだ変わらずに続けている彼女。

 ああでも、耳も生えてより可愛くなったなとか考えてしまう醜い自分がいる。


「離そうとしてみ?」

「んーっ、いや……無理そうですね」

「ははっ、だろ?」


 いや、笑っている場合じゃなくて。

 妹さんが男に抱きついて自分の匂いをつけようとしているんですが。


「そいつはいま獣モードだな、昔にも1回あったんだ」

「へえ、そのときはどうやって?」

「あたしがキスした」

「へ?」

「だから、あたしがキスして止めた、実際それで治ったしな」


 絶対に冗談だこの人の、だって今回に限って真顔で……え、嘘だよね?


「今回はお前に譲る! それじゃあなっ、戻ったらちゃんと返しに来てくれ」

「え、ちょっ、譲るって……」

「好きなんだろ、だったらそれで完全に自分のものにしろ」


 抵抗できない状態でしたら犯罪だろう。

 あんなこと言ってくれたのだから両思いなのかもしれないけど、それでも駄目だ、できるわけない。

 こちらは害もないから寝てしまうことにした、その間に満足して戻ってくれるはずだと信じて。

 ――結果はまあ戻らなかったんだけどね、耳も生えたままだし。

 問題なのは月曜日が明日になってしまったことだ。


「あ、水分補給とかさせない――」


 まさかのまさか、どうなっているんだこの状況は。

 虚ろな目のままこちらを自由にしていく彼女を見てなんとも言えない気持ちに。

 寧ろ抱きつかれたまま朝まで爆睡した自分を褒めてあげたいぐらいだが、そうしてはいられない。

 どうやら彼女からのそれではカウントされないらしい。

 あまり人を呼ぶのも微妙だ、彼女だって見られたくないだろうし。

 こうなったらするしかないのか? というか彼女はいま一体どういう状態なのか……。

 体のコントロールを失っているだけでしっかり感情とかはあるのかもしれない。

 ……こちらも物理的な手段を取るしかなさそうだ、自分と彼女のためにも。


「ごめんね」


 実際にしてから思った。

 もしただの冗談だったのならという可能性を。

 それにお酒ブーストのように彼女が演技をしている可能性も0ではない。

 だってそうだろう、もし同じようにずっと抱きつかれていたら寝られるわけがないのだから。


「あ、危ないっ」


 口を離した瞬間に一気にくたりと倒れそうになった彼女を抱きとめる。

 耳も消えてしまっていることから、治すにはキス説が濃厚になってしまったわけだが。


「……す、すまない」

「あ、なんかごめんね」

「いや……悪いのは全て私だ」


 あっという間に戻ってきた本当の彼女。

 ああでも耳が消えたのは悲しいなと考えた瞬間、ぴょこんと生えてきてくれた。

 様子がおかしくなった感じはしない、先程から「すまない」と連呼しているだけ。


「耳が生えてるよ?」

「知ってる」

「とりあえず水分摂りなよ、いま持ってくるからさ」


 なんか全身から彼女の匂いがするような感じがして恥ずかしい気持ちになりながらもすぐに準備して彼女に飲ませる。補給を怠ると冷静に会話をしている場合ではなくなってしまうからだ。


「その様子だと記憶は……」

「ある……」

「そ、そっか」


 なら自分が自由にしたことも、僕からされたこともわかっていると。

 今回のケースは女の子側だったから良かったけど男の僕がやっていたらと考えたらぞくりとした。

 しかもそれを第三者に見られてみろ、1発で然るべきところへ行くことになっていたことだろう。

 耳や尻尾は好きだけど生えてなくて良かったと思えた1日なのだった――なんて締めてる場合ではないか、どうフォローしたものか考えなければ。


「僕は嬉しかったよ、喧嘩したままにならなくて」

「だがそれでこれは……」

「なら付き合おうよ、僕は君のこと大好きだから」

「……姉に私の対応について文句を言っていたお前がそれを言うのか?」

「う゛……ごめん、自分のことばっかりしか考えていなかったんだ」


 だってふたりきりなのに本を読まれて寂しかったんだ。

 彼女だって同じだと思う、一緒にいるのに他を優先されたら少なくとも気持ち良くはないはずだ。


「駄目かな?」

「……あんなことした後の女に告白とかおかしいだろう」

「そうかな? 確かに困ったけどそれが僕で良かったなって思うよ」


 それで犬夜くんとかりょうさん相手に同じことをするのではなく僕を選んでくれたんだから。


「し、しかも……」

「うん、キスしたね」

「言っておくが止められなかっただけだからなっ?」

「だけど僕は自分からしたよ」


 彼女じゃなければまず間違いなく他人に頼んでいた。

 汚い願望もあったのかもしれない、なんだかんだ言いつつも男だから。

 好きな子が普通じゃないとはいえ抱きしめてくれてて、キスもしてきた。

 我慢できなかった自分もいたんだろう、それを否定するつもりはない。

 でもしたのは事実、おかしくなっているわけではない通常時の僕のままで。


「……昨日はすまなかった」

「謝らないでよ、僕も悪かったんだから。それに謝ってほしいわけじゃないんだよ、寂しいから話してほしかっただけでさ」


 揺さぶろうとはしなかった。

 そうやって出した答えが正しいとは限らない。

 焦らせるのは駄目だ、今日はこのまま別れた方がいいかもしれない。

 さすがに彼女側に精神的ダメージが大きすぎるだろう。


「今日は解散する?」


 が、彼女が首を振ったことにより継続することとなった。

 耳も尻尾も存在している、越智さんだったらまず迷いなく触れるはずだ。


「正輝」

「どうしたの?」

「私で良ければいいぞ」

「そっか、ありがとう」


 意味もなく頭を撫でておいた。

 決して先程から触れてなくて興味があったとかじゃない。

 そしてやはりこれは現実だ、手の動きに合わせてそれが形を変形させたから。

 そう思うと同時にむらむらとした気持ちがこみ上げてきた、好きな女の子にああいうことされていままで反応してなかったのがすごい、僕最強。


「めばえ、とりあえず離れてくれない?」

「なぜだ?」

「……昨日のこと思い出してやばいから」

「あ……すまない」

「いや、ちょっと部屋から出てくれれば落ち着くから」


 何度も深呼吸を繰り返して良くない感情を消す。

 まるで猫みたいだった、鳴きはしなかったけど何度も顔や体を擦りつけて。

 彼女も好きだって確証があったのなら襲っていた可能性もある。


「ふぅ、もういいよ」

「あ、ああ」


 大丈夫、今度は彼女と付き合えて幸せだという気持ちで満ちているから。

 今度は僕から抱きしめておいた、女の子からしてもらったりじゃ申し訳ないし。


「好きだよ、もうずっと前から」

「……香のようにはなれなかった」

「いいんだよ、君は君らしくいてくれれば」

「……しかもお前を傷つけてばかりだ」

「大丈夫、こうしていてくれているのならね」


 昨日までのもやもやが吹き飛んでしまっている。

 全て彼女が理由ではあるが細かいことはいまどうでもいい。

 彼女を不安にさせたくない、僕が見たいのは不安顔ではなく笑顔だ。


「そんな顔をしないで笑ってよ」

「難しい……」

「ゆっくりでいいからさ」

「……わかった」


 こちらの背中を2回タップしてきたので抱きしめるのをやめる。


「えっと、こうか?」

「あ……うん、その笑顔がずっと見たかったんだ」

「ふっ、そうか、なら良かったぞっ」


 愛らしいのはいまの彼女だった。

 可愛いと伝えたら陳腐すぎるのでまた抱きしめておいた。


「ふふ、正輝ももしかしてコントロールできなくなっているのか?」

「うん、そうみたい」

「まあいいぞ、好きにすればいい」

「うん、好きにさせてもらうね」


 だからまあ本人から「好きにしすぎだ」と言われるまで堪能しておいたのだった。

 しょうがない、好きな子を前にしたら僕みたいな人間はこうなってしまうんだからね。

本編はここで終わり、読んでくれてありがとう。


現実世界に獣耳、獣尻尾が生えている子がいたらどうなんだろうかね。

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