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06

「川相くん、私好きなの」

「え」


 おかずを落としてしまいそうになったのを慌てて拾う。


「あ、犬夜くんのことなんだけどさ」

「ちょ、教室にいるのにいいの?」

「大丈夫、もう言ってあるから」


 ということは保留にしているのか。

 犬夜くんは受け入れるか断るかの2択だと思っていたけど。


「それでなんでそれを僕に?」

「ほら、私のこと天使扱いしてくれていたからさ」

「ああ、それぐらい優しくて明るい子だからね」

「でも残念、君の気持ちに応えることはできません」

「そっか、残念だな」


 あと可愛い、伊登さんのとは違うベクトルで。

 だけどそれは言わなかった、言ったところでなにも変わらないから。


「犬夜くんのところに行ってきます」

「いってらっしゃい」


 さて、僕はお弁当の残りを食べてしまおう。


「天使か、私には1度もそんなこと言ってくれたことないのにな」

「それでも劣っているとは思ってないよ」


 1番好きなんだからそんなこと思うわけない。

 仮にそういう意味で好きでなくても他人を劣っているなんて考えない。

 

「そうだよな、なんたって可愛い笑顔すら浮かべられない女だからな」

「拗ねないでよ、そんなこと思ったことないよ」

「ふん、いまからでも香と仲良くしてきたらどうだ?」


 彼女は笑っているのに目だけは冷たいまま。

 器用な能力だ、表情のコントロールは僕もできるようになりたい。


「僕は君と仲良くなりたいから」

「……そんなに真っ直ぐな顔で言うんじゃない」


 ただいまはそれが重要というわけでもなくて。

 積極的にいくと決めた以上、大胆にやっていくだけだ。


「良かった」

「なにがだ?」

「越智さんが犬夜くんを独り占めしてくれれば君はフリーになるから」

「ともかはいいのか?」

「そこは犬夜くん次第だから」


 そういうつもりで犬夜くんといるように願ったわけではない。

 苦手だと言うからいい練習相手になってくれるだろうと考えただけ。

 それに一生懸命に頑張っていたのは耳派としての主張だ。


「それより今日って暇?」

「今日はらんといなければならないから暇ではない」

「家に行っていい?」

「別に構わないが」

「それなら行かせてもらうね、らんちゃんにも会いたいし」


 ただ、僕は彼女といられるからという面でだけで考えすぎたのかもしれない。


「久しぶりだな」

「あ゛……」


 リビングにいたのは彼女の姉であるりょうさんだった。

 とりあえず無視は失礼ということで挨拶はしておいたけど、この人は正直に言って苦手だ。

 なぜなら、


「正輝はまだ童貞なのか?」


 このように童貞煽りをしてくるから。

 や、まだ彼女の兄がしてくるならわかるんだ、同性だから。

 そういうノリは確実に存在しているからね。


「当たり前じゃないですか……」

「ならあたしで卒業するか?」

「自分を大切にしてくださいよ……」

「冗談に決まっているだろ」


 伊登さんが追い出してくれて助かった。

 らんちゃんがおねむのようなのでなるべく静かに話すことにする。


「すまない、川相のことを気に入っているようでな」

「それはありたいんだけどね、ああいうのはちょっと……」

「ああ、ちゃんと言っておく」


 そういえばらんちゃんに聞いておかなければならないことがあったんだった。


「らんちゃん」

「ん……なに?」

「らんちゃんって犬夜くんのこと好きなの?」

「好きっ」


 おぅ、力強い返答。

 越智さんのことを言うべきかどうか迷っていたら伊登さんが事実を突き付けた。


「香ちゃんが……」

「そうだ、それでもまだと思えるなら頑張ればいい」


 小学生には厳しいだろう。

 それともこういう判断が低く見てしまっているということだろうか。

 女の子は育つのが早いと聞くし、変なことを言うのはやめておこう。


「……それならおうえんする!」

「ふっ、そうか、それなら私も一緒にしよう」


 大人だ、僕だったら惨めにもがいて結局隣いられる権利を失うところだぞ。

 舐めてしまったことを謝罪して肩車をしておく。


「たかーい!」

「犬夜くんの方が良かったかな?」

「ううん、まーくんでも嬉しい!」

「可愛いなぁ」


 少なくともりょうさんみたいになりませんように!

 あ、でもああいう大胆さは見習ってもいいか、あと度胸があるところとか。


「りーちゃんのところに行ってくる!」

「うん、いってらっしゃい」


 ああ、天使はここにもいたようだ。

 これで耳とか尻尾が生えていたらやばいね、モテモテすぎて困ると思う。


「川相、ここに座れ」

「うん、お邪魔します」


 ここまで近づいたのはあのとき以来か。

 抱きしめてきたときの彼女の顔を忘れられないままでいる。

 真っ赤で、目は潤んでいて、こちらの胸のところを掴む手も可愛らしくて。

 だからこそ可愛いとぶつけて、その後に後悔した日のことを。


「らんは大人だな」

「うん、驚いたよ」

「私だったら好きな人間をああして諦められないな」

「僕もだよ」


 もしかしたらを期待して行動し続けてしまうと思う。

 多分叶わなくても無駄だったとは思わなくて――いやまあショックは受けるだろうが。


「正輝」

「うん?」


 ここで名前呼びか、なんだか嬉しさより不思議な感じ。

 犬夜くんがあっという間に呼んでくれたというのも影響している。

 いまさらだけど越智さんも約2年一緒にいて名字呼びってなんでだろう……。


「ちょっとこれに触れてみてくれないか?」

「いや、さすがに何度も触るのは……」

「気にするな」


 ええい、そんなこと言われて我慢できるか!

 それでもかなり丁寧に触れてみた結果、より真顔の彼女が完成した。


「ふむ、この前のはなんだったのだ?」

「この前は違ったの?」

「ああ」


 どう違うのかは説明してくれないと。

 彼女はそういうところがある、ドキドキしたみたいな言い方をしておいてこれだ。

 これではこちらが精神的に疲れるだけだというのに、まるで小悪魔みたいな子だった。


「触り方か、正輝、むぎゅっと掴め」

「ど、どこら辺を?」

「中央より下だ、香と違っていつも遠慮しているからな」


 そりゃそうだ、なんたって僕は異性なんだから。

 寧ろ遠慮なく触っていたら変態扱いされて今頃、警察さんにお世話になっている。

 でも本人が言うなら、掴んでいるところを段々と下げていく。


「あっ」

「え、な、なにっ!?」

「あ、いや……手を離してくれ」

「わ、わかった」

 

 やばい空気が部屋に集まっていく。

 横にいる彼女は窓の方を見て黙っているだけ、それがよりいづらさに拍車をかける。


「別に正輝が悪いわけじゃないから安心してくれ」

「そ、そっか」


 その割にはなんでこっちを向いてくれないのか。


「こっち向いて」

「ああ」

「はは、いつも通りの無表情だね」

「好き好んでしているわけではないがな」


 僕といるときだけ無表情ばかりになるのは勘弁してもらいたい。

 ただここでくすぐったりして強制的に笑わせたらやべーやつになってしまう。

 どうすれば笑ってくれる? どうすれば笑わせることができるんだろう。


「伊登さんの笑顔が見たいんだけど」

「香といるときは笑っていると思うが」

「今日はぎこちなかったからね」


 僕の発言に「そういえばそうだったな」と彼女は口にしてため息をついた。

 正直なことを言っただけと彼女は言っていたが、あそこまで影響を与える言葉とは一体どんなものか。

 もしかして犬夜くんを狙って喧嘩になったとか? そういうことは実際にありそう。


「正輝は香みたいな人間が好きなのか?」

「ああやってにこにこしてくれていると一緒にいやすいのは確かだね、だから伊登さんにも笑ってほしいかなって、そうすれば僕はもっと君をす――君といたいと思えるからさ」


 まだ好きと言っても恐らく届かないから言い直した。

 最近の僕はなかなか大胆に行動できている気がする。

 迷惑だとは言われていないから別にいいだろう、それにそういう雰囲気を感じとったら自分でやめる。


「にこにこか、こうか?」

「はははっ」

「む、お前が笑っても意味ないだろう」

「確かにね」


 とりあえず練習相手になるという約束をした。

 絶対に満足させてみせると意気込んでいたけど、こういうのは頑張れば頑張るほど不自然になるんだよなあと複雑な気持ちになったのだった。




「よし、ちょっと付き合え」

「え」


 翌日。

 委員会の仕事があったから少し遅くまで残った結果がこれだった。

 りょうさんはこちらの腕を掴み、任意ではなく強制的に移動させようとしてくる。


「ど、どこに行くんですか?」

「どこって、わざわざ女の口から言わせるのか?」


 そんなことを言われても約束していたわけじゃない。

 おまけに帰ったら伊登さんに連絡するという約束をしているから他に時間も使っていられない。

 お願いだかららんちゃんがりょうさんみたいにならなければいいと再度思った。


「ここだよ」

「意味深な言い方をしておいて結局僕の家じゃないですか」

「そうだ、お前の家に用があるんだよ、だから開けろ」


 やだこの人もう怖い、絶対に悪さをするに違いない。

 開けたらまるでここが自分の家のように入っていった。

 家に入るというだけなのにここまで気が乗らないのは初めてである。


「さて正輝、お前めばえに告白しようとしたよな?」

「告白はしていませんよ、伊登さんのことはそういう意味で好きですけど」

「完全にふたりきりのときにしねえのが駄目だな」


 聞いてくれてない……告白はまだできてないんだって。

 いまのままだと振られる可能性がある、もっと確証を得られてからでないと無理。

 やはりヘタレであることには変わらない、少しずつでも変えていければいいと思った。


「ネットで知り合った男と会いたいと言ったときは驚いたけどな」

「確かに危ないですもんね」

「ああ、ニュースとかでも目にするからな」


 たまたま犬夜くんがいい子だったから良かったけどさ。

 なんで会いたいと思ったんだか、獣耳とかの話になったのかな。


「なのに結局お前ってところが面白いな」

「まだわかりませんよ、で、これが話したかったことなんですか?」

「いや、この前はありがとな、らんのこと見つけてくれて」

「あー、そりゃいなくなったって言われれば必死に探しますよ」


 あの笑顔を曇らせてはいけないんだ。

 純粋に優しくていい子だからという考えもあるし、伊登さんの妹さんだからというのもある。

 どうであれ自分に笑顔で接してくれる子を大切に扱わないわけがない。


「だから犬夜って奴を連れてこい、ぶっ飛ばしてやる」

「い、妹思いなのはいいですけど暴力的なのはちょっと……」

「ふっ、冗談だよ」


 あ、いまの笑みは伊登さんのとよく似ていた。

 そう考えると姉妹なんだなあと、3人は凄く似ているわけじゃないけど。


「律儀な人ですね」

「礼ぐらい言う、妹が傷ついたら嫌だから」

「ですね、元気でいてほしいものです」

「だから傷つけるなよ、めばえのこと」

「はい」


 いや、やっぱりらんちゃんや伊登さんのお姉さんだ。

 変な発言以外は普通にいい人だった、こんな子たちが妹でお兄さんは嬉しいだろうなあと。


「帰るわ」

「あ、送っていきますよ」

「いい、それはめばえにしてやれ、じゃあな」


 それじゃあこちらは連絡をすることにしよう。


「あ、伊登さん?」

「…………」

「伊登さん?」


 出てくれたのに返事がない。

 物音がしているというわけでもないからすぐ側にいるはずなのに。


「伊登さーん」

「……察してくれないか」

「あ、めばえさんって呼ばなければならないところか」


 越智さんみたいに堂々と呼び捨てもいいかもしれない。

 犬夜くんだって呼んでいるから純粋に負けたくないという気持ちがある。


「……それでこんな時間までかかったのか?」

「さっきりょうさんと話してたんだ、らんちゃんを見つけてくれてありがとうって言ってくれた」

「それは私も感謝している、ありがとう」

「ううん、当然のことをしただけだよ」


 ぐっ、そのかわりに尻尾を触らせてほしいなんて見返りを要求しようとする醜い自分がいる。

 にしてもらんちゃんに生えていなくて本当に良かった、りょうさんには逆に生えていてほしかったが。

 単純に触りやすさが全然違うからだ、好きな子にはどうしたって遠慮がちになるし。


「いまから会おう」

「電話じゃ駄目なのか?」

「うん、顔が見たいから」

「カメラじゃ駄目なのか?」

「無理ならいいよ」

「別に無理ではないが」

「なら変に移動したりしないで家で待ってて、行くからさ」


 と考えつつも少しワガママを言ってみることに。

 ああ、まさか僕の中にこういう気持ちが出てくるなんて思わなかったな。

 だからこそ振られたくない、告白のタイミングが重要だという考えがある。


「ただいま」

「あ、おかえり、ちょっと外に出てくるね」

「どこ行くの?」

「あ、友達の家にかな、あんまり遅くにはならないから」

「わかった、気をつけてね」


 特別どこかに行きたいとかではないから小銭とスマホを持って家を出た。

 夜道を歩いていると怖いと言うよりもワクワクする。

 こう血が滾る感じ、自転車に乗っていたら飛ばしたくなるみたいな。


「あ、中で待っていてくれれば良かったのに」

「家の敷地内だ、ここなら危なくないだろう?」


 それでも危険がないわけではないけどね。

 ま、こうして顔が見えただけでひとり勝手に満足できていた。

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