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02

 僕が行くと喧嘩が終わるという効果はまだ健在だった。

 殴られるだけが終了条件じゃないみたい、ちょっと○○じゃないと言ってみるだけで終わる。

 そういう積み重ねもあって意外とみんなとも話せるようになったかもしれない。

 いや元々会話はできるけど~という次元の話だったからあまり変化はしてないが。


「川相……くんっている?」

「あ、いるよー」


 呼ばれたから反応してみたらこの前の子だった。

 ここにこうして来られた時点で苦手なのが直ったという見方もできる。


「また挑戦、だから付き合って」

「いいよ、空き教室でいいよね?」


 人がいたらやりづらいだろうから移動。

 が、先程彼女に反応した天使、越智さんも付いてきた。


「よし、今度はこの距離感で」

「うん」


 今日は席ふたつ分の距離がある。

 また同じように手を握って――かなりきつい体勢だがなんとかなりそうだ。


「川相……くんは私のこと見てて」

「わかった」


 この距離なら恥ずかしくなったりはしない。

 こちらが変に照れたりするとこの子もやりづらいだろうし。


「んー、どんどん赤くなっていくね」

「あ、越智さん余計なこと言ったら……」

「ちょ、ちょっと休憩!」


 僕らの間にある机が5つに増えた。

 なんか物理的に避けられているようで悲しい気分になる。


「川相くん……なんでその子もいるの?」

「わからない、付いてきちゃったんだ」

「とりあえず出ているように言って」

「了解、そういうことだからさ」

「ちぇ、りょーかーい」


 ふむ、なにも手を握るだけが克服に繋がるわけではないと思うが。

 例えば通話から始めてみるとか、そもそも彼女が普段どう過ごしているのかすらわかっていないいまは上手くアドバイスすることもできない。

 だからとりあえずは色々なことを聞く時間にすることにした。

 で、聞いてみた限りではひとりでいるが話しかけられないということではないらしい。

 そういう時に上手く返事ができるようにしたいというのが本当のところのようだ。


「それなら別に手を握る必要はないんじゃない?」

「それは……彼氏ができた時のための予行練習」

「なるほど、じゃあ僕は彼女ができた時のためになるね」


 一応、無害そうだからと捉えてくれたのかな?

 暴れるタイプではないから危険人物ではないはず。

 だからといって僕を頼って正解だったとは言えないけれども。

 もっとスムーズに支えてあげられるような能力が自分にもあればなと強く思った。


「彼氏がほしいんだけど、あなただったらどうしたらいーと思う?」

「そうだね、だったらなるべく異性と過ごすしかないね。明らかに良い子だとわかる子を狙って話しかけてみる――は難しいか、だからって焦って危ない子に近づいたら駄目だよ?」

「だよね……異性と過ごさなければそんな発展も起きないし」


 こういう時に必要なのは癒やしではないだろうか。

 そのため教室に戻って伊登さんを無理やり連れてきた。


「はぁ……なんだ急に」

「その尻尾、触らせてあげてくれないかな?」

「別に構わないが」


 彼女は席に座って尻尾を軽く揺らす。

 依頼者の女の子はそれをじっと見つめた。


「触りたかったら触ればいい」

「い、いーの?」

「ああ」


 彼女はなんてことはないといった感じで本を読み始めた。

 廊下から越智さんもやって来て隣の席に座る。

 女の子はおずおずといった感じで彼女の尻尾をもふっている。


「そうだ、犬夜がこれを渡してくれと言っていたぞ」

「あれ、連絡先教えてくれたんだ」

「どうやらもう気に入っているようだな、まるで犬や猫みたいな生物だ」

「耳も尻尾も生えてるもんね」


 優しいとわかっているのは彼だけか。

 待て、この子にいい感じで付き合ってくれたりはしないだろうか。

 そういう意味で発展しなくても最悪練習にはなる。

 問題なのは距離か、仮に上手くいっても遠距離恋愛になってしまうと。


「犬夜くんが引っ越してこないかなあ」

「やはりホモなのか?」

「ううん、せっかく友達になったんだから仲良くしたいしさ」

「ふむ、それなら言ってみよう」


 え、いや、言ったところでどうにもならない問題でしょこれは。

 思っていても発言するべきではなかった、こういうところが駄目だと思う。


「でもわかる、毛をまた綺麗にしたいから」

「はは、みなに気に入られていてあいつも嬉しいだろう」


 怪しいのはここか。

 普段は無表情なのに犬夜くんが寝ているときに見せたあの素晴らしい笑顔。

 越智さんといるときでも見られない種類のものだった。


「あ、ありがとう」

「ああ」


 彼女は標準的に「ああ」と返すタイプだ。

 興味がないというわけではないだろうが、それだけで大体のことはわかってしまう。

 どうすれば仲良くなれるのかを知りたい。


「川相、これを見ろ」

「え?」


 見せてくれたので確認してみたら「無理だ」の3文字で終わってしまっていた。

 そりゃそうだ、働いているのならともかく養ってもらっている身でそんなことはできない。

 その気があってもできないのが普通だ、うーん、ただ残念。


「ふむ、そこまで来てほしいのか?」

「そりゃまあ、出会ったからにはね」

「まあ、諦めるしかないなこれは、それに何度でもこちらに来てもらえばいいだろう?」


 お金の問題がなければそれでいいんだけど、実際は確実に負担になっていくわけで。


「安心しろ、あいつは必ず高頻度で来るから」

「そうだね」


 僕の前に座っている子のためにもなると思ったんだけどな。

 というか、これじゃ完全に居づらいし、去りづらいよね。


「えっとさ、君の名前を教えてくれない?」

「あっ――えと……ともか」

「名字は?」

「ともかだから」


 ……今度犬夜くんが来た場合にはこの子にも会ってもらおう。

 口調だってきついわけではないから怯えたりすることもないはず。


「お、今日来るそうだぞ」

「え、なんか悪いことしちゃったかな……」

「いや、元々来るつもりだったようだ」


 あの家出事件から1週間は経過しているからおかしな頻度ではないか。


「なるほどな、そういうことか」

「どういうことー?」

「川相は犬夜を使って練習させようとしているのだ」


 あっさりばれてしまった。

 鋭いな、隠しながらは不可能だから犬夜くんにも説明しておかないと。

 越智さんは「なるほどー、確かに優しいから練習相手としては最適かも」とにっこり笑顔でそう言う。

 彼女の笑顔にも色々な種類があるようだ、このにっこり笑顔にしてもそう。

 いまの彼女からはからかいたいという気持ちがめちゃくちゃ出ているような気がする。


「ともかは会ったら驚くだろうな」

「にしし、そうだね、ともかちゃんの驚く顔が見たいや」

「え、あの……?」

「大丈夫だ、安心して私たちに任せておけばいい」

「そうそう、危ないことはなにもないから」


 そんなことを言われると警戒してしまうのが人間なんだけど。

 案の定彼女、ともかさんは教室から出ていってしまった。

 ただまあ校門で待ち伏せをしていたら必ず出会えることだろう。


「ありゃ、行っちゃった」

「ふっ、少しからかいすぎたか」

「にしても、川相くんは優しいねー」

「だな、手を繋いでくれたお礼なんだろう、経験が少なさそうだからな」


 余計なお世話だよ……それに腕なら先程伊登さんのを掴んできたんだから。


「犬夜くんって可愛いよね」

「ああ、寝顔が最高だな」

「え、見たことがあるの? いーなー」

「それなら川相の家に泊まればいい、高確率で見放題だ」

「おぉ、それなら犬夜くんがお泊りするときは行かせてもらおうかな」


 その場合は伊登さんを誘える口実ができるから僕としても大歓迎。

 そういうときがまたすぐくるといいなとそう思った。

 で、放課後。


「よう」

「あ、よう」


 彼とは遭遇できたけどともかさんが来ていない。


「めばえとあ、あいつは?」

「越智さんのこと? まだだね」

「一緒のクラスなのにどうして一緒に出てこないんだよ」

「友達と会話しているからね」


 こちらばかりを優先していられるわけではないということだ。

 それに今日のメインは彼女だから最悪あのふたりは後から来てくれればいい。


「あ、ともかさん!」

「も、もしかしてその子が……?」

「うん、あのふたりが言っていた子だよ」


 彼は腕を組んでこちらを睨んできた。

 おぅ、あからさまに不機嫌といった感じだ……。


「俺にそいつの相手をしろって言いたいんだろ?」

「うん、嫌なら僕が引き受けるけど」

「別にいいぞ、お前名前は? ――なるほど、よし行くぞ」

「「えっ?」」


 しかも大胆に彼女の腕を握っている。

 彼女の方は――あ、表情が死んでいるけど大丈夫だろうか?


「お前の家には19時頃に行く、それまではこいつといるから」

「わかった、よろしくね」

「おう、任せておけ」


 少しだけ過激すぎるかもしれないけど彼と話せれば同級生と話すぐらいなんてことはなくなる。

 後からやってきたふたりと合流し、僕の家に向かうことにした。


「まさか犬夜が連れて行くとはな」

「意外だよね、優しいけどプライドとか高そうなのに」

「気に入ったのかもしれないな、見た目も良かったわけだし」


 だから優しくしていたなんて思われたくないから無言で家へ。

 家に着いてからもその話を続行するふたりの邪魔はしないでおいた。


「ほら、遠慮しないで入れ」

「は、はい」


 本当に19時頃には家に来て、まさかのともかさんまで連れてくるという展開に。


「犬夜、ちゃんと優しくしてあげたのか?」

「当たり前だろ」

「ともかちゃん大丈夫?」

「う、うん、本当に優しかったから」

「そっか、まあもし調子に乗り始めたら耳と尻尾を引っ張っておけばいいからね?」

「おい、変なこと言うなよ香」

「えっ、なに呼び捨てにしてるの!」

「別にいいだろ」


 大胆、やはり彼女にとって理想の人間かもしれない。

 これぐらいの大胆さがなければ駄目だろう、先程も考えたが彼と話せれば今後に役立つ。


「ただ、お持ち帰りは良くないな」

「正輝には行くといったんだ、それを守っただけだからとやかく言うな」


 ただこのままだと泥沼化してしまう可能性が上がる。

 伊登さん、越智さん、ともかさん、3人とも魅力的だから。


「正輝、俺にこっちに住んでほしいって本当か?」

「うん、伊登さんも会いたいだろうから」


 そうすれば伊登さんの笑顔をもっと見られる。

 自分で引き出せないのはあれだけど無表情を見続けることになるよりはいい。


「んー……わかった、親を説得してみるわ」

「え、無理でしょ、無理って断ったの君なんだから」

「ま、あまり期待しないで待っていてくれ、それに俺もめばえや香、ともかといたいからな」


 さすがに僕はいなかったか。

 あれだもんな、彼の中ではやべーやつでしかないもんな。

 いいんだ、そのかわりに楽しんでいるところを見せてもらうんだから。


「ふっ、優柔不断め」

「違うだろ」

「優柔不断ー」

「ちっ、調子に乗っていると抱きしめるぞ」

「してみてくださーい――きゃっ!?」


 僕は関係ないということで廊下へ移動。

 伊登さんとともかさんのふたりも出てきて階段に座った。


「あれは香が悪いな」

「ま、まさか抱きしめるなんて思わなかった、けど」

「どうだったのだ?」


 どうやらファミレスに連れて行ってくれたらしい。

 そこで変な遠慮するなとか、俺が付き合ってやってるんだからとかずっと言われていたみだいだ。

 でも、優しくて驚いたらしい。

 そうだ、過ごしていれば彼の良さにはいつでも気付ける。


「っはぁ……っはぁ……」

「なにをしたのだ?」

「調子に乗っていたからわからせてやっただけだ、男を舐めたらこうなるから気をつけろ」

「ふむ、通報しておくか」

「してねえよ……ただ頭を撫でただけだ」


 あれ? その割に息を乱しているのはおかしい気が。

 彼曰く、撫でている間越智さんがずっと息を止めていたようだ。


「もう……犬夜くんのばか」

「意味深な反応すんな馬鹿」

「そんな君にはこうだから!」

「いってぇ!? いたたたっ、まじ千切れるって!」

「ふんっ、乙女を弄んだ罰だよ!」


 あ、伊登さんが笑っている。

 あの時と同じようなもの、また見られたことを幸せに思う。

 が、こちらに気づいた瞬間に無表情になってしまう彼女。


「女の顔を無許可に見つめるな」

「ごめん……」

「どうした、そんな顔をして」

「いや……なんでもないよ」


 敢えて笑顔を引っ込められてしまったら困る。

 どうすれば引き出せるのか、それがどんどんわからなくなる。

 仮に僕がそれを引き出せるようになったら、そのときは恐らく関係が変わっている、かな。


「ともかと香を送ってくる」

「あ、うん、気をつけてね」

「ああ、今日も泊まるからよろしくな」

「え、犬夜くんが泊まるなら私も泊まるよ」


 言うと思った。

 伊登さんがそのように発言したからその気になってしまったんだろう。

 どちらかと言えば越智さんが彼のことを気にしている感じか。

 伊登さんにあるのは母性だけみたいな、弟とか息子を見ている気持ちとか?


「馬鹿、男の家に簡単に泊まるんじゃねえ」

「えー、じゃあ犬夜くんは?」

「同性同士は異性と泊まるよりも普通だろ」

「怪しいなあ……」

「いいから行くぞ、ともかも」

「は、はい!」


 というか、なぜ本を読み始めているこの子を連れて行かなかった?


「伊登さんは帰らないの?」

「ああ、後で犬夜に送ってもらう」

「そっか、じゃあ飲み物用意するね」


 冷たいと感じるほどの無表情顔。

 でもやはり彼の名前を出したときだけは少し変わる。


「犬夜くんのことが好きなの?」

「珍しいな、川相がそんなことを聞いてくるなんて」

「うん、嫌なら答えなくていいよ」

「友達として好きだぞ」

「そっか」


 言うと思ったよ。

 聞かれたらみんなそう答えるんだよね。

 だけどそれがいつの間にか変わってしまうんだ。


「なぜそこでほっとしたような顔をする?」

「んー、友達を取られたくないからかな」

「ふっ、安心しろ、そのようなことは絶対ない。私は川相のことを自由に言うときはあるが、離れることは絶対にないと誓おう」

「いいの?」

「いい、前にも言ったが嫌ではないからな」


 お礼を言って飲み物を渡す。

 ありがとうと言ってくれたときの彼女はいい笑顔を浮かべてくれていた。

 それを見られただけで先程までの不安は吹き飛んだ。

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