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「なんだとてめえ!」

「お前こそ調子に乗ってんじゃねえよ!」


 いつの間にか教室内で喧嘩に発展していた。

 先程まで楽しそうに会話をしていたというのになぜだろうか。


「ちっ、うるさい……」


 横の席の伊登さんがそう呟き喧嘩しているふたりに近づこうとする。


「駄目だよ、危ないから」

「なら川相が止めてきてくれればいい」

「わかってる」


 なにができるというわけではないが、見ていて気持ちのいい光景ではないのは確かだ。

 だから、


「やめなよ、やるならせめて教室以外の場所でやりなよ」


 そう言った結果、こちらが殴られて終わりました。

 冗談でもなんでもなく、自分に触れられると喧嘩とかがすぐに終わったりするから不思議だ。

 大抵は「あ、なんかしょうもなくなったわ」と残して去っていく。

 僕は放置されて殴られ損ということだが、周りの子が巻き込まれないのであればまだいいかな。


「すごいな」

「んー、すごいって言えるのかな……」


 ちなみにこれが初めてではない。

 この教室ではもう5回ぐらい同じようなことが起きている。

 だからといってクラスの雰囲気が悪いとかそういうことはなく、みんなは基本的に仲良く楽しくやっていた。人間だから衝突することもあるということ、ちなみに見える範囲でのそれは全て僕が止めてきた形になるわけだ。

 中には殴られるのに近づくM男とか言ってくれる子もいるが、特別気にしたりはしない。

 色々な意味で耐性がある以上、あまり変わらないからだ。

 そう、殴られても全然痛くなかった、不思議なのはそちらも同じ。


「とにかく助かった、ありがとう」

「いや、みんなも見たくないだろうからね」


 羞恥心とかも全然ないし、殴られて尻もちついて笑われても気にならない。

 うーん、人間じゃないのかもなあ、でもそれでみんなが落ち着けるのなら別にいいが。

 そこからは至って平和だった、いつも通りの光景、いつも通りの賑やかさ。

 それに異常なのは僕だけじゃない、彼女も同じようなものだ。


「別に触っても構わないぞ」

「いや……さすがに女の子にベタベタ触れるのはね」

「だが先程から目で追っているのはわかっている」


 ゆらりゆらりと揺れるそれ。

 簡単に言えばもふもふ、ずっと見ていると自分が猫になったんじゃないかと思えてくるもの。


「お礼だ」

「えっと、じゃあ……」


 触れた瞬間にお手入れを頑張っているだなとわかった。

 見ているだけでもわかる綺麗な毛並み、うん、この尻尾を触れる人が少なければいいと思う。


「やっぱりボディソープとかで洗うの?」

「そうなるな、放置しておくとどんどん汚くなるから」


 なるほど、かなり興味深いぞ。

 性欲は人並みにあるからどこから生えているのか見てみたいし。


「性感帯とかってわけではないんだ?」

「もしそれなら大変だな」

「というか、どうして尻尾だけなの?」

「わからない、あ、コスプレというわけではないぞ?」

「わかってるよ、コスプレで動いていたら技術の進歩に驚くよ」


 しかもかなり太めのものだ。

 問題なのは他の人間がこれを見えないこと。

 見えるのは家族限定――のはずなのに僕も見えてしまっているということになる。

 ちなみに彼女の両親、兄、姉、弟、妹、つまり彼女以外にはなにも生えていない。

 だからもしかしたら僕の妄想の可能性もあるということだが、


「私は生まれてこの方、仲間を見たことがないがな」


 いや、そもそも彼女自体が僕の妄想の人物なのかもしれないな。

 とりあえず「奇遇だね、僕も見たことがないや」と答えておく。


「伊登さん、今日はなんの本を読んでるの?」

「人がばっさばっさと殺されていく内容のものだ」

「えぇ……もっと楽しい内容のものにしようよー」


 ただ、こうして普通に会話しているから妄想ではないか。


「それにしても川相くんは今日も叩かれてたね」

「うん、でも争うのをやめてくれたから助かったよ」


 他の子からしたらあれは叩かれたレベルらしい。

 そういうのも影響して痛くないのかもしれなかった。


「腫れてない?」

「うん、大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」

「いやー……正直に言って巻き込まれたら嫌だなって思ってたから助かったよ」

「それなら良かった」


 彼女は伊登さんの友達の越智さん。

 でも伊登さんが笑みを浮かべて会話しているところが見られて嬉しい。

 僕のときは無表情だからいつも気になっていたのだ。

 そのため、こちらと一緒にいるときに笑ってもらうのがひとつの目標でもある。


「ね、ねえ」

「うん?」

「……伊登さんのあれって触ったことある?」


 あれっ、ま、まさかこんなところに仲間がいたとは……。

 やっぱりただの僕の妄想だったか、単に自分だけが~なんて自惚れだったな。


「うん、さっき触ったよ」

「私も触りたい!」


 本人に言えばいいと伝えたら早速突撃していた。

 突撃と言っても隣の席だから体を反転させただけだけど。

 無事許可を得られたようで物凄く幸せそうな顔でもふもふしている越智さん。

 よく考えてみなくても男がああするのは良くないことだ。


「触れられながらでも本が読めるんだ」

「肌に触れられているのと全く変わらないからな、それよりこんなに身近に仲間がいたとは」

「仲間……? ――あ、それってなんか恥ずかしくない?」

「そうか? 胸や大切なところを触れられる以外は気にならないぞ」

「うーん、でも男の子に簡単に触らせるのは良くないと思う」

「私は川相のことを信用している、それに先程のあれはお礼だったのだ」

「確かに川相くんにはそういうのなさそうだよね、無欲な人っていうか」


 いや、並にあるんですが。

 実際に性欲とかが完璧にない人ってほとんどいないと思う。

 そりゃ中には変な欲に任せず行動できる人もいるだろうけど、少なくとも僕はそうじゃない。

 なんてことはいちいち言わないけどさ、距離を作られても嫌だから。

 というか、僕の予想は全く当たっていないなというのが正直な感想だった。

 平気でもふもふしているし、みんな敢えて大袈裟な反応を見せていないだけなのかもしれない。

 それでも中には越智さんみたいな子がいるはずなんだ、こんな魅力的なものがゆらゆら動いていたら猫じゃなくても見てしまうものだろう。


「見すぎだ、言いたいことがあるのなら口で言え」

「や、越智さんが幸せそうだなって」

「ふっ、これに触れることで楽しいのなら結構だ」

「あ……」

「ん?」


 自分の力で引き出したわけではないが彼女が笑ってくれた。

 なんだこの気持ちは、かなり嬉しい、自分にだけ向けられたものではないのに優越感を感じる。

 なんなら撮って残しておきたいくらいだが、まあそれは気持ち悪がられるので言わなかった。


「越智さんは伊登さんのことを名前で呼べばいいんじゃない?」

「めばえさんって?」

「うん、だって去年からずっと一緒にいるんだからさ」

「はは、川相は怖いな、私たちのことをずっと見てきているようだ」

「そりゃ同じクラスだったし、去年も隣の席だったからね」


 謎の吸引力が発生して毎回こうなる。

 そう考えると運命の相手なのかもしれない。

 仲も悪いというわけではないからなおさらそう思える。


「川相がいてくれると助かる、少なくとも醜い喧嘩はすぐに終わらせることができるからな」

「誰かのためになれるのなら別にそれでもいいよ」

「それじゃあ私もなにかありそうだったら川相くんを頼ろうかな」

「うん、いつでも言ってよ」


 その終わり方が毎回殴られて終わりというのが悲しいが。

 相手が女の子でもそれは変わらない。

 寧ろ僕がそういう一面を引き出しているような風でもある。


「あ、先程の話だが、別に名前で呼んでもいいぞ」

「え、いいのっ? それじゃあめばえさんって呼ぶっ」

「ふっ、呼び捨てでいい、わざわざさん付けされるような偉い人間というわけではないからな」

「それなら僕も――」

「川相は駄目だ、まだ私の中で便利屋の域から出ていない」


 残念、だけどいつか呼べるようになればいいと思ったのだった。



「どこだよここ……この地図見ても全然わからねえじゃねえか」


 帰り道の途中、獣耳&獣尻尾どちらもある男の子に遭遇した。

 どうやらどこかに行こうとしているものの、よくわかっていないみたいだ。


「どうしたの?」

「あ? あ、ここがどこがわかるか?」


 目的地はどうやら僕らの通っている高校みたい。

 別に放課後にやらなければならないこともないので連れて行くことにした。


「なにしに行くの?」

「伊登めばえって知っているか?」

「うん、隣の席の子だからね」

「そいつに学校に来いって言われたんだ、こんなわかりにくい地図をよこしてな」


 だからといって伊登さんの兄というわけでも弟というわけでもないと。

 伊登さんが呼ぶようなタイプとは思えないけどな、獣属性以外は派手な感じだし。

 どちらかと言えばいつでも本を静かに呼んでいる伊登さんの知り合いにしては違和感がある。

 いいのか? 連れて行ってしまっても、もしかしたら危ない目に遭うんじゃ……。


「あ、まだ帰っていなかったのだな」

「伊登さん離れて!」

「な、なんだ!?」


 先程の男の子との間に陣取り見つめる。

 どう動いても全て僕が引き受ける、指1本触れさせるようなことはしない。


「おいめばえ、これじゃわかりにくいじゃねえか」

「そうか? 私はネットの地図情報をそのまま送ったのだが」

「ルートぐらい引いておいてくれよ」

「それはすまなかった。川相、犬夜けんやを連れてきてくれてありがとう」


 漢字も教えてもらったけど正にって感じの名前だ。

 夜にワオーンって鳴いてそう、それでその付近で聞いた人が恐れてそう。


「で、俺を呼んだ理由はなんだよ?」

「ただ会いたかっただけだ」

「は? それであんな距離移動させたのかよ、鬼畜だなお前は……」

「あんな距離ってどれぐらい?」

「隣の市だな、大体45キロぐらいだ」


 代わりに伊登さんが答えてくれた。


「え!? 犬夜くんはどうやって来たの?」

「そんなの公共機関を使ったに決まっているだろ、走ってこられるかよ」


 そりゃそうだ、僕だって間違いなく両親か公共の乗り物を使用させてもらう。

 

「え……」

「なんだよ、あからさまにがっかりした顔しやがって」


 ただねえ、そんなにぴょこぴょこ動く耳と尻尾があってそれって……。

 夢がない、そこはあっけらかんとした態度で「走ってきたが」と言うところだろうに。


「まあまあ、そう怖い顔しないでよ」

「ひっ、お、お前、もしかしてホモ……なのか?」

「いや、ただお疲れ様ーって伝えたかっただけ」


 やはり偽物というわけじゃない。

 伊登さんの尻尾と同じように柔らかい耳。

 越智さんが見ても同じようにすると思うが、どうだろうか。


「というかさ、ふたりはどうやって知り合ったの?」

「ゲームだ、私の方から会いたいと誘った」

「え、危ないでしょ……伊登さんはそういうところがあるから困るよ」

「大丈夫だ、直接会う前に顔を見せ合っていたからな」


 いやいや、その時はどうにでもできるんだから危険なことには変わらない。

 確かに犬夜くんは大丈夫そうだけど、他の人も同じとは限らないのだから。


「また帰らなければならないのか」

「私の兄に頼もう、運転が好きだから快く引き受けてくれるはずだ」

「そうか、なら頼むわ」


 当然、僕も付いていくことにした。

 もう少し犬夜くんのことを知っていないと安心して伊登さんを任せられない。

 ほら、僕は彼女の便利屋みたいなものだからね、そういうのちゃんと把握しておかなければね。


「え、あいついないのか?」

「お昼に出ていったきり帰ってきてないよー」


 家から出てきたのは妹さんだ。

 まだ小学生で小さくて可愛い、これで尻尾とか生えてたら……不味いね。


「仕方がない、犬夜、お前は家に泊まっていけ」

「着替えとかねえんだけど」

「いいだろうそのままで」

「ちょっと待った!」


 泊めさせることなんて許可できない。

 だから僕の家に泊まったらどうかと言ったら、またホモかと怯えられてしまった。

 耳もしゅんと垂れてしまっている、尻尾はなんか先程よりも縮まっている気が。


「勘違いするな、川相にそういう気はないぞ」

「そ、そうか、なら泊まらせてもらうかな」

「それなら私も行こう」

「なんでだ?」


 聞こうとしたことを代わりに彼が聞いてくれた。

 そこまで犬夜くんのことが大切だということなら口を挟んだりはしない。


「私は川相と犬夜のことを知っている人間だ、色々とフォローできると思うが?」

「ま、俺は別に構わねえぞ、そいつがいいならいいだろ」

「僕はいいよ、じゃあ行こうか!」


 こちらを見ていた妹さんに挨拶をしてから家の方へと歩きだす。

 ホモ認定されても嫌だからふたりにさせておいた。

 会話をしているところを見る、または聞いておけばどれぐらいの親密さかはすぐにわかる。


「めばえ、こいつはいつもこんな感じなのか?」

「ああ、教室ではよく他人に殴られているぞ」

「なんか……笑ってそうだな」

「ああ、Mだからな」


 ちょ、語弊があるんですが……。

 彼の中ではホモでM属性という風になっていることだろう。

 ま、会うことなんてもうないだろうしいいけどさあ……。

 家に着いてからも同じような話をしていたよ。

 友達認定さえされていないことといい、仲が悪くないとか考えていた自分をぶん殴りたい。

 殴っても仕方がないから気にしないフリをしておくことにした。


「久しぶりだな、川相の家に来たのは」

「毎日遊んでいるわけじゃないのか」

「一緒に帰ることは多いが遊ぶ仲ではないな」

正輝まさきはヘタレだな」


 どうせ正輝はヘタレですよ。

 あまりに積極的すぎても怖いだろう。

 それに僕は同じクラス及び隣の席だからこそ良好な関係を築きたいだけ。

 元々影響を与えられるなんて考えていない、それほど虚しいことはないから。


「そういえばお前どうすんだ? 告白された件」

「犬夜に情報を送る必要もなかったと気づいたぞ」

「ということは断ったのか」

「当然だ、一瞬でも悩んだ自分が恥ずかしいぐらいだ」


 ちなみに越智さんも結構人気がある。

 それを結構な大声で彼女に相談するものだから詳しくなってしまっていた。

 彼女は毎回「越智次第だ」としか言わないんだけどね、いやまあ本当にそうなんだけど。


「寝る、ここに寝転ぶぞ」

「あ、うん、いいよ」


 ということはあんまり近くにいない方がいいかもしれない。

 少しの物音とかで起きてしまいそうだし、それは可哀相だし。


「ふっ、黙っていたら可愛い顔をしているのにな」

「可愛いって男の子だよ?」

「ふふ、愛らしい顔だ」


 そういう彼女からは母性を感じるわけですが。

 僕のときには見せてくれない笑顔、その時点で仲良くないことは明白か。

 でも、だったら仲良くなってみせればいい。


「仲良くなりたい」

「犬夜とか? 起きたら言ってみればいいだろう」

「犬夜くんともそうだけど、伊登さんともだよ」


 あとは越智さんとかクラスメイトの子たちとも。

 欲深いからひとりとかふたりとかじゃ全然足りない。

 教室に行ったら挨拶をできるようなレベルでいたかった。

 だってみんなと仲がいい方がいいでしょ?


「別に構わないが、川相のことは嫌いではないからな」

「ありがとう、それが聞けただけで頑張れるよ」

「そうか、なら良かったな」


 うーん、寝顔はやっぱり可愛いより大人しそうって感じだけどな。

 これから犬夜くんと仲良くしていったら変わるかもしれないから、気長に待つことにしよう。

 

 


 目を覚ましたらもう午前7時前だった。

 犬夜くんはリビング、伊登さんは客間で寝てもらっていたため部屋にはいない。

 1階に行ってもまだのんびりと寝ている彼を眺めていた。

 とにかく僕の中にあるのはあの耳に触れたいという気持ち。

 相手が同性だろうが関係ない、断じて同性愛に目覚めたというわけでもない。


「少しならばれないっ」


 そーっと近づいて触れる――というところで本人にガシッと腕を掴まれて叶わず。


「やめろ」

「ちょ、ちょっとぐらい良くない?」

「お前、気持ち悪いぞ」


 だってオス猫でもメス猫でも変わらず愛でるじゃんか。

 別にそれで嫌悪感を抱く人間はいないぞ。


「めばえの尻尾を触っておけばいいだろ」


 できるかそんなこと!

 寝込みを襲ったら通報されて終わりだ。


「おはよう」

「めばえ、こいつなんとかしろ」

「寝込みを襲おうとしたのだろう? それでも触らせておけばいいではないか」

「良くねえわ……野郎に触られたらゾワゾワしてやってらんねえよ」


 土下座をして頼み込む。

 気持ち悪かろうがどうでもいい、やはり人は無意識にもふもふを求めるものだから。


「川相、私ので良ければいいぞ」

「え、いいの? それなら触らせてもらうね」


 尻尾の方がグレードが上だ。

 しかも女の子な分、綺麗で本当に最高のもの。


「あぁ……いいね」

「きめぇ……」

「犬夜くんだって触りたいでしょ?」

「いや? 別にこんなの邪魔なだけだろ」


 わかってないねぇ……どれほど他人に癒やし効果を与えるのかを。


「俺はそろそろ帰るわ」

「あ、連絡先交換しようよ」

「嫌だよ、お前気持ち悪いし」

「えぇ……別にただ獣耳に惹かれた男ってだけなのに」

「うっせえ、じゃあな」


 愛くるしいと言っていた意味がわかる気がした。

 気持ち悪いとか言っていてもしっかり挨拶をしてから帰るところとか。

 男の子版ツンデレという風に捉えておけばいいだろう。


「さて、私もそろそろ帰るか」

「え、一緒に学校行けばいいじゃん」

「いや、もう1度風呂に入ってから行きたいのだ」

「じゃあここの使えば?」

「マイナスだな、いいから先に学校に行っておけ」


 ぐっ、もう2年目になるのになんだこの温度差は。

 友達認定されていなかったことといい、やはり派手なイケメンには敵わないと。

 どうしてあの笑顔を僕にも向けてくれないんだあ! と暴れている内に彼女が出ていってしまった。

 しょうがないから制服に着替えて僕も家を出る。


「ひとり……」


 そりゃそうだ、なんたって友達を泊めていたわけではないのだから。

 まあいいか、幸い越智さんが来てくれるから完全なひとりにならずに済む。

 学校に着いても挨拶ができる人は全然いないけど、これから変わっていくから大丈夫なはず。


「おはよー」

「越智さんは天使だね」

「私は人間だよー、めばえは?」

「まだ家かな、友達じゃないから知らないんだよねー」


 女の子だから色々と時間がかかるのだろう。

 化粧をしているようには見えないが、髪を乾かしたりとかね。

 あの様子だと毎日朝に入っているみたいだから大変そうだ。


「もしかして本当に信じてるの?」

「そりゃ、本人がああ言うなら友達じゃないでしょ」

「ふふ、川相くんは面白いなあ、尻尾には触れるのに本人には触れられないなんて」


 確かにそこがよくわからない。

 仲良くなりたいと言ったときに否定してきたわけじゃないから妥当かもしれないけども。

 

「おはよう」

「あ、めばえおはよ!」

「ああ」


 フラットに対応してくれる越智さんがいるから大丈夫。

 とかなんとか思っていた自分だったんだけど……。


「まあ、お昼とかひとりだよね……」


 と。

 当然、あくまで伊登さんに近づくときのおまけでしかないことを知る。

 居づらくて教室から思わず逃げたぐらいだ、こういうときに空き教室がたくさんあるのはいい。


「あ、先客がいた」

「邪魔ならどこかに行くけど」

「別にいーよ、ただ臭いとかは我慢して」

「うん、それは大丈夫だよ」


 僕の心とは裏腹に綺麗な青い空。

 友達じゃなくてもひとりじゃない、誰かが側にいてくれるというだけでこんだけ楽なのか。

 ちらりと見てみたら相手の子も咀嚼しながらこちらを見ていた。


「寂しそーだね」

「普段はこんなところで時間をつぶしたりしないけどね」

「ここはいーとこだよ、風も入ってきて涼しいし、なにより静かだから」


 いいところなのはわかるが寂しくもある場所だ。

 集団生活をしているはずなのに群れから外れてひとりでいるのは違うから。


「そーだ、食べ終わったらちょっと付きってくれない?」 

「それはいいけど」

「うん、だから待ってて」


 そこから超速で食べ始める彼女。

 ゆっくりでいいと言ったら「そ?」と口にしスピードを下げた。

 一応人を待たせているからというところだろうか。

 そうそう、この学校に本当に悪い人なんていないんだよ。


「はい、あなたは私の手を握ってて」

「あ、うん」


 付き合ってほしいことがこれかっ。

 え、なんか凄く恥ずかしい、なぜ手を握ったまま至近距離で見つめられてるの?


「あ……」

「え、なんで君が真っ赤になってるの?」

「……人が苦手だからあなたで試したんだけどだめだった」


 そりゃ人が苦手なのにいきなり異性の手を握って見つめるって難易度高いでしょ。

 その子は手を離して離れたところに席に座る、空気はまるで僕がやらかしたかのよう。


「な、なんかごめんね? 力になってあげられなくて」

「いや……こっちこそごめんなさい」

「えっと……もう戻るねっ、君はゆっくりしていって!」


 いやでも、やっぱり女の子の手って柔らかかったな。

 そうでなくてもひとりで寂しかったから助かったかもしれない。


「おかえりー」

「うん、ただいま」

「めばえはいま教室にいないよ?」

「え、どこ行ったの?」

「わからない、だからちょっと話そうよ」


 天使だなぁ、本当にそう思う。

 なんでこんないい子に育ったの? 今度彼女の両親に挨拶に行きたいぐらいだ。

 内容は至って軽い、天気がいいとか食後は眠たくなるとかそういうのだったけど、やはり教室に堂々といられるのが幸せでいい。


「でさ、川相くんはなんで女の子と見つめ合っていたのかな?」

「えっ、み、見てたの?」

「うん、めばえを探している最中にね」


 解消法としてはいきなり過激すぎる。

 それこそ空き教室にある机を挟んでの会話とかの方がいいだろう。

 それを段々減らしていって、普通の距離で会話できるようになったら成功。

 なのにいきなりあの距離感はこちらでも恥ずかしくなるぐらいだ。

 隠すようなことでもないので説明しておく。

 彼女はにっこり笑顔のまま「そうなんだ」と呟いた。


「香、そこをどけ」

「あ、はーい」


 戻ってきた伊登さんが席に座ったことで会話終了。

 そのまま本を読むかと思いきや、ゆっくりとこちらに顔を向け見てくる彼女。


「ひとりではなかったのだな」

「え、伊登さんも見ていたの?」

「ああ、本当にたまたまだったけどな。でも驚いたぞ、寂しいからなんて口にして教室を出ていったくせにあれだからな、最初から女に会うと言えばいいだろう?」

「あの子は全く知らない子なんだよ」

「大抵の人間は言い訳をするときにそう言うな、不可抗力だと」


 女の子といたぐらいでそんなに冷たい顔をされてしまったら勘違いしちゃうよ。

 だって嫉妬しているみたいじゃん、なんでそれぐらい言えないんだってことでしょ?


「大丈夫、僕が仲良くなりたいのは伊登さんとか越智さんとだから」

「ふん、川相になんて興味ないぞ」

「ないぞー」

「えぇ……」


 ま、まあ、呆れたようなものでありながらも笑ってくれているからいいと割り切った。




「おい、気持ち悪いの」

「えっ、よく来たね」


 片道45キロって結構大変なはずなのに。

 しかもわざわざ校門のところで待ってくれているあたりが可愛い。


「よしよし、お疲れ様ー」

「ひぃ!? お前やっぱりホモだろ!」

「失礼なっ、伊登さんの尻尾に触れないから君で満足してあげてるんじゃないか」

「俺で満足するな……変な噂が出るだろうが」


 伊登さんはまだ中にいると説明したらどうやら僕に用があったらしく帰ることになった。

 ところでなんで最近僕は伊登さんと別々で帰っているの? やっぱり仲良くないから?


「それでどうして来たの?」

「1週間ぐらいお前の家に泊まる、いいだろ?」

「え、じゃあ触らせてよ」

「……耳ぐらいだったら触らせてやるよ。ただし、ちゃんと言ってからにしろ、不意打ちはするな」

「当たり前じゃん、そんなことしないよー」


 学校はいいんだろうか。

 本人がこう言っているのならただ泊まらせるだけだけど。

 今度は天使である越智さんを呼んでもいいかもしれない。

 そこに伊登さんも呼べば最高の環境になるという計算だ。

 なにより彼にとっても知り合いであるあの子がいた方が気が楽だろうし。


「理由、聞かねえのか?」

「うん、別にいいかなって」

「そうか……まあ、ただ親と喧嘩しただけなんだけどな」

「そうなんだ、それならできる限り早く仲直りしないとね」


 ずっと謝れなくて余計に距離ができたことだってあったから。

 そのまま関係が消えたこともあった、そういう時は無駄に考えず謝るのが1番。

 考えれば考えるほど歩み寄ろうとできなくなる、僕みたいな弱い人間であればなおさらのこと。

 彼が同じだとは言うつもりはないが、誰であってもそれがベストなことには変わらないだろう。


「聞いてくれよ、わざわざ俺の耳を掴んで喋りかけてくるんだぜ? 力加減をわかっていないから痛くてよ……なのに全然聞いてくれねえし」

「え、それで出てきたの?」

「いや、大変だからな!? お前が想像しているようないい生活ってのは送れねえんだよ」

「ぷふっ、可愛いなあもう」

「やめろ……こっちは困ってるんだよ。ガキじゃあるめえし、なんであんな何度も掴んでくるんだ」


 そりゃ実の息子のだったら触り放題なんだからしたくなるって。

 言い方はあれだけど同性さえ惹き付ける魅力があるんだ、女性なら多分もっと強く影響が出る。

 

「まあいいや……とにかくお前の家に行こうぜ」

「わかった」


 こういう場合、どうせ1週間もいられなくなるのが普通。

 多分2日目ぐらいにはもう両親の声が聞きたくなるに決まっていた。

 妙に律儀なところがある子ならなおさらね、別にそんなつもりじゃないとか言いながら親孝行をしそうだし。


「はい」

「さんきゅ」


 こちらは床に直座りして飲み物をちびちび飲んで。

 何度もため息をついている彼には敢えて意識を向けずに窓の外を見ていた。

 夕方頃でもまだまだ綺麗な空だ、なんか家にいるのがもったいないぐらいの光景。


「川相くーん」


 だけどそうやって見つめていたらまさかの天使が現れた。

 彼女の後ろが明るいのもあって顕著にそう感じる。


「あ、開けないと」


 玄関を開けたら伊登さんもそこにいてくれた。

 うん、やっぱり越智さんだけではなく彼女もいてくれる時間の方が好きだ。


「犬夜、耳を握られたぐらいで家出なんかするんじゃない」

「……わからねえからそんなこと言えんだよ」

「私だって触れられることはあるぞ、毎時間ここにいる香に握られているからな」

「そいつは力加減がわかっているから気にならないんだろ、俺の親は握る力が強えんだよ……」

「いや、興奮すると香はかなりの力で引っ張るが」


 天使は「すみましぇん……」としゅんとしていた。

 でも気持ちはわかる、だって離したくなくなるから。

 他の誰にも取られないようにと、堪能しておかなければならないという気持ちが強く出る。


「ああもう……わかったよ、電話かけてくる」

「ああ、そうした方がいい」


 これはどうやら明日には帰ってしまいそうだ。

 なにもしてあげられなかったわけだし約束もなしと。

 まあ、喧嘩したまま家にいられるよりはいいから気にしないでおこう。


「おぉ、地味に川相くんの家に入ったの初めてかも」

「あ、だよね、僕もそう思ってたんだ」

「綺麗だねー、ほー」


 僕も母も掃除が好きだからリビングなんかは常に綺麗だと思う。

 お互いの部屋はどうかわからないが、少なくとも汚いなんてことはない。

 なにをするにしてもごちゃごちゃした空間よりは捗るから無駄なんてこともないし。


「正輝、明日の朝やっぱり戻るわ」

「うん、仲直りした方がいいよ」

「悪いな……だから、自由にしていいぞ」

「え、あ、いやいいよ、なにもできていないのに報酬を貰うのは違うし」


 試しに越智さんにどうかと言ってみたら遠慮なく触れていた。


「んー、犬夜くんのこれはなんかごわごわって感じだね」

「やっぱりめばえのとは違うか?」

「うん、全然違う。ちょっと待って、えっと、これとこれとこれとこれとこれとこれ!」


 かばんから取り出したのは大量の櫛とかそういう道具たち。

 助けてくれと目で彼が訴えてくるが止められる勢いではないためリビングから離脱。


「川相、今日の昼の女は本当に知らない人間なのか?」

「うん、空き教室で休憩したら出会っただけだよ」

「そうか、なのに手を握るなんておかしいな」

「人が苦手なんだって、その練習としてああしたらしいんだけどさ」


 コミュニケーション能力に自信がある自分が恥ずかしくなったぐらいだ、あの子はもっとそうで、自分がなにをしているんだろうと考える羽目になったと思う。

 対応が下手くそだったな、自分が格好いい子だったりしたらスマートに、それこそ恥ずかしがらせずに済んだのに。下手をすればあれが致命傷になりかねない、逃げるように戻ってしまったのも良くないことだった。


「越智さんが言っていたことだけどさ、もっと楽しい内容の本を読んだらどうかな?」

「楽しいか……だが、現実との差に虚しくならないか?」

「あくまで創作の世界と現実は違うからね」

「そうか、川相もそう言うならそうしてみよう」

「あ……それが好きならいいんだけどね、ごめん、変に口出しして」


 僕がサイコホラーものを読んだら疑心暗鬼になりそう。

 相手の発言の裏ばかり考えて、疲れて、学校にも行けなくなるかも。

 影響を受けやすいタイプではあるから進んで怖いのを見たりはしない。


「お待たせー」

「お……おぉ?」


 なんかやたらと犬夜くんのそれがキラキラしている気が。

 彼自身は涙目になって体を震わせていた、一体、どんなことをされたんだろうか。


「ま、正輝、こいつはお前より怖い……」

「そんなことないよー、私は優しいよー」

「だな、香は優しくいい子だ」

「やられてねえからわからねえんだ……」


 にしても、躊躇なく触れるところが意外だった。

 普通対異性のだったら「えっと……」とかってなりそうなものなのに。

 勇気がある子なんだなと彼女の評価を改める。


「めばえのもやってあげるよ?」

「なら頼む」

「やったっ、任せて!」


 あ、なんだ、至って普通のことだ。

 伊登さんなんて本を読みながら「楽しいのか?」なんて気にせず聞いているし。


「なんかさ、犬夜くんより伊登さんの方が男の子っぽいね、どっしり構えているところが」

「ちっ……ただこれだけで判断しやがって」

「そうだぞ川相、男扱いとは好き勝手言ってくれるではないか」

「馬鹿にしているわけではないから安心してください」


 それでもこれ以上言われないために黙っておいた。

 その間も余裕そうな彼女と、弱々モードの彼がいたのだった。

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