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ワイヤーを外す時  作者: 赤尾 常文
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 為せば成る。



 信じ続ければ夢は叶う。



 夢を追うのに年齢は関係ない。



 今からだって十分間に合う。遅すぎることなんてないんだ。



 恐れず、勇気をもって進め。



 あきらめたら、そこで試合終了だ。



 人生は、一度きり。



 このような名言や格言が、巷に溢れている。


 うっかりと「そうかもしれない」などと思ってしまう。


 諦めるのは悪。逃げるのは悪。夢は何よりも大切なもの。鋭利な言葉たちが、人々の首のワイヤーをより強固にする。時間が経てば経つほど、外すことは困難になっていく。


 だが、死んでしまうほどの苦しみはない。それどころか、時間が経つにつれ、その痛みは薄れていく。



 置かれた場所で咲きなさい。



 そのままの自分でいいんだよ。



 逃げるのも勇気。


 

 そんな名言たちが、ワイヤーを緩めてくれるからだ。


 優斗自身、たまに引っかかって息を飲むことがある。ことあるごとに、そのワイヤーがまだ確かに自分の首にしっかりとかかっていることを再認識する。だが、その程度だ。


 その程度なのに、なぜこんなにも煩わしいのか。


 このワイヤーはいつまでも外れないのだろうか。


 いや、おそらく外すことは可能だ。会社の上司や先輩たちは、ワイヤーが掛かっているようには見えない。元々無かった可能性はあるが、全員が全員そうではないだろう。少なくとも、プロ野球選手を目指していた松崎にはあったはずだ。


 優斗は現在二十九歳。来年には三十歳になってしまう。


 まだ間に合うかもしれない。


 間に合う?


 何に?


 いつから間に合わなくなる?


 二十九歳なら間に合う?


 三十歳になったら間に合わない?


 そうではない。


 そうではないだろう。


 ではなぜ動かない?


 その程度なのか?


 そうか、その程度だったのか。


 いや、違う。


 その程度だったと思いたいだけだ。


 そう自分に言い聞かせているだけだ。


 だがその方法では、このワイヤーは外せない。


 外す方法は知っているはずだ。


 なぜ外そうとしない?




 優斗は思考を断ち切る。これ以上は進んではいけない。今日の映画は全く頭に入ってこない。既に一時間近く経過しているというのに、主人公がなぜ戦っているのかわからない。今日はリンが部屋に入ってこない。あのゴロゴロを聞いていると、頭がぼんやりとして、何も考えずに作品を観ることができるのに。


 なぜ自分が現状に留まっているのか。優斗はその答えを持っていた。現状を捨てるデメリットの方が、現状のままでいるメリットよりも大きいからだ。そして、先に進むには、そのデメリットを覆してみせるという気概がなければならないが、自分がそれを持っていないとわかっている。


 一階のリビングから、父親の歓声と拍手が聞こえてくる。誰かがホームランでも打ったのだろう。もちろん、巨人の選手がだ。


 野球などのスポーツで自分よりも若い選手が活躍していると、観てはいけない気がしてくる。観続けてはいけない。何かが見えてしまうような気がする。いや、本当はもうとっくに見えているのに、目を逸らしている。


 その点映画は楽だ。製作者の顔は見えない。役者のほとんどが優斗よりも若いが、俳優が活躍するのはなぜか平気だ。俳優になりたかったわけではないからだろうか。いや、それではスポーツ選手になりたいわけでもなかったからおかしい。


 役者は活躍しているが、作品の一部だから観ていても平気なのだろうか。生の人間というよりも、キャラクターという感覚が強いということか。いや、しかし映画の番宣などで生身の俳優を見ても特に何も感じない。


 不思議だ。


 また思考の渦の中にいた。映画はもうすぐクライマックスが近い雰囲気である。


「考えるな、感じろ」


 主人公が冒頭で言ったそのあまりにも有名なセリフが、頭の中に響いていた。


 考えてはいけない。


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