醜亜巨人戦線 始末
深い森の中を、数人の人間が歩いていく。鬱蒼とした森を踏み締め、苔の生えた岩を手掛かりに、荒れた獣道を進む。
「……クセェ、近いな」
ニコラスが鼻を塞ぎながら、周囲に報せる。彼の言う通り、異様に青臭い異質な獣臭さが、辺りに立ち込めていた。
その異臭に、全員が顔をしかめる。誰も、それを非難したりはしない。この臭いの原因を理解しているからだ。
「あったぞ」
フェリドとフレッドが武器を構え、ある小さな洞窟を指し示す。
風の通る音が響き、音を鳴らす風に異臭が乗って、こちらの嗅覚に不快感を叩き込んでくる。
間違いなく、ここが連中の巣だ。
「おい、フレッド。俺が合図したら、この石を奥に投げ込め」
「分かった」
「お姉さん二人とハルファは武器を構えててくれ。他は俺と一緒に二人を守れ」
この中で一番経験豊富なフェリドが、洞窟から少し離れた場所で大盾を構える。背後にはシーナとソフィアが砲剣と長銃を構え、ハルファが古代文字に魔力を通している。
「フレッド」
「了解……!」
フレッドが振りかぶり、投げた拳大の石は、真っ直ぐに洞窟の奥へと飛んでいき、何かにぶつかる音を立て、その音が反響して伝わる。
フレッド達の他に、まだ年若い《フェンサー》が逸るが、フェリドが手を出して制する。
反響が終わり暫く待ち、ニコラスとフェリドを顔を見合わせ頷く。
「どうやら、空みたいだな」
「油断はするな。犬面人でも、騙し討ちする知能は持っている」
「あと、坊主。武器を換えろ。長剣は洞窟じゃ、邪魔になる」
フレッドが《フェンサー》の少年の頭を押さえ、腰の短剣を掴む。愛用の大剣は既に背に納めており、少年もそれに倣い、長剣から短剣に持ち替える。
「サヤマ、見付けたら報せろ」
「いいですけど、大丈夫ですか?」
「なにがだ?」
「あ~、その、シーナさん、女性ですし……」
サヤマが言い淀み、シーナの片眉が跳ね上がる。サヤマは知っている。片眉が跳ね上がった時のシーナは、すこぶる機嫌が悪い。
「同じ女だから、早く終わらせてやりたい」
「………分かりました。ですが、あまりに酷い場合は、こちらで判断します」
「構わない」
サヤマは長身を折り曲げ、洞窟へと向かう。その長細い背を見ながら、シーナは砲剣の構えを直す。
側にはリラが無言で控え、ハルファは古代文字を熾こしたまま、洞窟を睨む様に見ている。
「あ、あの~」
そんな中、癖毛の男がシーナに声を掛けた。
「なんでしょう?」
だが、即座の反応でリラが前に出る。腰後ろに提げた曲刀の柄には、僅かだが手が掛かっている。
「そ、その、シーナさんにほんの少しお話というか、聞きたい事がありまして……」
「聞きたい事?」
モンドが癖毛の頭を片手で掻きながら、害意は無いと示す為に、腰の鞭から手を離す。
「俺がじゃなくて、ソフィーがだけど」
「?」
佇まいや装備、ここまでの道中から、モンドもあの《金鹿の蹄》に所属するだけの実力があるのだろうが、どうにも情けさが先に立つ印象がある。
ハルファが首を傾げる中、そんなモンドの側に立つ隻眼の女、ソフィアが口を開いた。
「シーナさん、聞かせてください」
「なんだ?」
「……貴女は、召喚勇者ですね?」
「それが、どうした?」
隻眼を細め、ソフィアが問うと、シーナがそれに反応する。両者共に己の得物に手を掛けたまま、正面から向き合う。
「〝転生勇者〟では、ないのですね?」
「あんなのと一緒にするな」
眉間に皺を寄せて吐き捨てる。
見ればリラは首を傾げているが、ハルファも眉間に皺が寄っている。
俗に、転生勇者は嫌われている。それは何故か。
単純に、彼又は彼女達の性格が悪いからだ。無論、そうでない者達も居るが、大概の転生勇者の性格が悪く、召喚勇者よりも若干強い程度で、とても調子に乗るから嫌われている。
「転生勇者は役立たずで屑しか居ない」
「あ、あはは……」
あまり見せられない顔をするハルファに、モンドが若干引いた顔で苦笑する。
確かに転生勇者は強い力を持つが、ただそれだけだ。強力な職業や能力なら、召喚勇者も同じく持つし、その血縁やこの世界本来の住人だって同じだ。
つまり、転生勇者は一般人よりは強い力を持っているだけで、それを十全に扱う能も無ければ、知恵も無い。下手をすると、実害しか出さない厄介者。
それが、この世界の転生勇者に対する認識だ。
「で、それがどうかしたか?」
「いえ、変な事を聞いてすみません」
「そうか、私も一つ聞きたい事がある」
軽く頭を下げるソフィアに、次はシーナが問うた。
その視線は、彼女が持つ長銃に向けられている。
「……この一年以内に、レミエーレに行ったか?」
「レミエーレですか? いえ、この一年程は、殆どファーゼル国内でした。勿論、モンドも一緒にです」
「……本当か?」
砲剣のメイングリップにある引き金に、シーナの指が掛かり、砲口がソフィア達に向けられる。その様子に、リラが即座に腰を落とし、ハルファが身を強張らせ、モンドが両手を上げた。
「事実です。貴女に嘘を吐く理由がありません」
「…………」
ソフィアの毅然とした答えに、シーナは無言で思案し、一度だけ深く息を吐き出す。そして、息を吐き終えた後、引き金から指を離し、砲口を上げる。
「すまない」
謝り、頭を下げる。上げたその顔は、酷く疲れている様にも見える。
「理由は聞きませんわ」
「感謝する」
よく見れば、その顔はソフィアも似た様なものだった。シーナとよく似た疲れ果てた顔。ともすれば、今にも壊れてしまいそうな色が、二人の瞳には浮かんでいた。
「あーっと、皆。調査班が帰ってきた。……やっぱりらしいね」
モンドが態とらしく声を出せば、予想出来ていたとはいえ、暗い顔のサヤマが戻ってきた。
彼は青い顔を浮かべて、疲れた声でシーナに伝える。
「シーナさん、案内します……」
「ああ」
着いて来ようとしたリラを手で制し、シーナはサヤマの案内で洞窟内に進む。中は薄暗く、非常に粗末な篝火が僅かに焚かれている。
だが、ただそれだけでも、ここの環境の劣悪さが解る。
「……ここです」
先行していたフェリド達が手を上げ、〝手遅れ〟になっていない者達の為に、着いて来ていた《メディック》や《ドクドルマグス》の女達が、今にも泣き出しそうな顔でシーナを見詰める。
「無理だったか」
「……はい」
ただ一言、《ドクトルマグス》の女が特徴的な帽子に顔を隠し、くぐもった声で頷く。既に〝手遅れ〟だった様だ。
「おい」
「俺か?」
「サヤマと一緒に二人を連れて、洞窟から出ろ」
「……分かった」
サヤマと《フェンサー》の少年が、治療職の二人を連れて行く。《ドクトルマグス》の方は諦めがついていたのか、素直に着いて行くが、《メディック》の女は僅かに抵抗する素振りを見せた。だが、シーナが頭を振ると涙を溢し、背を丸めて去っていく。
「……どうやら、知り合いの《ウォリアー》が居たらしくてな」
「そうか。……遺品は?」
「唯一、髪飾りが」
溜め息を一つ吐く。ここであまり息はしたくない。
シーナは洞窟の分かれ道を利用した小部屋に入る。藁に襤褸切れを乱雑に敷き詰めた場所は、酷い獣臭と鉄臭さが充満し、そこに居た幾人かが、意識の無い目を上げる。
「……して」
「ああ」
「…ころ、して」
「ああ、私はお前達を終わらせに来た」
赤と白に塗れた一番体格が良い女が、掠れた声でシーナに求める。その声が聞こえたのか、まだ声を出せる数人が、脚に絡み付く赤黒い肉塊から伸びる紐状のものを、渾身の力で引き千切り、シーナの元に這いずってくる。
「ころして」
「しなせて」
「ああ、もう終わりだ。もう、いいんだ」
シーナは腰の弾帯から一つの砲弾を抜き、ポケットから取り出した工具でそれに細工をする。
「……もし、もしだ。生きていたいなら、私に着いて来い。終わりたいなら、この紐を引け。五つ数えたら、終われる」
シーナは誰も着いて来る気配が無い事を確認すると、まだ手足を動かせる力を残しているであろう女に、細工をした砲弾を手渡す。
「ありがとう……」
声を背で聞き、小部屋を戸板で塞ぎ、まだ居残っていたフェリドを見る。
「行こう」
「ああ」
二人で僅かに急ぎ足で、洞窟を戻る。出口が間近に見えた時、奥から轟音と振動が追ってきた。
反射的に、フェリドが大盾をシーナの前に掲げる。
「音だけだ。あれは、ここまでは届かない。……焼夷弾だから」
シーナの言葉に、洞窟奥から熱だけが届く。それは肌を焼きかねない程の熱で、二人は急ぎ洞窟から出る。
「シーナさん、フェリド」
「サヤマ、終わった」
暗い顔の冒険者達が、二人を出迎える。足元に数体の犬面人の死体が転がっている。どうやら、まだ生き残りがいたようだ。
「ご主人様、お疲れ様で御座います」
「ああ、リラ」
シーナは駆け寄ってきたリラに軽く抱き着き、獣耳に顔を埋める。リラの匂いと香油が混じった匂いが、鼻を擽る。
「疲れた、疲れたよ……」
呟いた言葉に、誰かが頷いた。




