94:マモルの初恋について
……知ってる?
エビ太は普段、作者の活動報告に住んでる、エビの妖精えびよ。
気付いてたエビ?挿絵と本文の内容が一話ずつズレてる事実に。
気付かなかった、もしくは別にどーでも……いいエビね!!
ドンマイ♪
本日の任務は終了。短期課程の教場での授業を終えて北条が教官室に戻ると、冴子が待ち構えていた様子で駆け寄ってきた。
「何、どうしたの?」
「また……トラブルが起きてるの」
「また? 今度は何?!」
北条は長い前髪をかき上げた。
亘理玲子だろうか、それとも藤江周の方かあるいは上村柚季か。
週明けからこちら、しっかりと見張っていたから、特に大きな問題はなかったように思えたが。
そして冴子から聞いた話は思いがけないものだった。
「盗難事件……?!」
「そ。古くて汚いものから、新品まで。あまり大きなものだと目立つから手をつけていないみたいだけど、マウスとかボールとか、とにかく備品が紛失してるのよ」
「それを、誰かが盗んで転売してるって言い出した訳ね?」
北条はまるでそれを言い出したのが冴子であるかのように、彼女を睨みつけてしまった。
「私を睨まないでよ。事実がどうかはともかく、備品が無くなってるのは本当なの」
「……富士原は?」
「さっきまでいたけど……あ、戻って来た」
富士原はタオルで顔を拭きながら、機嫌良さそうに教官室へ入ってくる。
北条は大股で彼に近づき、
「どういうこと?」と、詰め寄った。
「……はて?」
「盗難事件って何の話?」
すると富士原はニヤリと嫌な笑顔を浮かべる。
「刑事ごっこで不在がちでしたからなぁ、北条教官殿は。残念ですが、れっきとした事実ですよ」
こっちは元々れっきとした【捜査1課の刑事】だ。
苛立ちをどうにか飲みこみながら、北条は咄嗟に浮かんだ疑惑を口にした。
「……まさか、ヤラセじゃないでしょうね?」
「はぁ?」
「自作自演してるんじゃないのかって言ってるのよ!!」
肝臓をやられているのではないかと思われる、やや黄ばんだ眼で武術専任教官はこちらを睨む。
「仰る意味がわかりませんが?」
「どうせ、犯人が自ら名乗り出るまでは毎朝5時起き、特別訓練と称して稽古をつけてやる、あるいはランニングの距離を増やす。そうなんでしょう?」
「当然の処置でしょう」
「……そうして学生達のイライラを煽って……互いに猜疑心を覚えさせ、誰かをスケープゴートにするつもりね」
「犯人が名乗り出れば、それで済む話です」
「だから、犯人なんかいないんじゃないかって言ってるのよ!! 頭悪いわね!!」
富士原はこちらの言葉をあまり理解していないようだ。
「誰かに命じて備品をどこかに隠しておいて、さも学生が盗んだかのように演出してるんじゃないの?!」
一瞬だけ、富士原がギクリと震えたのを北条は見逃さなかった。
「……そうなのね? 狙いは藤江周? それとも上村柚季の方?」
「何言ってんだ、あんた」
今度は開き直った。
「黙って聞いてりゃ、好き勝手言いやがって!!」
ドン!! と、富士原は机を叩いた。
「こっちにはなぁ、後ろに代議士の田代先生がついてるんだよ。知ってるか? 田代正和大先生。いずれは総理大臣になろうかっていうお方だぞ!!」
「それが何?」
「特殊部隊の隊長だかなんだか知らないが、偉そうにしやがって!! 見てろよ、今に思い知らせてやるからな!!」
日頃の自分なら、何それで笑い飛ばすところだ。
だが今は余裕がない。
「勝手な真似は許さない!!」
思わず北条は富士原の胸ぐらをつかんだ。
「雪村君!!」
冴子の手が肩をつかむ。
「……もしあんたの憶測が正しいって言い張るんなら、証拠を見せてみぃ!! どんな新米にだってわかるじゃろ、物証がすべてじゃちゅうことぐらい!!」
こんな頭の悪いクズに反論を許すなんて。
北条は思わず手を下ろした。
富士原は鼻を鳴らして去っていく。
「……雪村君、どうしたの? いつものあなたらしくないじゃない」
らしくない。
そうかもしれない。
どうもここのところ、本調子が出ないのは確かだ。
自分はもっと強い人間だと思っていた。肉体も精神も。
「……悪いけどアタシ、今日は帰るわ……」
「その方がいいわね。顔色が悪いもの」
※※※※※※※※※
校内の空気はいつも以上にピリピリしている。
いつもなら寛ぎのひとときである食事時には、それなりに談笑が聞こえるものだ。しかし今日は通夜のように静まり返っている。
倉橋護は自分も疑いの的になっているのであろうことを思い、秘かに溜め息をついた。
周知のあった盗難騒動以来、誰も彼もが犯人に対して一刻も早く名乗り出ろ、と胸の内で呪いつつ焦りと苛立ちを覚えている。
ダンベルやバレーボールはともかく、マウスに関しては自分も疑われる要素がある。
学生達が使用できるパソコン室と呼ばれる、唯一外部との接触ができる通信室。使用する際には自由に誰でも好きな席を選んでいい訳ではない。誰が何番の席を使用できるかが厳密に割り当てられている。
問題のマウスは3番デスクの付属品だという。そうなるとそのデスクを割り当てられている学生が怪しいということになるが、自分だって疑われる対象になりうることを倉橋は危惧していた。
それはつい先日のことだ。
自分が割り当てられているデスクのパソコンは調子が悪く、その日だけ問題の3番デスクを使用したのだった。そして直前までそこを使用していたのは若狭真澄。
彼女の匂いがほんのりと残るその席に着いた時、少なからず胸が騒いだ。
学生時代、剣道部に所属していた倉橋は、実は県大会などで何度か彼女を見かけたことがある。彼女は他の学校の剣道部員だった。
きっとなんとなく姿形に魅かれたのだと思う。他校の剣道部と試合をする機会があるたび、思わず彼女を探している自分がいた。
まさか警察学校で再会できるとは思っても見なかった。
決して目立つ方ではなく、いつもコンビの片割れである能登と一緒に行動している彼女と初めて言葉を交わしたのは、おそらく班ごとに別れてディスカッションした時だ。
地域警察の授業の時、教官の指示で4人1組の班を作り、テーマに沿って論議する……その機会。
外見だけで言えばあまりパッとしない女子学生だったが、その時に見せた、頭の回転の速さに驚いた。
それ以来、顔を合わせて余裕があれば少し会話もするようになった。何しろ常に2人1組で行動している彼女だからそれほど深い話もできないが。
そこはお互い様で、こちらもいつだって周の傍にいる。
ただ……どうも彼女の視線は周の方に向いているような気がする。
それが正直、少し妬ましくもあった。それでも友人がまったく彼女に関心を見せる素振りすらないことが救いだと思う。
でも、誰だろう?
バレないと思ってやっているのだろうか。
しばらくはこの悪い空気が続きそうだ。
倉橋が溜め息をついている横で、周はなぜかじぃっとテレビ画面を見ていた。
日頃、食事の時は自分か他の誰かと会話をしていて、滅多にテレビに集中することのない彼がめずらしい。
「なんだよ、猫でも映ってるのか?」
「いや……」
倉橋もテレビの画面を見た。
叱られるのを覚悟の上か、それとも誰か教官か知らないが、民放が映っていた。
『子供たちの安全がかつてなく脅かされている時代になりました。どう思われますか?』
『あのさぁ……その子、どうしてそんな時間に外へ出たりしたの? 塾の帰り?』
『いえ、家庭教師が自宅に……』
尾道で小学生が、行きずりの男に殴り殺されたという事件は聞いている。連日、テレビはこの話題でもちきりだ。
「まさか、周の知ってる子なのか?」
「いや、そうじゃない。北条教官が……」
「教官の知り合い?」
「わかんない。ただ、随分気にしてたから」
「あの人、顔広いもんなぁ」
それに加えていつもの元気がなかった。
その時だった。
「いい加減にしろよっ!!」
少し離れた場所で誰かが怒鳴った。
「俺が犯人だって言うんなら、証拠を見せろよ!!」
「お前ならやりかねないだろ?! さっさと吐けよ!!」
同じ教場の学生同士だ。
一触即発。もしどちらかが手を挙げてしまえば、それこそ連帯責任となってどんな罰を下されるかわからない。
「何やってるの、あなた達!!」
仲裁に入ったのは雨宮教官であった。
2人の男子学生は我に帰り、互いに背を向けた。
いつまで続くのだろう? このやるせない状況は。
うちの『マモル』は、短髪の五木ひろ○みたいなビジュアルだと思えば間違いない。