81:変な息子ばっかりだ……
寝覚めの悪い朝だった。
もっとも、気分がスッキリした帳場明けなどめったにないのだが。
結局、聡介は長女の厚意に甘えて、昨夜も彼女の自宅に泊まらせてもらった。
ずっと待っていたが、さばは帰ってこなかった。
気持ちが落ち込む。
こんな時は仕事に出るに限る。
今日は出来るだけ早い時間帯に広島へ帰ろう。
聡介は目を擦りながら洗面所に行って顔を洗い、それから服を着替え、リビングに向かった。
「おはようございます、お義父さん」
義理の息子が広げていた新聞の一面には、尾道での事件が報じられており、山西部長が涙ながらにマイクに向けて語っている記者会見での写真が載っている。
「ああ、おはよう……」
たとえ褒められた子供ではなかったとしても、警務部長にとってはかけがえのない可愛い孫だったに違いない。そう考えたら胸が痛んだ。
膝にまとわりついてくる自分の孫を見下ろしていると、余計にそう思う。
ただ……。
いろいろと疑問点の残る事件だった。
実はもっと深い所に真相が隠されているのではないだろうか。
「お父さん、おはよう!!」
長女の声に聡介ははっ、と我に帰る。
「ああ、おはよう……」
「お仕事、お疲れ様。昨夜はよく眠れた?」
本音を言うなら、それほど眠れなかった。気になることがいろいろとありすぎて。
でも、娘の前では言えない。
「ああ、ありがとう。すっかり世話になったな」
思わず、作った笑顔を貼りつけて答える。
それからダイニングチェアに腰かけ、何気なくテレビ画面を見つめた時だ。
「お義父さん。今日は世羅高原に行ってみませんか、フラワーパークに」
優作が突然そう言いだした。
「……え?」
「今は、なんだったか……とにかく、今はなんとかっていう花が綺麗だそうですよ」
なんとか、って何だ?
「かなりお疲れのようですし、たまには癒しが必要なのではありませんか? この子もせらやんに会わせろ、と訴えていますし」
彼は息子、聡介にとっては孫を指さして、妻に背中を叩かれていた。
人を指差すな、とか。訴えるってなんだ、とか。
いろいろとツッコミたいところはあったがやめておいた。
彼なりにそれなりに、こちらに気を遣ってくれているのがよくわかるから。
つかみどころがなく、何を考えているのかイマイチわからない男だが、自分と娘を心から大切に思ってくれていることだけは伝わって来る。
そう考えてみると、和泉と長女の夫はよく似ている。
小さい頃からの馴染みと言う点を差し引いても、あの2人が妙に仲の良い理由はそのあたりにあるのかもしれない。
「じぃちゃ、せらやん!!」
孫が目を輝かせている。
「そうだな、行ってみようか……」
世羅高原なら尾道からそれほど遠い距離ではない。
仕事は後回しでも良いか。
※※※
長女の家族は揃って出かける時、なるべく次女の息子も一緒に連れて行くことにしているらしい。
彼の両親は自営業者である。定休日は設定してあるものの、週に1度のことだし、休みの日ぐらいはゆっくりしたいだろう。
いつも夜が遅くて、朝が早いのであればなおさらだ。
それに比べて長女の夫は基本、土日祝日が休みである。
そこで。レクリエーションを計画した時には可能な限り甥っ子も誘おう、と言い出したのは驚いたことに優作だったらしい。
次女の夫で、彼にとっては幼い頃からの親友の気持ちを汲んでのことだ。
自営業者の両親を持つ子供というのは、休みの日に家族揃って出かけた記憶がない、と言う話を聞いたことがある。
優作は、幼馴染みのそういう切ない気持ちを理解しているようだ。
空気の読めない変人のくせに、妙なところでポイントを稼ぐものだと思う。
が……。
肝心の次女はあまり、おもしろくなさそうだ。
連絡をして自宅まで迎えに行くと開口一番、
「……ウチの子に怪我させないでよ?」
「任せておけ」
「優ちゃんのそれが、一番信用ならないのよ!!」
ごもっともだ。
「心配するな、俺が見てるから」
次女の息子を腕に抱いて聡介が口を挟むと、
「お父さんが一緒なら大丈夫かしらね? ねぇ、慧ちゃん」
彼女の夫は苦笑いしている。
何も言えない。
かくいう孫同士は嬉しそうに微笑んでいた。
「それじゃ、夕方には帰るから。行ってきます」
長女が告げた時、次女の携帯電話が着信を知らせた。
「ちょっとごめん……あ、ミズキ? どうしたの。え……? ……うん……うちは別にかまわないけど……」
そう言えば少し前にも、その名前を聞いた気がする。
何者だろう?
「……どうかしたのか?」
聡介が訊ねると、
「ううん、いいの。お父さんだけが刑事じゃないから」
いろんな意味にも取れるその返答に、結局、どう切り返していいのかわからなかった。
※※※
世羅に向かう途中の車中で聡介はフラワーパークについて調べてみた。
染みついた刑事根性というか、深く考えないで、単純に楽しむということができなくなってしまったのは、職業病と言うしかないだろう。
開園はごく最近、たった2年前かそれぐらいだ。
企画運営はあしたかグループ。
県による、世羅郡再開発計画の一環として進められた計画だが、地元住民の強い反対にもあったという情報がある。
それでも結局のところ、計画が進められて今がある。
さらに。世羅フラワーパークのマスコットキャラクターとして生み出された【せらやん】が、県内の子供たちに大人気だということ。
その件については聡介も聞いているが、ただ。
これのどこが可愛いんだ……?
外見を見ただけではピンとこない。
その時ふと聡介は、連鎖的につい先日、事情聴取をした被害者のクラスメートだった少女の供述を思い出した。
風船を持ったせらやんと、山西亜斗夢が一緒に暗がりの中を歩いていた。
午後9時過ぎの話だったという。
被害者の家にはその時間帯、家庭教師がいたはずだ。事件のあった日もやってきていたという。
その家庭教師は何も見ていないのだろうか?
驚いたことに被害者の両親は、自分の子供のことだというのに、家庭教師の顔すら一切認識していなかったという。
せらやんは皆のアイドルだった。
もしも窓からその着ぐるみが姿を見せていたら?
手招きしていたら?
何も考えず、外に出てしまったかもしれない。
もし、その場面を見ていたとして、家庭教師は止めなかったのだろうか……?
そもそも、その教師は本当に存在したのだろうか。
どういう人物なのか調べる必要があるだろう。
ちなみに。出頭してきた長門と言う男が、着ぐるみを着て、被害者を誘い出したという供述は確認されていない。
彼は被害者がいつ、どうやって外に出てきたかの質問に関しては口をつぐんでいる。
そう考えてみれば。
被害者のクラスメートだった少女の目撃情報と、出頭してきた被疑者の供述には幾らかの食い違いがある。
たった9歳か10歳の少女の証言に、どれほどの信憑性があるのかと問われれば、微妙だと言わざるを得ない。
だが。聡介にはあの少女が作り話や、適当なことを言っているとはどうしても思えなかった。
むしろ彼女からは、クラスの中で現実に起きている【いじめ】に対する義憤のようなものが感じられた。
それこそ被害者が殺害されたのは、それまでの悪行の報いだったと言わんばかりの。
「……さん、お父さん?」
長女に肩をつつかれ、聡介は我に帰った。
「ああ、すまん。何か言ったか……?」
すると彼女は肩を竦めて、
「今日ぐらいは、お仕事のことを忘れて欲しいわ。今、すっかり【刑事の顔】をしていたから」
公私混同とは、こう言った時にも使うのだろうか?
聡介は苦笑いするしかなかった。
尾道から世羅に続くバイパスは順調に流れており、渋滞することはなかった。
スムーズに目的地へ到着する。
休日の今日、駐車場には既に何台もの車が停まっている。
「2人とも、絶対にはぐれないでね?」
長女が幼子達に言い聞かせていた。
孫達は既にウキウキ、楽しそうにはしゃいでいる。
その姿を見ていると、聡介もいつしか気持ちが和んでいるのを覚えていた。
何の花か知らないが甘くて優しい香りが鼻をくすぐる。
今日だけは一切、仕事のことを忘れて、美しい植物達に癒されるのもありかもしれない……。