78:ツッパることだけが男の勲章ではない
和泉は記者に追われる長野の後ろ姿をしばらく見つめていたが、
「とにかく帰りましょう。守警部、ここまでは電車ですか?」
「ええ、実は新幹線で……」
「じゃあ僕の車でご一緒しましょう、2人だけで。秘密のお話もしたいし」
その前に。和泉は北条の姿を探した。
彼はまだ自動販売機の前に立ってこちらに背を向けている。
触らぬなんとやらに祟りなし、だ。
急ぎましょう、と守警部を促して車に乗り込む。
「果たして、これで良かったんでしょうか……」
一般道から高速道路に入った頃、守警部がぽつりと漏らす。
「何がです?」
「例の黒い葉書のことは何一つ問題視されませんでしたが。我々が調べている事件との関連性など、気にしなければならない点は多々あると思うのです」
和泉は前を向いたまま答えた。
「今は辛抱しましょう」
「今は……?」
「上はとにかく、一刻も早く事件を解決できてホっとしているところです。被害者の身許が身許だけにね。一度無難に収まった事件をひっくり返すような真似をしたら、睨まれて面倒なことになりますよ。我々が行っている非公式の捜査にさえ、横槍が入るかもしれません」
そうかもしれませんね、と守警部も同意する。
「我々は我々でこっそりと捜査を続けましょう、バレないように慎重に」
マジマジと頬の当たりに視線を感じて、和泉は思わず目だけを助手席を向けた。
「……なにか?」
「いえ。和泉さんって、もう少し何と言うのか……上の顔色など伺うことなく、独自路線を突っ走るタイプだと思っていましたから」
「若い頃はそう言うこともありましたよ。でも今は、あまり聡さんの胃痛の原因を増やすのもアレなので」
「かくいう高岡警部は……大丈夫なのでしょうか?」
「え?」
「ずっと顔色が悪かったでしょう。どこかお加減でも悪いのかと思って」
確かに父はここのところ浮き沈みが激しかった。
ちなみに聡介に確認したところ、彼は娘の家でもう一泊して明日、広島に帰るそうだ。
「うーん、少し疲れていたんじゃないでしょうかね。とはいっても、尾道には可愛い娘や孫達がいますから、存分に癒されて帰ってくるんじゃないですか?」
そう言えば。
猫がいなくなったと言っていたが、あれからどうなったのだろう?
あのオジさんは意外と犬や猫などの小動物に弱い。
そしてまた、猫を思わせるような若者にも……。
昼間、サービスエリアで出会った元自衛官の若い男。
いったい何者だろう?
広島まであと30キロの表示が見えた頃、突然、守警部が言い出した。
「……それにしてもさっきの長野課長、少し様子がおかしくなかったですか?」
「あいつがまともなところを見たのは、先日の捜査会議の席以来、一度もありませんよ」
和泉は即答した。
そこは否定しませんが、と彼は眼鏡を外してハンカチで拭きながら続ける。
「なんて言うんでしょうか、何かを隠しているように感じたのです」
そう言えば昔、長野と組んでいたらしいことを思い出す。
その彼が言うのなら間違いないのかもしれない。
「あいつの腹はいつでも真っ黒ですよ。隠しごとの2つ3つ、抱えてるに決まっています。でも、捜査をかく乱させるとか、法に触れるようなことでもない限り、放っておけばいいんじゃないですか?」
その『隠しごと』が何なのか気になるところではあるが。
「そう、でしょうかね……」
「それに、どうせ問い詰めたって、腹の立つ仕方ではぐらかすに決まってるんですから」
そうですね、と守警部はそれ以上何も言わなかった。
※※※※※※※※※
互いに知らぬフリをした。
昨日の午後、あの長門という男が出頭してきて大騒ぎになった時。
北条は尾道東署の廊下で相馬とすれ違った。
が、互いに一言も交わすことはしなかった。
向こうが黙っていたのは、こちらが仕事中だと思って遠慮していたのか。あるいは。
あえて無視したのか。
どちらでもいい。
相馬は学生時代とほとんど外見が変わっていなかった。
唯一変わったことがあるとすれば、少し日焼けしただろうかという程度だろう。
北条にとってはかつての友人。
だが、懐かしさよりも疑惑の方が日々強くなっていく。
しかし、あの長門という容疑者と相馬は一体どういう関係なのか。
身元引受人とはどういうことか。
なぜ、そんなことになったのか。
聞けば長門と言う男は世羅の出身だという。
情報収集なら聖に任せておけば間違いないが、北条は自分でも調べたいと強く願った。そこで今日も授業を初めとした学校の方はすべて冴子に任せ、自らの足で情報を得ようと、世羅高原に向けて車を走らせているところだ。
和泉には黙っておいた。
あの男には弱みを見せたくない。
その点、聖なら余計なことは言わないし、黙っていて欲しいことは黙っていてくれる。だから今日は彼を相棒に指名した。
助手席の聖はタブレットを見ながら情報を伝えてくれる。
「長門大輝……世羅町の児童養護施設で育ったようです。両親については不明。中学を卒業すると同時に同町内のワイナリーに就職しました。ところが12年前。ワイナリーにやって来た客とトラブルを起こし、依願退職。その後、広島市内に出て指定暴力団魚谷組に入ったようです」
「ワイナリー……なんて言う会社?」
「シャトレーゼレインパレス、現在はあしたかグループの傘下に治まっていますので、実質的な経営権は手放しているようです」
「……あしたかグループって、例の開発事業の?」
「そうです」
と、いうことは。
長門も反対運動に加わっていたのだろうか?
既に辞めた職場とはいえ、もしかすると愛着があったのかもしれない。
もしそうだったとしたら、そこで相馬ともう1人、彼の相棒と呼んでもよいのであろうマルA……半田遼太郎と知り合った可能性は高い。
いずれにしろ地元住民から詳しいことを訊くしかないだろう。
「ところで。捜査本部ではほとんど、黒い葉書のことを問題視していなかったようですね?」
信号待ちをしながら頭の中であれこれと考えていた北条は、突然、聖にそう話しかけられて我に帰った。
「え? あ、ああ……そうみたいね」
「ガイシャの、学校でのことが詳細に書かれていたそうですが」
そうなのだ。被害者の自宅に届いた黒い葉書には、彼がクラスメートに対して何をしていたのかが詳細に書かれていた。
端的に言えばイジメである。
挙げ句。僕のじぃじは警察の偉い人で、ばぁばは教育委員会にいるんだと公言し、担任教師をさえ黙らせていたという。
「大方、外聞を憚ってのことでしょ。とてもじゃないけどみっともなくて、公表できることじゃないと思うわ」
時に面子を真相よりも重視する、そんな組織に身を置く立場としては理解できる。
北条自身はそれが当然だなどと考えてもいないが。
「……弱い立場の人が泣き寝入りしなくてはならない、そういったことが許せない、と。恐らくブラックキティなる闇サイトは、それがコンセプトなのでしょう」
「それが奴らの【正義】って訳ね……」
「世羅高原での開発事業についても同じだと思います。どんなに反対したところで、あしたかグループは巨大な力を持つ大企業です。だからこそ反対派住民に手を貸した」
北条はハンドルを強く握った。
心のどこかで彼らの行動を肯定し、是認しようとした自分がいたからだ。
「……北条警視。かなり、顔色が悪いようですが?」
聖の声で我に帰る。
「問題ないわ。それよりもあんたも忙しいのに……付き合わせて悪いわね」
「我々が忙しいということはつまり、組織的に大きな問題があるということです。幸いなことに、今はそれほど、切羽詰まってはいません」
「今はそれほど……ね」
スマホがメールの着信を知らせた。
冴子からだろうか。学校で何かあったのだとしたら、と心配になり、北条は車を路肩に停めた。
やはりそうだ。冴子からの定時連絡。学校の方では今のところ、これと言って目立った大きな騒ぎはないようだ。
そうは言っても日々、学生達からの悲鳴が聞こえるらしい。
富士原のあの、歪な笑みを思い出して気分が悪くなった。




