61:何もかもが久しエビすぎる……!!
つかみどころのない男。
郁美は再び作業に戻った。
欠伸をしながら適当に画面をスクロールしていた時だった。
見覚えのあるケーキの写真が。
「これ確か、前に結衣と……」
そうだ。可愛いケーキを買いに本通り商店街に出かけた時、食べずに写真だけ撮っていた女子2人組がいた。それほどジロジロ顔を見た訳ではないが、何となく全体像からして彼女達ではないだろうか。
ブログの更新日付を確認する。やっぱりだ。
あの日、エンスタ女子について結衣と語り合ったことを思い出す。
良い写真が撮れればそれでいい。まわりの迷惑なんておかまいなし。
【いいね】が欲しくて迷惑行為がエスカレートしてそのうち殺人事件が……なんて、あの時、郁美は『食べ物を粗末にしたら罰が当たる』というつもりで、軽い気分で口にしたのだが。
ふと、なぜ和泉がこの画像を解析して欲しいなどと依頼してきたのかが気になり始めた。
まさか。
さっきの結衣の話ではないが、マナー違反だとか、自分勝手な行動に苛立ちを覚えたとしても、殺意にまで発展するだろうか? いやでも、彼が持ち込んでくるということは間違いなく殺人事件に絡んでいるはず。
「……郁美センパイ、いつになく真剣な顔してどうしたんっすか?」
「失礼ね!! 私はいつだって真剣じゃないの!!」
「あ~……これ、最近女の子の間で話題のケーキ屋っすね」
「なんであんたがそんなこと知ってんの?!」
「俺は何でも知ってるんです」
「……ジャマしないでよ」
「和泉さんはなんで、こんなもんを解析しろって?」
「知らないわよ」
「……ただ言われたことだけをこなしてたって、腕は上がりませんよ?」
「私だって、どうしてこんなものって考えたわよ!!」
「そいつは失礼、で?」
「このブログ主たち、巷で話題の迷惑エンスタ女子じゃないかって思われるのよ。それでイライラが募った誰かが……」
「別に、誰かに迷惑かけたからって殺人事件にまで発展しますかぁ?」
「あんた、私がさっき結衣に同じこと言ったら、反論したじゃないの!!」
「それは被害者のバックボーンってやつっすよ。この女性達が実は、警視総監のお嬢さん達だったりするとか?」
「……バカバカしい。もしそうだったらきっと、東京に住んでるわよ」
それもそうっすね、と古川はあっさり引き下がる。それから、
「もしかして、あれかなぁ~?」
「何よ、あれって」
「この女性達って今朝、五日市埠頭で転落事故を起こして亡くなった人達……ですよね?」
「え? 何それ!!」
「郁美センパイ、知らなかったんすか?」
「ニュースなんか見てる暇なかったもん!!」
「和泉さんはたぶん、ただの事故じゃないって睨んでる……そういうことじゃないっすか?」
「た、ただの事故じゃなきゃ、何なの……?」
「さぁ?」
古川は立ち上がってどこかへ出かけて行く。
嫌な奴……。
※※※※※※※※※
ひとまず広島へ戻らなければ。
着替えを用意するなら、署から車で10分ほどの場所に遅くまで営業している大型スーパーはあるが、向こうで確認したいこともいくらかある。
さくらは『泊まっていってください』と言ってくれたが、久しぶりの家族水入らずをジャマする訳にもいかないだろう。
和泉が片付けをして立ち上がると、
「ジュニア、広島に帰るのか?」
背後から声をかけられる。振り返ると同じ班の友永修吾巡査部長であった。
「ええ、そのつもりです」
「悪い、俺も一緒に連れてってくれないか」
「お安い御用ですよ」
それから和泉は、すぐ前の席に座っていた同じ班の仲間に声をかける。
「葵ちゃん、帰るよ~」
はい、と年下の刑事はついてくる。時計の針は午後7時を過ぎたばかりだ。
いつもに比べたらまだ早い時間である。
3人で駐車場に向かって歩いている時だ。
「あの、和泉さん!! ご依頼のあった画像の分析……途中まで終わったんですけれども」
鑑識員の平林郁美が声をかけてくる。
ああ、そうだ。五日市埠頭で亡くなった女性3人組のブログについて、彼女に画像解析を頼んでいたのだ。
「関係あるかどうかわかりませんが、これ、ここに映っているのって……」
え? と、和泉は彼女が指さす先を注視した。
すると。猫が数匹映っている、どこかの飲食店内と思われる写真の隅っこに、見慣れた愛おしい顔が見えた。
「……周君……?!」
小さいが、確実に周の姿が映っていた。
「現時点で事件に関わりがあるのかどうか、わかりませんが……」
「郁美ちゃん、ありがとう!!」
和泉は思わず郁美の手を両手で握り、ブンブン上下に振った。
これでまた、周に会うための立派な口実ができた。
渋滞にほとんど縁のない高速道路を順調に飛ばしていたら、気がつけばもうすぐ吉和サービスエリアである。
広島市内まであと10分もあれば到着するだろう。
「なぁ、ジュニア。あの子……元気か?」
後部座席の友永が訊ねてくる【あの子】とは、周のことだろう。彼が和泉のことを【ジュニア】と呼ぶのは、班長である高岡警部の息子、という意味である。
「あの子ってどの子です?」
「智哉の友人で、葵の義弟だよ。藤江周」
そうだった。周には幼馴染みで親友と呼んでいる、篠崎智哉という青年がいた。その彼は様々な経緯があって現在、友永と家族として一緒に暮らしている。
「……そうだ、僕もお訊ねしたかったんです」
遠慮がちに駿河が口を開く。
「美咲も心配しています。最近、周がほとんど連絡をくれないと……」
実を言えば和泉も少なからず心配していた。
便りがないのは元気な証拠とは言うが、周の性格的に、血のつながった家族にさえほとんど連絡を寄越さないなんて。
「今はほら……後半の追い込みが厳しい期間だから。そもそも、男の子ってそういうもんじゃない? 女の子みたいにマメに連絡したりしない……」
答えて言いながら和泉は半ば、自分自身にそう言い聞かせていた。
週中、学生達の携帯電話の類は徴収されている。なので連絡を取るとなると寮に設置されている公衆電話しかない。こちらからは小まめにメールをしているが、返信があるのは週末にまとめて一通だけだ。それも『元気』とか『大丈夫』とか当たり障りのない内容ばかり。
しかし駿河は、さらにこちらの不安を煽るようなことを言う。
「あの子は……順調な時や平穏な時にはどうでもいいことをメールしてきたり電話してくるくせに、本当に辛い時こそ……自分1人で抱え込んでしまうと、美咲が……」
さすがは血のつながった姉だ。
よく弟の性質を理解している。
実を言えば和泉も本当は心配でたまらない。先日の人事異動で教官達の顔ぶれも変わった。北条警視、あの人は周を可愛がってくれるから問題ないが、それ以外の教官はわからない。
先日、たまたま警察学校に忍びこんだ折のこと。敬礼の手の角度がどうだ、と言いがかりをつけ、周に手を挙げている粗野な教官を見かけた。
同期だという守警部も気をつけろ、と言っていた。どうしてそんな問題のある人物が教官に抜擢されたのか。
学生達に適度な恐怖心を植え付けるという意味では使える、と判断されたのだろう。
【褒めて伸ばす】なんていう、今時の教育理念は通用しない。それが警察学校だ。
芯のしっかりした子だから、つまらない教官の嫌がらせで心折れるなどと言うことはないと確信しているが。
「……智哉も友人のことを心配してたぜ? ちゃんと上手くやってるのかって」
「なんでです?」
「いわく『周って、良くも悪くも空気を読まないところがあるんです。決して間違ったことは言いません。ただ、相手を見ないっていうか……人によっては図星をさされたことで逆ギレして、暴力を振るう人がいるんじゃないかって……それが心配で』だとよ」
ごもっとも、だ。
「そういやあの子、昔……ヤクザに向かって『あんたは間違ってる』って言い放ったことあったよな。俺はあの時、撃ち殺されちまうんじゃないか、ってかなりヒヤヒヤしたんだぜ?」
そんなこともあった。
「心配いりませんよ。周君のことは、僕が守ります」