58:カリスマブロガーの素顔
少し時間を戻して、一方その頃……。
和泉のスマホに井出氏から連絡があったのは、捜査会議が始まる1時間ほど前、午後5時半頃だ。
『今から広島に帰るところですが、尾道駅で降りたらよろしいのでしたね?』
「ありがとうございます、どうぞよろしくお願いいたします」
通話を終えて和泉は守警部の姿を探した。
「少し、お時間とれますか? イデッチさんが……」
そこで2人は井出氏と落ち合うため、尾道駅に向かった。
「いやはや……何かとご縁があるようですね?」
「本当に、お世話になります」
「あまり時間がないので、その辺で」
本当はどこかの店に連れて行こうと思っていたのだが、井出氏が駅の待合室のベンチでいいと言うので、三人はそこに腰かけた。
そこで和泉は紙コップのコーヒーで彼をもてなすことにした。
「あの3人……十条さんと赤羽さんと川口さんですね。まぁ、いわゆる彼女達はかなり問題のある学生でした。半グレというのは言い過ぎですが、ヤンキーと称しておくのが一番相応しいでしょうか。とにかく、あまり褒められた生活態度ではありませんでしたね」
なんとなくわかる気がする。
「授業中でも大きな声でおしゃべりするわ、校則でメイクは禁止されているというのに、毎日それはもう、派手な化粧をしてきて……それに」
「それに?」
「現場を見た訳ではないのであくまで噂ですが、その……売春めいたこともしていたそうですよ」
「ひょっとしてJK散歩ってやつですか?」
我ながらやや例えが古いな、と思いながら和泉は話の先を促す。
「いやぁ、さすがに詳しいことは。ただ、皆が言っていました。学生の身分で持つには不相応なアクセサリーやら、当時はまだめずらしくて高価だったスマホを持っていたりとか、あれは絶対何か裏があると」
なるほどな、と思った。
あのブログの内容や生活態度からして、彼女達がかなりの見栄っ張りだということが伺い知れたからだ。
「卒業できるのか危ぶまれていましたけど、学校側も早く追い出したかったんじゃないですか? 無事に我々と共に巣立ちましたよ」
「……それでも、卒業するまでちゃんと登校していたんですね?」
それなんですけどね、と井出氏は声を潜める。
「たぶん、制服が可愛いとかそんな理由なんじゃないですか? あとは【女子高生】っていう響きですか。一生のうち、3年間しかありませんものね」
「確かに。他に何か、学生時代のことで覚えておられることは?」
井出氏の紙コップの中身が空になっていることに気づき、和泉はもう一杯どうかと勧めたが、彼は遠慮した。
「……実は僕が刑事さんに連絡しようと思ったのは……あの3人が亡くなったのって、本当に事故なんだろうかと思ったからなんです」
和泉と守警部は顔を見合わせた。
「いや、僕のような素人が何を言い出すかとお思いでしょうが。ちゃんと理由があるんです」
「彼女達が誰かの恨みを買っていた……そういうことですね?」
井出氏はコックリうなずく。
「気に入らない子を見つけると、早い話がイジメて追い出してしまうんです。彼女達のせいで不登校になってしまった子を僕も2人知っています……」
学生時代のイジメが原因で今になって被害者が復讐を果たしたのだろうか。
ふと疑問が浮かんだが、今は彼の話に耳を傾けよう。
「とにかく彼女達は目立ちたがりでして。イジメのターゲットになった子って言うのはたいてい、何か注目を集めるようなことがあった女子。僕が今でも覚えているのは、石塚円香さんのことですね……」
井出氏は遠い目をする。
「彼女、とても綺麗な顔立ちの子でしてね。でも目立たないシャイな子で。近眼で、普段は瓶底みたいな分厚いメガネをかけていたんです。だから初めは、彼女たちも石塚さんを鼻にもかけていなかったんですが……ある日、担任教師が悪戯心で問題を起こしましてね」
「問題?」
「ほら、分厚いメガネをかけてる子に限って、実はものすごい美少女だったって言うお約束あるじゃないですか。何がきっかけだったか忘れましたが、ある日担任が石塚さんにメガネを外してみろって言い出したんです」
外してみたところ、ものすごい美少女だったと。確かにお約束だ。
「初めは彼女、ものすごく嫌がっていたんです。なのに……調子に乗って眼鏡を外したのが例の3人組の1人ですよ。大方、笑い物にしようと企んでいたんでしょう。それが思いがけず、トンデモない美少女だったことが判明しましてね。そりゃもう、クラス中大騒ぎでしたよ。それまで隅っこでひっそりしていた彼女は一躍話題の人になり、さらに……勝手に彼女の顔写真を雑誌に送ったのがいて、読者モデルに選ばれるという事態が発生しまして」
その少女にしてみれば、突然に降って湧いた災難に違いない。
「その後はもう、まるで食品工場のベルトコンベアーみたいでしたよ。プログラムに従ったかのように、石塚さんに対する3人組の迫害が始まり、そうして気がつけば学校に来なくなっていた……」
上手い例えだな、と思ったが今はそれどころではない。
「その、石塚さんのその後は?」
「……それがですね。亡くなったんですよ」
「まさか、自殺ですか?」
「いえいえ。残念ながらそうではなくて、殺害されたのです。ストーカーに」
そんな事件があったとは。
「あれは今から、何年前のことでしょうかね……? 事件が起きたのは確か広島市内だったのですが、刑事さんが直接担当なさっていないのならご存知ないかもしれませんね」
「それは、彼女が学生時代の事件ですか?」
「残念ながら彼女の場合は、不登校の末に中退っていう形になってしまって……でも確か、どこかのお店で働いていたんですよ。年齢で言うと18とか19の頃でしょうか」
「どの店かわかりますか?」
「確か、本通り商店街のカフェだったと思います。名前は忘れましたが。店によくやってくる常連客に気に入られて、つけ回されたといったような話でした」
ストーカー事件か。
詳しく調べてみなければ。
「そう言えば彼女達、エンスタやっていたんですね」
「ああ、そうみたいですね」
「僕もたまたま見かけて、懐かしかったのでつい……いろいろ見ていたのですが、毎日遊び歩いていたようですね。あと、十条さんに関しては読者モデルをやっていたとか。いかにも彼女達らしい進路ですよ」
そう言えば。彼女達が住んでいたマンションの部屋に、ファッション雑誌が置いてあったことを思い出す。
しかし、あの3人はまともに働いていたのだろうか? ふと和泉は疑問を覚えた。
欲しい者は山ほどあるけどコツコツ働くのは嫌。
楽しいことだけして毎日暮らしたい。
とにかく目立ちたい。
たくさんの人からの称賛を浴びたい。
そんな彼女達が見つけたのは、楽してお金を稼げるネット上の商売。そんなところではないだろうか。
そうだ、と井出氏はポンと膝を叩いて続ける。
「エンスタと言えば僕の友人に、海沿いでカフェをやっている男がいましてね。よく雑誌やテレビで取り上げられる店なんですが、あの3人組がしょっちゅうやってきては問題を起こす、とボヤいいていました」
「問題とは?」
「訳のわからないクレームですよ。コーヒーが熱すぎて火傷をした、慰謝料を払うか料金をタダにしろ、とか。食べ物の中に異物が入っていたと言っては、割引しろと騒いでみたり。どうせ、いろいろな店で同じことをやっていたに違いありません」
その時、間もなく2番線に普通岩国行きが到着します……と電車のアナウンス。
「そろそろ行かなければ」
井出は立ち上がる。
「いつもありがとうございます、井出さん」
「やっと名前を覚えていただけましたね。何かありましたら、いつでもご連絡ください」
岩国行き普通列車を見送った後、守警部はしみじみと言う。
「……なるほど、というか納得です」
「どういうことです?」
「和泉さんがほら、長野課長から電話があって……例のカフェを急いで飛び出して行った後、僕は店長から話を聞いたんです。先ほどの彼が言っていたのと丸々同じことを他の店でもやっていました。同業者の間ではブラックリストに乗っていたとか」
「目立ちたがりで金に汚い、何ひとつ良いところがないじゃないですか」
こらこら、と良識的な守警部は諌める。これが聡介だったら無言で拳骨だろう。
だって本当のことだもん。