56:鉄のクジラとか呼ばれるあれね
呉市にある海上自衛隊の各施設。
呉地方総監部第1庁舎・旧日本海軍地下作戦室などを一般公開していたり、音楽隊によるイベントなど、国民に対して開かれたイメージを強調しているような気がする。
そこは警察と同じだとも思うが。
昔から警察と自衛隊の不仲説はまことしやかに囁かれていたが、それは昭和初期まで遡る歴史上のことである。
何度となく経験した大災害により現代は、互いに協力し合いつつ、消防共に上手くやっているはずだ。と、北条は思っている。
だから警察官である自分がアポなしで突然訪ねて行ったところで、門前払いされる可能性は、昔より低くなっているだろうという期待を抱いていた。
呉は警察学校のある坂町から14キロほど南下した場所に位置する。
北条は後のことをすべて冴子に託し、自分の車を飛ばしてまず、一般公開されている施設に向かった。
受付で身分を明かし、かつて在籍した人物のことで訊きたいことがあると申し出た。
しばらくして恐らく広報担当か、それなりに地位のあると思われる制服姿の男性がやってきて、彼を応接室に連れて行ってくれた。
「お問い合わせのあった、相馬要という人物についてですが……今は在籍しておりません」
辞めたという話は真実だった。
冴子の話や聖の調査結果を疑っていた訳ではないが、これで確認がとれた。
「しかしなぜ、今頃?」
怪訝そうな顔をされる。
「実は……私の学生時代からの友人なのですが、最近連絡がとれなくて、心配して探しているところなのです」
「そうでしたか……」
「ここで相馬と親しくしていた人は、どなたかいらっしゃいますか?」
「……一番親しかったのは……」
制服姿の自衛官は思い出そうと視線を巡らし、そうしてなぜか苦い顔になった。
「ああ、彼も退職しています」
「……何と言う名前の方ですか?」
するとなぜか、相手は表情を強張らせる。
余計なことを言ってしまったというところだろうか。
しばらくして、
「あの、何かありましたか?」逆に質問されてしまった。
「何か、とおっしゃいますと?」
「相馬が何か……警察の方のお世話になるような……?」
北条は作り笑顔を貼りつけてみせた。
「とんでもありません。先ほども申し上げたように、あくまでプライベートです。連絡を取りたいだけなのです」
それに、と付け加える。「もうここを辞めた人間のことであれば、そんなにご心配なさらなくても?」
少し沈黙が降りた。
「……大和ミュージアムの案内担当者に、もしかしたら詳しいことを知っている者がいるかもしれませんので、そちらにお問い合わせください」
北条は礼を言って応接室を後にした。
それから大和ミュージアムに向かったが、今日は休館日だった。
さっきの男はそのことを承知の上であんなことを言ったのだろうか。
仕方ないので自衛隊基地のある近所で聞き込みし、職員がよく利用する店を何件かピックアップしておく。
決して時間的余裕がある訳ではないが、この件だけは自分で確かめておきたかった。
そろそろ学校に帰ろう。
北条が運転席に座った時、スマホが着信を知らせた。聖からだ。
『今朝、尾道で小学生男児が遺体となって発見された事件はご存知ですか?』
その件なら先ほど呉に来る途中、カーラジオで聞いた。
「ああ、一応はね。帳場が尾道東署に立つんでしょ?」
はい、という返答の後、
『ひょっとすると、かの闇サイト『BLACK KITTY』がこの事件に関係しているかもしれません』
北条は思わず電話を落としそうになってしまった。
「どうして……?!」
『詳細をお話しするのに電話では相応しくありません。北条警視、今どちらです?』
「呉の……自衛隊の施設に行って来て、今から学校に帰るところよ。それより……被害者の身許は……?」
『山西亜斗夢。現警務部長兼広島市警察部長、山西宏一警視長の孫です』
「……もしかしてお礼参りってやつじゃないの?」
『動機や交友関係などはその内、捜査員が明らかにすることでしょう』
それはそうだ。
北条はすぐにでも尾道へ行きたいと思ったが、学生達の様子も気になるし、他にもいろいろしなくてはいけないことがある。
「ねぇ、聖。悪いんだけど明日、尾道東署で会えない? アタシも現地に行こうと思っているところなのよ」
『承知しました。警視が尾道へ行かれるのでしたら私も。それとこの件に関連して、前もってご報告申し上げたいことがありますので……今夜一度、そちらへ伺ってもよろしいでしょうか。もちろん明日、私も現地へ参りますが』
「ええ、わかったわ」
北条は暗い気持ちでエンジンボタンを押した。
※※※※※※※※※
次の授業は特別授業となっている。
『公用四輪の運転技術講習会』
教場当番である周は、同じく当番の割り当たっている水越と共に、授業の舞台となる駐車場へ向かっていた。
当番には授業が始まる前までに練習用のパトカーを用意し、カラーコーンを並べておくという使命がある。
今朝、柔道の稽古中に捻った足首がまだ少し痛む。湿布を貼ったので熱は引いたようだが。
作業をしながら「足、痛そうだな」と、水越が声をかけてきた。
「たいしたことないよ」
「あれだろ、栗原にやられたんだろ?」
確かに栗原と組ませてもらった。そして、倉橋も同じようなことを言っていた。
でも周は、
「やられたって……俺が受け身を上手に取れなくて、転んだって言うだけの話だ」
水越にそう答えた。すると彼は唇の端を吊り上げる。
「……なんだよ?」
「噂に聞いてる以上のお人好しだな、藤江巡査」
「どういう意味だ?」
「ワザとに決まってるだろ? 転ばせるように足をひっかけたんだ」
「なんでだよ? なんでそんなこと……」
誰に何と言われようと、周としては半信半疑だった。
今まで栗原が表立って何かケンカを売るような真似をしてきたことはないし、日頃の態度からもそんなことをするとは考えにくい。
しかし水越はニヤニヤ笑いながら、
「そんなの、ちょっと考えてみればわかるだろ。あいつ頭悪いし……腕力しかないから座学の方は成績ギリギリでさ……それに比べて成績優秀で教官からも可愛がられてる、今年のホープだって言われてるお前のこと、嫉妬してるんだ」
「栗原巡査がそう言ったのか?」
「俺の見たところによると、だ」
なんだ、と周は大きな溜め息をついた。こいつのせいでしばらく、倉橋との関係が妙なことになっていたことを思い出し、段々と腹が立ってきた。
「それにさ、あいつお前と違ってムキムキマッチョじゃん?」
「……それが何だよ?」
「勉強できないけど点数は欲しい。あの北条教官だったらもしかして、色仕掛けで近付いてもいけそうじゃろ。お前みたいに細っこくて、可愛い顔した奴なら大いにありかもしれないけど、さすがにあいつじゃなぁ……」
それは栗原のみならず、北条に対する侮辱でもある。
「ふざけんなよっ!!」
つい、大きな声が出た。
しかし相手はまるで気にした様子もなく、
「本当のことじゃろ? 実はさ、秘かに噂になっとるんじゃ。お前、あの教官のお稚児さんなんじゃろ」
「……お稚児さんって、なんだよそれ?」
「マジで知らんの? 武田信玄と高坂昌信、織田信長と森蘭丸ちゅうたらわかるじゃろ」
今度はピンときた。
怒りに周が思わず拳を振り上げそうになった、その時だった。
「相手にするな」
後ろから聞こえてきたのは、上村の声だった。
「下手に返事をしたり、何か返答したらその時点で『藤江巡査がこう言っていた』ということにされる」
彼は呆気に取られている周を尻目に、まだ残っているカラーコーンを手に取る。
「早くしないと間に合わない」
そう言って指示された通りに並べてくれる。
周は水越に背を向け、足を引きずりながらカラーコーンを並べた。
あまりにも有名と言えば有名なカップルでした(笑)
ちなみに作者はどっちかというと信玄推し。