55:パパに近づこうとする輩は徹底的に排除するんだからねっ!!
今日は2話更新だエビっ!!
熊谷と表札のかかった家に到着すると、玄関前に一台のライトバンが停まっていた。
ボディに『あなたの町の便利サービス 猫の手』とペイントされている。
聡介がドアチャイムに指を伸ばしかけた時、思いがけず内側から扉が開いた。
「……それじゃ、よろしくお願いします」
「ありがとうございました」
出てきたのは作業着姿の若い男性。
こちらを振り向いたその顔に、聡介は見覚えがあった。
「あれ、おじさん?!」
先日電車の中で会った『リョウ』と名乗る若い男性。
上下若草色のつなぎを着て頭に同色の帽子を被っている。
手にはバケツを持っていて、中には雑巾やブラシが入っていた。
「こんなところで何を……?」
聡介は彼に訊ねた。
「よく会うね。僕は見ての通り、仕事だよ。おじさんこそ何してるの?」
すると。家の中からしゅたたっ、と子猫が走りだしてくるのが見えた。黒と白の2色で、目は綺麗なブラウンである。
「あ、こら。ダメだよ~」
リョウが子猫の首ねっこをつまみ上げた時、中にいた家の主婦が顔を出す。
その主婦は間違いない、今朝から何度も見かけたあの女性だった。
「……何か?」
向こうもこちらのことを覚えていたようだ。顔にさっと警戒の色を浮かべる。
どうしようか。
今ここで、身分を名乗って用件を伝えるのが果たして賢明なのかどうか。
「先ほど、ぶつかりそうになった車の運転手です。お怪我はありませんでしたか?」
和泉が名乗ってくれた。すると、
「大丈夫です」
素っ気ない返事と共に、ばたん、と扉は閉められてしまった。
父と息子は顔を見合せた。
どう見ても不自然な態度だ。
先ほどは奇妙なことを言って、礼まで口にしていたくせに。
リョウはライトバンのトランクに手にしていた道具をしまい、それから運転席に乗るとドアを閉める前に、
「おじさん達、もし足がないなら送って行くよ?」
「いや……ありがとう、気持ちだけ受け取っておく」
そう、とシートベルトを締め、彼は今度は窓を開けて振り返る。
「そうだ。市内ですごく美味しいラーメン屋さん見つけたんだ、また会えたら一緒に行こうよ。猫ちゃんの話も聞きたいし。さばちゃん、だよね?」
「ああ、またな」
それじゃね、と車は走り去った。
「……お知り合いですか?」
「つい最近、な」
和泉はなぜかじっと、リョウが乗っていた車を見送っている。
「どうかしたのか?」
「いえ……別に」
いつまでもここにいると怪しまれるだろう。
2人は少し移動した先で足を止めた。
「お前はどう思った? 彰彦。さっきの女性、熊谷さんだったな……」
「……心証としてはグレーですね。地元の人間だし、強い動機もある」
「だが、なんて言うのかピンとこないんだ」
「僕もですよ。だからグレーなんです」
※※※※※※※※※
昨日は大失敗だった。
ビアンカは本日、何度目になるかわからない溜め息をついた。
仕事中もずっと頭からそのことが離れない。
誰と話していても、何をしていても気になって仕方ない。
でも、恐ろしかったのだ。
美咲に教えてもらった小松屋という割烹料理店で、聡介に気さくに話しかけてきたあの若い男性。
顔は笑っていたが全身から発する空気がドス黒かった。比喩表現でもなんでもなく、何と言うのか……とにかく近くにいたくなかった。
ニコニコしていても、目の奥が笑っていないように思えた。
だから早々に席を立って、広島に帰ってしまったのだった。
感じの悪い態度だと思われていたらどうしよう?
ビアンカには幼い頃からやや特殊な能力というか、独特の勘の鋭さがあった。
なんとなくだけれども、言葉に出さない内心の邪悪な推論だったり、裏に隠れたよこしまな思惑。そう言ったものを敏感に感じ取ることが可能だった。
初めは気のせいかと思っていたが、何度も当たったので、今は一種の特技だと思っている。
長年刑事をやっていると、パッと見ただけでシロかクロかわかるようになると言うが、それに近いのではないだろうか。
それにしても、せっかくのチャンスだったのに……と、今度は怒りも覚えてきた。
ビアンカは再び溜め息をついた。
昨日はほぼ偶然とはいえ、好きな人と会えるという、やっとつかんだチャンスだったのに。
ふと時計を見る。そろそろ昼休憩に出なければ。
「休憩、行ってきます」
チームリーダーに声をかけ、ビアンカは外に出た。
昼はいつもコンビニか外食なのだが、今日は麺類50円引きに釣られてコンビニにした。
休憩時間はいつも1人で静かに本を読んだり、備え付けのテレビを見たりしている。
いただきます、とフォークを手にした時だった。
『本日午前5時、尾道市西御所○丁目にて、小学3年生の男児の遺体が海に浮かんでいるのが発見され……』
テレビ画面に映し出された子供の顔を見た瞬間、ビアンカは思わず「あっ!!」と声を出してしまっていた。まわりにいる人達が不思議そうな顔で一斉にこちらを見る。
それは昨日の夕方、尾道駅前で見かけた子供の1人だ。
立場的にはいじめっ子たちのリーダー。
自分達の荷物をたった1人の子に背負わせた挙げ句、暴力を振るったあの子供。
止めに入った自分に向かって『気持ち悪い』と言い放ったあの……。
ビアンカは急いでスマホを取り出し、さっそく高岡聡介の電話番号にかけた。
『高岡です』
「あ、高岡さん……あのね、えっと……!!」
つながった瞬間、何を言えばいいのか急に混乱してしまった。
『ビアンカさん? 大丈夫ですか?』
「え……何が?」
『昨日は少し、具合が悪そうだったので』
そういうふうに思われていたのか。
ビアンカは申し訳ない気持ちにとらわれてしまった。
「ごめんなさい、たいしたことないの。それよりも……今、ニュースを見てびっくりしたからつい、電話しちゃいました。今、忙しいっていうか……それどころじゃない……ですよね?」
変な日本語になっている。
どうもいつもの調子が出ない。
『大丈夫ですよ。お気遣いなく』
いつも優しいあの人は、こちらに対して未だに敬語を崩さない。それが少しだけ不満だ。
すると電話の向こうで別の声との会話が聞こえてきた。
『あ、もしかしてイノシシからですか?』
『誰だ、イノシシって』
『ビアンカさん』
和泉!! あの男は……!!
近くにいたら間違いなくピンヒールで踏みつけてやったのに!!
ビアンカは思わず、握っていたプラスチックのフォークを折りそうになった。
落ちつけ、私。
『……もしもし、ビアンカさん?』
「あ、あの……今、ニュースでやってた……亡くなった子って……昨日、駅前で見た……あの小学生の男の子よね?」
少しの沈黙があったが、
『……おそらくは』
「ねぇ、私に何か手伝えることある?!」
電話の向こうで少し沈黙が降りた。すると返ってきた答えは、
『そんなことより』
そんなことって……ビアンカは戸惑いを覚えた。
『ビアンカさんこそ不愉快な思いをなさっていませんか? 子供とはいえ、初対面の相手にあんな失礼なことを言われて……』
「そ、そんなこと!! もう慣れてるわよ」
苦笑が聞こえた気がした。
『ビアンカさんのご協力が必要になった際は、遠慮なくご連絡させていただきます。それでは』
ダメだ……やっぱり、好き。
話の内容は暗かったのに、電話を切った後にはすっかり幸せな気分になっていた。
その時、ふとビアンカは気がついた。
どことなく聡介の声に元気がなかった……?
何かあったの? と、メールでもしようか。と思ったのは一瞬で、やっぱり大人しくしておこうと思い直した。
電話だとすぐに相手の反応がわかるけれど、メールをすると、返信を待つ時間が少し辛い。
それに、下手をするとあのファザコン男にストーカー呼ばわりされそうだから。