47:いやほら、まだ推理って言うか憶測だから
「ところで、今回は葉書に何と書かれていたのですか?」
和泉は問う。
「あ、はい。えっと……」
葉書の写真を守警部は持っているらしい。スマホの画面をタップし、あらわれたそこに書かれていたのは、
『Go To Hell』
「実にわかりやすいですね」
「そうですね」
「この3名さんはつまり、誰かの恨みを買っていたということでしょうね。御堂さんと同じく。詳しく調べればおそらく何か出てくるでしょう」
「彼女達の自宅へ行ってみますか?」
そうしましょう、と答えて和泉は車に戻った。
※※※
驚いたことに3人の女性と子供は3LDKマンションで共同生活していたらしい。
場所は南区の比較的立地のよい、不動産的な価値の高いマンションである。
警察手帳を見せ、管理人に合い鍵を借りて部屋の中に入る。
リビングに一歩入った和泉は思わず、声に出して感想を述べた。
「いずれもフリーターだったんでしょう? よくこんなところに住んでいましたね……いくら家賃は3分割だっただろうとはいえ……」
内装も豪華だし、調度品だって安くはなさそうだ。
「ひょっとして、慰謝料かもしれませんよ」
守警部はタブレットを見ながら呟く。
「慰謝料?」
「川口氏はシングルマザー、結婚し離婚した経歴があります。もし、夫の浮気が原因だとしたら……慰謝料を要求できたでしょう」
なるほど、と和泉は納得した。
だとしたらお金持ちの元旦那だろう。
それから2人は手分けして、それぞれの部屋を捜索した。
和泉が最初に着手したのは玄関を入ってすぐの和室である。
随分と散らかった部屋だ。脱いだ服やカバンが畳の上に放り投げてある。
マガジンラックには適当に雑誌が放りこまれていて、何冊か抜きだしてみると、折り目のついている女性向けファッション誌だった。
広げてみると【読者モデル人気ランキング発表】と言う見出しの下に、亡くなった女性の1人が映っていた。ベスト10の中で第7位に入っている。
そして人気第1位の女性の顔はボールペンで黒く塗りつぶされていた。
なるほど、そう言うタイプの人間か。
和泉は溜め息をつきながら雑誌をラックに戻した。
ところでこの部屋にパソコンは見当たらない。
スマホを所持していただろうが、さきほどすべて車の中で水没していたと聞いた。
「和泉さん、和泉さん!! 来てください!!」
隣の洋室から守警部が呼んでいる。
「何かありました?」
「ありました、これ……!!」
その部屋にはデスクトップ型のパソコンが置いてあった。
「幸い、パスワードがかかっていなくてすぐに開けたんですが。こんなメールが来ていましたよ!! 黒い子猫ってやつから……」
和泉は画面を覗き込んだ。
差出主:BLACK KITTY
題名:重要なお知らせ
拝啓
私達はあなた方3名が、彼女にしたことを知っています。
彼にしたことも。
あなた方に本当に生きている価値があるのかどうか、よく考えてください。
敬具
メールの隅に猫をかたどった署名が記されている。
あの黒い葉書はこの画面を丸ごと印刷したのではないかというぐらい、デザインが似通っていた。というよりもそのものだ。
「……黒い葉書の電子版ってところでしょうね。装丁やデザインからして、葉書の発送元と同一と考えていいのではないでしょうか?」
「それはつまり、御堂久美さんの元に届いた葉書と同じでもある、と?」
和泉は無言でうなずく。
御堂久美と3人組ブロガーの死。
いずれも表向きは【事故】となっているが、そう警察が判断するように巧妙に仕向けられた【殺人事件】なのではないだろうか。
それでいてさりげなく自分の存在をアピールしたがっている犯人。
その表現方法が黒い葉書とこのメール。
ふと、和泉の頭の中にそんな考えが浮かんだ。
そしてその発想は次第に存在感を増していく。
やがて同一犯による殺人事件という図式が出来上がる。
「このメールの発信元を突き止めることは可能でしょうか?」
「サイバー犯罪対策室に知人がいますから聞いてみましょう。ただ、最近のこの手のサイトはかなり巧妙になっているようで、特定するまでに少し時間がかかるかもしれませんが」
「……守警部の人脈に心から感服しますよ」
和泉はしみじみと呟いた。
それから、
「と、言う訳で。僕が思うに本件は事故ではなく、そう見せかけた殺人事件なのではないでしょうか。御堂久美さんの事故死に関しても同様です」
守警部は驚いているが、反論はしないようだ。
「となると、ひょっとして同一犯……?」
「恐らく。そしてこの黒い子猫なるサイトはおそらく……嘱託殺人を請け負う闇サイトだと現時点で僕は見ています」
まだ推測の段階に過ぎないが。
これから裏付けをとって行くしかないだろう。
「そんな、必殺仕事人みたいな話が現実に……」
「今の時代、何が起きてもおかしくないでしょう」
それにしても、と守警部は画面を閉じ、シャットダウンを押しながら言う。
「当面の問題は、ここで言う【彼】と【彼女】が誰か、という点ですよね」
そうですね、と和泉も相槌をうつ。
「ネット上のつながりしかない相手だったとすると、下手をすれば海外にいる可能性だって……」
考えただけで気が遠くなりそうだ。
しかし守警部は、
「いずれにしてもまずは足元から。現実社会の中で関わりのあった近しい人物達から、何か動機につながるような状況はなかったかを聴取しましょう」
さすが一班を率いるだけのことはある。
彼の判断は素早く、的確だと思う。
「あ、ちなみに。闇サイトじゃないかって言うのはまだ僕の推測に過ぎませんから。断定はできませんが、可能性の1つとして、頭の片隅にでも置いておいて損はないのではないかと思います」
「……和泉さんがそうおっしゃるのなら、多分間違いないと思います」
「僕を信用していいんですか?」
和泉が笑うと、
「長野課長からいろいろ聞いています。人格的にはともかく、刑事としての能力はたいへん優れていると」
【人格的にはともかく】だと?!
苛立ちを覚えたが、守警部に八つ当たりする訳にもいかない。
「……ところで守警部。朝ご飯、もう食べました?」
「いえ。急いで出てきましたから、何も」
「では、お洒落でフォトジェニックなカフェを探しに行きましょう。絵になりそうな朝ご飯を食べに」
「わかりました。被害者達の生前の行確ですね?」 (※行確=行動確認)
すぐに通じてくれて嬉しい。
2人はマンションを後にした。
ブログの写真を頼りに見つけた店は、駅前のとあるカフェである。わりと近年完成した巨大なビルの一階、家電量販店のすぐ下にその店はあった。
朝食にしては中途半端な時間だからか、すぐに案内された。
「あの、失礼ですが。この女性達がこのお店を訪ねたことがありますか?」
水を運んできた店員に和泉は問いかける。3人組ブロガーの顔写真を見せながら。
怪訝そうな顔をされたので、こっそりと手帳を示す。
「ええ、よくお見えになっていました」
「何か店でトラブルを起こしたことは?」
女性店員はぱっと表情を変えた。が、話していいのかどうか躊躇している様子だ。
「もし、店長さんかどなたか……責任者の方がいらっしゃれば、お話を聞かせていただけませんか?」
お待ちください、と彼女が去った時、和泉と守警部のスマホが同時に震えだした。
『おい、彰。今どこで何しとるんじゃ?』
長野だ。
「……守警部とデートだよ」
『そっちでも何かあったんか』
「そっちでも……って、どういう意味だ?」
『今すぐ尾道へ来い』
「なんで? まさか、尾道でも黒い猫が出た?」
『……ええから急げ』
まさか。
「おい、本当なのか?!」
思わず大きな声が出て、まわりの客がこちらを振り向く。和泉は慌てて口元を手で隠した。
『聡ちゃんが……』
「聡さんが何だって言うんだ?!」
和泉は思わず椅子を蹴って立ち上がる。
『来ればわかる』
向こうから通話を切られた。
守警部は立ち上がって少し離れた場所で通話していたが、戻ってくると、
「今、うちの班にも出動命令が降りました。尾道でも事件があったと……」
ちょうどそこへ店長らしき人物があらわれた。
どうしよう?
ここは守警部に任せよう。
「あの、申し訳ありませんが先に行っていていいですか? 父に、うちの上司が何かあったみたいで……」
「わかりました。お話は私が聞いておいて、後ですぐに追いかけます」
和泉は礼を言って店を飛び出した。